東京月記8910

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冠省
症状にも特効薬にも精通してゐるヴェテランの病人に取って今の処方箋制度は煩はしい限りであり,時間と保険料の無駄でしかない。
昔(僕の産まれる前)は睡眠薬・覚醒剤・麻薬・抗生物質なんでも自由に買へたさうで誠に羨ましい。中毒者の出たのを例に依って糞莫迦主婦連の類が騒ぎ立てて市販を禁止したらしいが,必要な薬を得られなくなって死んだ人は少なくないのぢゃないか。

今回の神経衰弱でも此処一番と云ふ時に1発だけトランキライザを用ゐ,他は市販の頭痛薬でごまかした。『バファリン』だと喘息を誘発する恐れがあるから寝る前に『EVE』を呑んだ所なかなかに強力な作用があり,8時間全身が痺れて湯を被ったやうに汗が出た。また副作用として覿面に胃をやられる。実を言へばうまい具合に風邪を併発したので──自律神経失調に嵌ったのは好きな女の子と気まづくなったせゐである。風邪に因る頭痛とは別物──両者の症状をひとつに纏めうやむやの内に『新救心かぜ薬(役立たず)』と,鼻水対策(むしろ鼻皮剥け病対策)に『ニスキャップ』を使用してやっと鎮静させたのだった。
神経を助ける為に体力を非常に消耗した。次は肉体の手当てをしてやらなければいかんと思ってゐる。


ことし保険組合は万歩計をくれた。膣の大きさを計るんぢゃないよ,何歩歩いたかを数へる器械だ。
これは意外なアプロウチである。いったい僕は1日に何歩歩くのか,芒洋として全く見当も付かない。物の本にはよく1日1万歩を目標にしませう等と書いてある。してみると2・3000が良いとこか。歩幅80cmとすると2km前後,もう少し歩いてるかなあ。

デジウォーカー』は液晶ディジタル5桁表示で通常歩行モウドとジョギングモウドとがある。4cm程で15g,電池は3年もつさうだ。ズボンのベルト位置にクリップで留める。計測は振り子式で,或るストロウクの上下振動が来ると1歩歩いたと見做してカウントするらしい。耳を澄ませばカタリと,中でパチンコ玉が踊ってゐるやうな音が聞こえる。

不一

1989年10月吉日


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written by nii. n