東京月記8809

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冠省

オリンピックは盛り上がっとるのか(今日は8月27日)。各放送局とも喧伝に此れ努めてはゐるが,どんなもんかしら。衛星放送システムの売れ行きもさっぱりみたいだし。まぁかう何とか世界大会がのべつ幕無しに催されるんぢゃあ,難有みってえものが無いやね。
あぁ,さうですかね。
さうさ,第一記録の方がどの競技も頭打ちだ,とっくに肉体の限界まで来とるわな。
でもルイスが非公認で9秒8を切りました。
ああ云ふのはスターティング_ブロックやらスパイクやらコステュームやらの改良のお蔭ぢゃ,ルイスが20年前のトラックで走ったら11秒切るのも怪しいもんぢゃて。
さうですかね。
一番酷いのは棒高跳びみたいな競技ぢゃな,昔は竹竿でぴょんと跳び砂場にどさっと落ちとった,今はカーボンファイバでしなり捲りにウレタンマットにふんわり軟着陸,落下の衝撃を考へないで済むだけでも全然違ふのぢゃ,お若いの。
うーん,なるへそ君。
水泳も然り,スケートも然りぢゃて。
体操はどうです。
うむ,あれは着着と高級難度の技が開発されとるがの,おまへさん,あれ観とって,解るかえ。
……,すると今後オリンピックはどうなります。
競技会と云ふのは新記録が出ん事には話にならんのぢゃ,殊にオリンピックはの,プロの出場が認められるやうになったのも記録を出せる奴がひとりでも欲しいからぢゃな。
はいはい。
そのうち用具の進歩も及ばんやうになる,されば当然,薬物の使用が認可されるやうになるな。
ははあ。
今でもヴィタミン・ホルモン・アミノ酸・ブドウ糖などは公認されてをる,一時的なラリハイで作られた記録であってもとにかく人体が成し得た業績として認めざるを得ん時が来るであらう,吾輩は意外と近い将来と思ふぞ,でぁははははは。
あんた,しまひにはご隠居からデーモン小暮になりましたな,しかし薬がOKとなると義手・義足もありですかな。
動力を持ったメカはまづい,短距離走がゼロヨン_レイスと変はらん事になる,だがな,脳味噌に電極を埋め込んで無痛マラソンくらゐはありさうではないか,でぁはははははは。
もう良いっつーの。

プレオリンピック番組では森末慎二さんが定番ゲストとして頻頻と露出する事が予想されるが,TVキャラ的に消耗され盡くされるのではないかとちと心配である。彼はスポーツマンらしからぬ爽やかな人柄なので好意を持って観てゐるのだ,最初は一体何者なんだかさっぱり判らなかったけどさ。「ただものではない」に出るやうになって随分経ってから新グロモントのCFでプールに飛び込むお調子者と知れ実は偉大なる金メダリストしかも満点取りと云ふ事が判明したのはつい最近なんだな。ロス五輪の時は暇で仕様が無くて結構観てた筈なんだけれど,開会式のロケットマンしか憶えてゐない。森末さんは,本当に出てたのかなあ。


頭(精神活動の基盤としての其れ)と肉体とがうまく連動してゐない。痙攣や麻痺があるのぢゃなくて勿論思ひ通りに身体は動かせるんだけど,どうも態とらしく他人の身体を使ってゐるやうな奇妙な感覚である,ひとりで二人羽織をやってゐるみたいな。歩いてゐても,おっとっとと云ふヴァランス感の悪さを思ふし触感も何だかおかしい。眼の見え方も変だ。目蓋をちょっと上に引っ張られたやうな視野の惚けがある。これは何でせう。ぼーとした頭で,考へが纏まり難いのも相変はらずである。

内科的に異状は無いから,これはまう神経科ないし精神科の領分だ。就職してからこっちやっぱり参ってるのかな,かなりスーダラにやって来たのだが。

湯島の**病院(周りは全て連れ込みである。神経科が無いから内科に掛かってゐる)に通ってトランキライザを貰ってゐる始末だ。要するにストレス性の神経症らしい。広義の心身症だ。僕がテクノ_ストレスやOA症候群では洒落にならぬ,車酔ひするタクシの運ちゃんと同じではないか。やれやれだ。

症状を一応めまひと云ふ事の一点に絞って検査をする。内科から耳鼻科へ回って,平衡感を司る内耳の検分を致す。まづ耳の孔を覗いて外耳道と鼓膜の視診,それから床に立って眼を瞑り両腕を前に突き出して其の場で足踏みをする。ふらつきと信地転回の様子を見るのだと思ふ。暫くどたどたやって──ウラシマまりんの「わがままステップ」みたいぢゃーん──眼を開けたら僕の場合左に90度向きを変へとった。また一旦片手を横一杯に持って行き目を瞑って鼻の頭を人差し指で触はる。眼を閉ぢて片足立ちをする。かうした実技の鑑定結果は,医者は何も言ってくれなかったが察するに悪くはない。

それから寝台に仰向けになり片っぽづつ耳の孔に水を入れられた。何をすんのぢゃいと思ったらかうすると正常ならめまひが起こってぐるぐるするさうである。果たしてちゃんと世界は回り其の時の眼の玉の動きを観察して一連の検査は終はり。

他に血ぃ抜きと小便のサンプルを提出して此の日は帰った。投薬も何も無し。後日聴力検査と前庭外来の専門医が来るからもう2日通へと言はれた。それ迄に眼科にも寄って検査を受けろとさ。だんだん大袈裟になって来ましたな。どうも大山鳴動して鼠一匹てな申し訳無い事態になるやうな気がしないでもない。


ちょっと前の話題になるけど,キャッシュカードを偽造して他人の口座をアクセスしたと云ふ事件がありましたな。その時既に新聞を止めてゐたから人伝に聞いて,なかなか面白く思った。発覚当初は社名が伏せられてゐたやうだが,茨城県日立市でコンピュータ関係の会社と言へば**グルウプに決まってゐる。********(通称「**」)の人で舞台も**銀行と来たら,カスタマとして僕にも関係が無くもない。

仕事場で端末やTCE・モデムが死んぢまったら電話で**を呼んでサーヴィスマンに来て貰ふ。端末のキャビを開けるのを見てゐても僕には普通のTVの中身と区別が付かない,当たり前か。

さて犯行内容と云ふは至極簡単で,市販の磁気テイプリーダを使っててめへのカードを読み取りてめへの暗証番号と照合して配列を解読し拾ひ集めたCD利用明細書の記載事項から逆推理してカードの偽造に成功したと,それだけだ。特に難しい事は無く,僕にだってやらうと思へばできる(本当かよ)。72桁もの英数字から配列法則を突き止めるのは確かに気の遠くなるやうな工程に違ひ無いけれども,かうした膨大な順列組み合はせの単純作業をやらせるのにうってつけなのが即ちコンピュータである。パソコン_クラスで充分な演算だらう。

銀行としても此の手の犯罪を全く予見してゐなかった訳ではなくて,6月辺りからキャッシュ_カードに記録された暗証番号を消しに掛かってゐる。カード(利用者)のIDはATMでなく銀行のホスト_コンピュータ側でチェックするんだな。今回は言はば滑り込みセイフの(誰もセイフしてねえ)犯行であって今後同じ事件は起こり得ない,同種の事件は当然あるだらうけどさ。

入社した時に給料の振り込み先として半ば強制的に**銀行の口座を開かされたんだけど,**でもさうなのかしら。当の**銀行ではCD利用明細書を捨てる屑籠が一夜にして消え去った。所で口座に侵入された直接の被害者はちゃんと償はれるのかしら。

とんでもない社員を出した**だが,あんな優秀な社員がゐるのなら将来性もあるだらうと却って株価が上がったと云ふ話は,聞かない。

余談ながら此の春に**のコンピュータがダウンして大騒ぎになっとった,あれも実は**のスーパ_コンピュータと特注ソフトである。

慌て捲りでソフトを一部手直しして再立ち上げするも其の善後ソフトにバグが紛れててまたコケた。ったく俺に作らせないからだ。尤もあれは**のせゐぢゃなくて,ユーザの見積もりが甘かった為に起こった事故である。面白かったが人事ではない。

もうひとつついでに,用語解説を。

ソフトウェアの開発ではどんなに気を配ってもテストを繰り返しても製品に多少の瑕を残してしまふ,OSでもPPでもね。瑕とは要するにエラーの事で,これを虫(バグ)と呼ぶ。コーディング_エラーのやうな単純な物から思ひも依らぬデイタのいたづらまで虫の種類は様様なれど,虫が出ればつまり欠陥品だから仕様の変更やプログラムの修正をしなければならない。これを虫取り(デバグ)と云ふ。一度出来上がったプログラムをもう一度見返すのはちっとも面白くないしましてや他人の書いた物はまづ訳が解らない。辛い作業である。

細かい事を言ふやうだが,虫は虫でも羽虫なんだな。芋虫(ワーム)ぢゃないよ。
へえ,どうして。
それは,昔昔の,事ぢゃっ,た。コンピュータの素子が未だ真空管の頃,ソフトがハードのお負けぢゃった頃の話ぢゃ。その頃のスーパ_コンピュータは真空管を何千本も使ふ巨大な図体での,空気の綺麗な郊外に何十坪もの敷地を占めて夜通し動いてをったのぢゃ。動かしとる間も絶えず何処かの真空管が切れてをる有り様での,メンテナンスが大変ぢゃった。そんなコンピュータがある時突然止まってしまった。どうしても原因が解らんかったんぢゃが,ボンネットを開けて丹念に調べてみたら小さな羽虫が配線をショートさせとったんぢゃ。マシン室の明かりに誘はれて郊外の羽虫が飛び込んで来るんぢゃな。飛んでマシンに入る夏の虫。あれ,マシンが止まったよ。あ,また虫だ。あ,マシンがコケた。それ,虫取りだ。止まったよ,虫取りだ。かう云ふ訳でシステム運営に支障を来たす障害をバグ,障害排除の事をデバグと呼ぶやうになったのぢゃ。本当ぢゃよ。真空管1万数千本・専有面積数十坪のマシンぢゃが,今これと同等の性能は小指の先ほどのLSIチップで収められてをるよ。それにしてもバグ・デバグのやうな符牒を甘木が知っとったのには魂消たわい。ほっほっほ。


退寮者募集を主眼としたかのやうな──さうではないとわざわざ課長が自分から否定した程だ──住宅手当の支給開始,もう難有いの3000乗である。有意義に役立てねば罰が3000本当たるてえもんでさあ。VCRを購ひやせう。えー,また買ふの。うん,7000番だ。

VCR(4代目で3台目)を入れる気になったのは現用サブデッキ95Dが高く売れさうだったからなんだけど,結局その話はぽしゃってしまった。これゃ参ったね。朝令暮改を宗とするのは僕だけではなかった。95Dについて後悔してゐるのぢゃないが,EDβ7000番が這入ればβデッキ3台は如何にも無駄である。君,買はないか。旦那旦那,良い出物があるんですがね,お安くしときやすぜ,いえ,あっしゃあ紛ひ物なんざ扱っちゃあいやせん,ちゃんとしたメイカ製品ですぜ。2箇月使用・完動品を7万円だ,52%引き。

95Dの代価を宛てにしてゐたのでかうなると資金繰りが苦しい。だから住宅手当の一部を呑んで,ローンを組む。極悪非道のやうだが他の奴はそっくり此れで車を買ふと言っとった,五十歩百歩と雖も僕はまだ可愛い所がある。

VCRの使途目的の大半がライフ_ワークとなりつつある落語の蒐集と編集である所から,FEヘッドとシャトルエディタを持つ7000番(EDV-7000;\220,000)が必要になって来たのだな。一度欲しい気持ちに起動が掛かれば,もうどうにも止まらない。なまじ購買能力が付くとかう云ふ事になる。『ジェダイの復讐』『2010:A space odyssey』と『2010年宇宙の旅』をTVでやる筈で,それに間に合へば結構だ。

βを取り巻く状況は更に厳しくなってをり,生テイプの入手が思ふやうに行かなくなって来てゐる。ソニー直営店ですらVHSテイプが支配的なのだ。

テイプの等級で不自由するのぢゃないが時間別の取り揃へがね,取り分けスタンダード_クラスでは2時間物か3時間物しかなくて困る。一番使ひ勝手の良いのは,オウディオカセットと同じで90分テイプだ。2時間半枠の映画番組以外は単発あるひは2・3本纏めると全て此れに綺麗に収まるし,連続視聴の限界タイムでもある。しかしもう製造の段階でL-500と750しか作られないテイプが多い,VHSでは殆ど20分刻みで設定されてゐるのに。何とかしちくり。


僕の生き甲斐の主要構成要素だったオウディオ部門は開店休業と言って良く,LPも年に数枚しか増えてゐない。アンプに火の這入らない日の方が多い情けない週末だ。先に池袋の西武百貨店に行った所がお目当ての輸入盤廉価LPは疎かADの売り場自体が縮小の一途,1年前と比べても四半分になってゐた。オウマイガッ。

僕のライフ_ワークのひとつであるヒットパレイドの制作も中断した儘,尤もこちらはFM放送が綺麗に這入らないのだから止むを得ない。首都圏民放FM第2波のJ-WAVE(くだらん局名だ)が試験電波を発信し始めたのも後手に知ったくらゐなのだ。今は洋楽有線放送風の仮放送だが,やはりノイズの酷いラジオの中からお気に入りの歌取り出して聴く状況である。何故か民放は常にNHKより音質が悪い。どぼじで。

甘木の巣喰ってゐる寮では衛星放送の共同受信を始めたさうで──パラボラからUHF変調器を介して各戸に供給されるのでBSチューナを買はなくとも済む──その辺りも調査したい。

衛星放送は今観ても仕様が無いとも言へるし観るなら今の内だとも言へる。番組が余りに貧弱なのと受信料が只なのとを秤に掛けれゃ,僕は現状では十数万円出す価値は無いと踏んでゐる。ただNHKが受信料を取るのはまう少し先の話だ。ゆり二号bは打ち上げた途端に半壊したので既に予備で以て放映してゐる,つまり後が無い。受信料を取りながら現に障害が起きて放送が途切れでもしたら,修理に行く人がゐなくてみな怒る。有料化は早くともBS-3が上がってからだらう。


裕仁がいよいよ逝きさうである(今日は9月19日)。楽しみだとは言はんが誠に興味深い。マスコミが一体どう云ふ報道をするかしっかり見ておかねばならぬ。現在マスコミの第一級のタブーが天皇制批判だ。こんなテーマは「朝までテレビ」でも「こんなものいらない」でも絶対に取り上げられない。超A級戦犯の死亡をどう扱ふのか。元号問題はどうなるのか。いはゆる毒舌家がどうコメントするか。わくわくしますな。

もう日本人の過半数が天皇が何者だか何の為にゐるんだか知らんのぢゃないか。4月29日が何故休日なのか判ってをらん。

ソフトウェア業界では元号特需が見込まれてゐるけれど──新しい元号に対応して既存のプログラムを修正しなければならない──個人的には裕仁の死を潮に天皇制も元号制も廃止して貰ひたい。裕仁は政権を握ってゐた事もあったが現皇太子は何でもないんだぞ。ここが天皇制を廃す絶好・無双の機会だ。休日がひとつ減るから天皇はゐた方が良いなどと,くだらん事を言はないやうに。


EDβ7000番の購入計画はとうにスタートしたと云ふのに例に依って品薄なので納品に暇が掛かる。世の中とはかうしたものよ,良い良いわしもまう大人ぢゃ。7000番のみならず今ある5000番の為にもEDβのソフトを買はう。驚くなかれEDβフォーマットのソフトがちゃんと販売されてゐるのである。値段も一般VCRソフトと同等。EDソフトには四季折り折りの風景を写したの(これは夏編が9000番のお負けに附いてゐたのを甘木に見せて貰った。5000番ではくれなかったのだ,けち)やキャサリン_バトルのライヴなどが8点くらゐあるが,「WOW!'88キャンペーンギャル」では仕様が無いから──勿論観るのに吝かでない。しかし買ふ気はしないやねえ──その名もずばり「THE TEST-TAPE for video system」と題されたAV機器のチェック用テイプを選ぶ。

VCRのテスト_テイプが発売されたのは初めてではないかしら。
収録されてゐるのはカラーバー・テストパタン・マルチバースト・ドルビーサラウンドノイズ等の測定用信号に加へて風景・人物・静物と云った実景で約20分。説明書とナレイションに従ってVCRとモニタの色調や画質を調整し位相や特性のチェックを行なった後,HDVS(ソニー開発の高品位映像システム)からEDβに下方コンヴァートした実写部分を観ると云ふ構成である。お蔭で僕のTV(SONY:PROFEEL BASIC KV-19HT1;\110,000)は水平解像度320本強,ヴィディオ帯域で五MHz(満点)と判った,但しRF端子入力で。
それにつけても圧巻は実景映像だ。色彩・輪郭・諧調・分解能・音声(音楽),何処を取っても全て最高である。こんな画面はヴィディオは疎かTV生中継でも観た事が無い。甘木の「四季・夏編」よりも良い。うっぎゃーと叫びうーんと唸りごめんなさいと訳も無く謝まってしまふ。これで3980円は安からう。EDβのポテンシャルを思ひ知らされた。

EDTVなりハイヴィジョンなり始まったらモニタ換へなきゃね。ドルビーサラウンドのチェックは僕のスピーカマトリックスに適さなかった。

不一

1988年9月吉日


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written by nii. n