東京月記8808

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冠省

いやー,7月一杯でたうとう新聞を止めたぞ。
81年の4月からひとり暮らしを始め実家に這入ってゐた芸能日刊紙の中国新聞とおさらばしまづスッパ抜きの毎日新聞を取り始め1年程で憧れの朝日に替へ就職で1年間中断した後(寮では読売だった)また朝日を入れてラスト3箇月は腐れ大莫迦読売でフィニッシュだ。締め括りが読売なのは強引無比な勧誘員に根負けしたからで,取りも直さず此れが僕に新聞を止める決心を付けさせた。糞莫迦読売の勧誘員は見るからにやくざの下回りの2人組で,僕の方が相当粘ったが結局折れた。実に不愉快であり,また屈した己が情け無い。しかも新聞自体が全く面白くない。平板な切り口・陳腐な表現・ありきたりな論評・くだらん提案,投書欄を見ても読者はあほんだらばかりであった。救ひは木曜夕刊連載の『シーラカンスOL』くらゐか。朝日が良いとは言はないがやはり一番まともだと思ふ。読売のちんぴらは其の後もしつこく(違ふ奴が)更新の勧誘に来たが,要らない要らない要らない取らない取らない取らないと余計な事は一切言はず手を出さず呪文のやうに繰り返して何とか防衛に成功した。

新聞を止めたいと思った理由は他にもある。月2800円は高い,読んでる時間が意外と少ない,集金人の相手が面倒臭い,捨てる手間が惜しい等等。新聞の勧誘員に限らず各種セイルスマン・宗教関係・NHK・アンケイト,煩い煩い,殆ど毎週土曜日曜には必ず何か来る。居留守を使って応対に出ないのが最善の対抗策なんだけど,契約した以上新聞の購読料だけは払はねばならず,全て無視する訳には行かなかった。呼び鈴の押し方や訪問の時期などから集金人(学生である)と其の他殺せ殺せ殺せ殺せブタ野郎とを判別するのはさう難しくもないけれど,今後共100%の的中率とは行くまい。訪問を完全にシャットアウトする,これを実現する為に新聞を捨てたと言って良い。

だから今は僕の部屋のチャイムを鳴らしても──失礼な事に貧困(ヒンコン)と鳴る──否,最初に呼び鈴を鳴らしたが最後僕は絶対にドアを開けない。完黙する。いきなり訪ねて来ても無駄足となるのに電話が無いので,一部で評判が悪い。莫迦者,いつ来ても良い人には符牒か暗号か合ひ言葉が教へてあるんでい。

新聞を止めて困った事もある。優秀な鍋敷きを失った,優秀な蝿叩きを失った,優秀な足拭きを失った,新製品情報を入手し難くなった,懸賞広告に応募できなくなった,折り込みチラシを読めなくなった等等。
肝心のニューズはTVとアエラで賄へない事もないし──アエラは創刊号・第2号と続けて買ひ此れを取っとけば将来金になるかなと思ひはしたが其の為には百年くらゐ掛かるので捨てた,期待した程の内容でもなかったし──新聞読者だった時分から記事はろくに読んでゐなかった。TV・FMのタイムテイブルはそれぞれ専門誌(TVブロス・FMfan)を買ふとして──2週間先まで分かるから却って便利だ──お手上げなのは中波放送の番組表だな。

え? 今時AMラジオなんて聞くの,あぁオールナイトニッポンか。何を言ふか,オールナイトなら木曜25時からと決まってゐる。ぢゃカープの試合?  俺は野球に興味は無い,レギュラのおもろい番組を潰すからむしろ夏場の野球中継を憎んでさへゐる,放映時間延長でVCRの留守録をよく台無しにするしな。すると欽ドンか小沢昭一的心かな。うわー,あんた琴線に触れるやうな事言ひまんな,胸の奥がきゅんきゅん疼くぜ,懐かしいな,ちゃんちゃんかちゃんちゃらんちゃんちゃんちゃんちゃん,ちゃんちゃんかちゃんちゃらんちゃんちゃんちゃんちゃん,ちゃらんちゃんちゃらんちゃん,ちゃっちゃっちゃっちゃん,まだやってんのかしら,ひょっとしたらと云ふお父さんの胸中は,あ〜したのココロだ。思ひ出に耽ってどうするの,本当は何。演芸番組だよ。何だい,また始まったか。

土日の定時番組は憶えてるから当分大丈夫だけれど,イレギュラや改編があったらどうにもならん。蒐集方法のメインは既にVCRに移りつつあるがラジオは依然軽視できない,実質新ネタを仕入れる事が極めて稀になってもだ。AMのステレオ化がまたぞろ言はれてゐるものの,もしさうなっても音楽番組しかFM誌には載らんでせうな。現在打つ手が全く無い。駅売りの新聞を時時買ふか。

さて,新聞の出入り差し止めに依る経済的な収支はどうか。朝夕刊セットが2800円だった。アエラとFMfanとTVブロスを毎号買ったとすれば,えーと,数百円安く付くのかしら。新聞から得られるちょっとした情報の集積を慮ると,どうも損な気がせいでもないですな。新聞取っててもアエラやFMfanは大概買っちゃふんだからさ。

 


15mm厚定尺2枚で本棚(915×255×224mm3)をいつつ切り出してベッドを作った。どう云ふ事だ。これでダンボールの衣裳ケイス(モスボクスみたいなの。中身は本)4箱が寝床の下へ収納され,ちったあ部屋がすっきりした。僕の居間へ出入りする為にはどうでも一度ベッドに上らねばならんのに──だから昨日までのベッドは超低床設計だった──ダンボールケイスの都合で全高が嵩む(30cm弱)。移動の度に鴨居地獄を見るかと──ぶっつけてどたまがかち割れる──恐れたが猫背のお蔭で未だ無事故だ。

ベッドを構成してゐたカラーアングル(L字鋼)とキャスタが仕事にあぶれてスラム化しさうだったので失業対策だ,ワープロ専用机を作りませう。棚板無しで平机とは木に寄りて魚を求むるが如し,カラーアングルを梁にして渡せばワープロは載っかるもんね。

極あっさり組み立てるつもりだったが,補強や艤装で意外に手間も資材も食ひ込んだ。しかし具合は頗る良ろしい。卓袱台が空いたので畳に新聞紙を敷いて脚無しテイブルにしなくても済む。新しいベッドに腰掛けた儘がらがらと手元に引き寄せ,TV・オウディオのベスト_ポジションでのながら書きができる。従って此の東京月記はより散漫な内容となるであらうぞ。

 


ぼちぼち夏休みも終はりですな。夏場は地下道が浮浪者の為に猛烈に臭いので──去年の浮浪者の旬に何人か顔を憶えておいたつもりだったのに,どうも此の夏はひとりも見当たらない,淘汰されたか社会復帰したか僕の見違ひか知らんがね。頭数の方は一定してゐるやうだ。自ずとキャパシティが決まるのかしらん──雨が降ってなければ地上を横断歩道を渡って仕事場へ通ふ。

八重洲の北口は構内は立派だが一歩出れば(出なくともひと目見れば)戦前からやってゐさうな安売り雑貨店があり中途で造成を止めたやうなバスの溜まり場がある。実に此処が東京ディズニーランド送迎バス(有料)の発着場なのだ。普段からそこそこ行列ができてゐるのへ持って来て,先月から不順な天候にお構ひ無く毎日9時前から十万人くらゐが立ちん坊で何時間もバスに乗り込むのを待ってゐる。そもそも僕はディズニーのキャラが大嫌ひだし合州国が嫌ひだし人込みが嫌ひだし無意味に立ってゐるのが嫌ひだし暑いのが嫌ひだしどっかへ行くのが嫌ひなのでかう云ふ光景は正気の沙汰とは思へない。僕が苦しいのぢゃないから勝手にしやがれだけれど,歩くのに邪魔で仕様が無いよ。本当に莫迦ばっかりな,日本人は3人固まるとすぅぐ軍団になっちゃふんだかんなあ。ってもおいら,外人の集団を見た事あんまり無いけどさ。

ってたら見た。甘木が結婚もしないのに会社を辞めると言ひ出して其の送別会があり,神田で一次会を済ませて其の儘シータクで六本木へ向かひ渋滞で乗り捨てて歩いてロリポップと云ふ(有名らしい)助平な名前の店に這入った。因みに僕が会社関係の飲み会に顔を出すのが異例の事で二次会に出るなんざ極めて異例の事である。ロリポップは驚いた事に半分ディスコ──ディスコなのかなあ,自信無い──であった。金曜夜の六本木は日曜昼の渋谷に匹敵する程の混雑振りで,場の人口の5割近くを外人が占めてゐる。此処で外人とは白人の事で,黒人は殆どゐなかった,黄色は皆無。外人には必ず同胞女が喰っ付いてをり外人どうしの番ひは案外少ない。邦人男と外人女のつるみは,言はずもがな。どいつもこいつも如何にも六本木的であって,ゐるだけでエイズに空気感染しさうだった。六本木一帯が焼け野原となり此処にゐる奴等が皆ぶち殺されてもGNPには些かの影響も無いだらう。

ロリポップはそんなに広くない店内の大半をダンス_フロアに取って,生バンド演奏で皆を踊らせる。ステイジは30cm程の段差しか無くて,教壇に毛の生えたやうな物だ。其処にギター・ベイス・ドラムスと当たり前の構成にメインVCとコーラスが各ひとり,序に踊りのお手本風がふたり,正に犇めき合ってゐる。楽器を持ってないのはレパートリでVCを交替するんだけど,やるのは所謂フィフティーズ,知ってるのばかりだ。オリジナルを持たないバンドなぞ僕にとっては屁に等しい,しかも全員日本人である。バンドの名前は忘れた。ロリポップの専属らしい。例に依って圧倒的大音量が身上であり,耳に手を当ててがなり込まなければ隣りの人とも会話できない。ドラムスはオカズの少ない手法でなかなか良かったが他は陳腐,お姉ちゃんは変な顔をしてゐてしかも外人の真似をしてゐた。最低である。客の方も芋の子を洗ふが如くこれもんで,ちゃうど満員電車が大きく揺れた時の車内さながらであった。

所であの,「踊り」って奴ね,よく「あたし踊るのが好きよ」と言ふ腐れまんこ(こんなに酷く言ふこたぁねえか)がゐるけれども,本当かよと云ふ気になる。六本木的な踊りと来れば僕はジャニーズ系のかっちりした其れを連想するので,蒟蒻をむりやり立てたやうなの(TVドラマのディスコのシーンでお馴染みですな)がディスコ_ダンスとはどうしても思へないし楽しいとは感じない。否あれが良いのよと言はれれゃハイそれまでよだが。え? あたい,あたいも踊りましたよ。ユエンナシバラハウンドー,これゃツイストだよ。

 


さて,面白い物を見付けたぞ。これは流行する可能性が高いので,今の内に報告しておく。物と云ふのは嗅ぎ煙草だ。え,そんなの昔からあるよ。それは判ってゐる。でも僕は実物がどんな物かは知らなかった。葉巻みたいなのをくんくん嗅ぐのかと思ってゐたらさにあらず,箱に茶色の粉末が這入ってるんだな。知らなかったのはおいらだけかなあ。

僕が手に入れたのはオゾナ_スナフ(OZONA SNUFF)と云ふ西独製の輸入品である。4種類あって(強さが違ふ)僕のはアロマティク,一番弱い奴だ。甘木に売ってる場所を教へて買って来て貰ったのだが,自動販売機に這入ってゐて此れしか無かったさうである。

10g入り300円で,1回の使用量からして相当期間持つだらう。極微量(能書きにかうあった)を指に取って鼻から吸ひ込む。くはーん,これが効くんだ。病み付きになりさうよ。

しかし胡散臭い粉末を指や紙に落として鼻に宛てがひくすんと吸ふ,おいおい此れはコカインの吸引作法ではないか。いきなり人前でやるのは危ないと珍しく対面を慮り仲間内で実演して見せたら,それとしか思へないと皆うなづき似合ひ過ぎるとさへ言はれた。TPOを考へないとまづいですな,ますますらしいぢゃないか。勧めたんだけれど,誰も手を出さなかった。味の方は,うーん,薄荷なんだけどさ,わさびが鼻の穴の方から抜けた感じかな。うっかり多量に吸ひ込むとガンとした衝撃があってそれでも爽やかだ。
すっかり気に入ったので愛用する事にした。通常の焼き煙草は今さら呑む気にならない。麻薬常用者ぽいのを喜んでゐる節もある。

言ふまでも無く此れは合法品である,臆病者の僕がやばい橋を渡るものか。でも良い気になってすんすんやってゐたら,ちょっと気分が悪くなった。健康のため吸ひ過ぎに注意しませう。

不一

1988年8月吉日


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written by nii. n