東京月記8707

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たけちゃんのオールナイトニッポンが再開して,喜ばしい限りである。判決が下りて結審した途端の復活,新聞を取ってなかったら気が付かない所だ。その前の週にも30分足らず飛び入りしたと云ふ話だけれど,そいつは聴き逃した。う〜ん,一生の不覚。

昨年の暮れに殿の御乱心を知った時には,ああ,たけちゃん,よっぽど仕事を休みたいんだなくらゐにしか思はなかった。事件後1週間で元気が出るテレビの収録を行なったと云ふニューズは問題にされるだらうなと感じはしたが,「謹慎」はせいぜい1箇月と睨んで(ドリフのノミ行為では3箇月だったかしら)木曜深夜のチェックを怠りはしなかった。

だのにたけちゃん出て来ない。12月一杯は高田文夫が何とか持たせてゐたけれども,次第に特番が這入り始め鶴太郎やさんまが間を埋めた頃はともかく大竹まことがレギュラー面をするに至ってはもはや此れ迄と観念し,審判が下る迄は無理だなあと最近は疎かになってゐたのだ。

復帰第1週を聞いてみると常連投稿者(はがき職人と呼ばれる)は皆知ってをり,己れの甘さに臍を噛む思ひがしたね。内容は相変はらずで安心した。ばっかんばっかん笑はせてくれたぜ。それにしても良かったなあ。後はひょうきん族に出てくれれば言う事無し。他の番組なんかどうでも良ろしい。


商売がら毎日アルファベットを読み書きする。そもそもコンピュータがアメリカ生まれのアメリカ育ちなので(大砲の弾道計算用だった),言語も殆どが米語の基本語で組み立てられてゐる。日本語の物も無いではないが別にJIS規格があるぢゃなし,各社独自開発の簡易言語であって普遍性は無い。DB・ファイル・項目その他諸々の名前をアルファベット26文字と数種の記号で書くのだが,命令語でない名称は何でも良いので大抵日本語をローマ字書きにする。

入社以来感じてゐるのは,みんな意外にローマ字を知らないと云ふ事だ。ローマ字書きには日本式・訓令式・ヘボン式のみっつがあり──ローマ字書きを恰好良いとする風潮は依然根強く,その99.99%はヘボン式である。アメリカ植民地政策の賜物である──決して混用されるべきではない。「住所」をJYUSYO,「端末」をTANMATSUと書かれては気持ち悪くて仕様が無いのだ。小学生からローマ字を修得させやうと文部省はやけに早く教科書に盛り込んでゐるけれども,その成果は実に貧しい。

敗戦直後の日本は酷く卑屈になってゐたやうだ。鬼畜米英と叫んでゐたのが一転して自由の国アメリカ万歳となったのだから,これは分裂病質者の症状反転に等しい。進駐軍は日本の後進性を漢字のせゐと本気で考えてゐて──複雑怪奇な漢字を覚える為に多大な時間と労力を要するが故に(西洋の)文明を育てる余裕が生まれないと云ふ論理である──漢字を全廃して日本語もローマ字化しろと強力に迫ってはみたものの後に日本人の識字率が本国を遥かに上回るのを知って手を引いた。それを戦前からゐたローマ字論者の莫迦共が千載一遇のチャンスとばかりに後を引き継いだのだ。

ローマ字化の究極的な目標は文字の表音化にある。いきなり仮名漢字を撤廃する事もできないから慌てて作られたのが当用漢字表と新字体と現代仮名遣ひなのだ。何しろ専門家を欠いて役人だけででっちあげたのだから粗雑の極みである。特に現代仮名遣ひは無茶苦茶だ。余りの酷さに僕も(公用文を除いて)遣ふのを止めてしまった。

恐るべき事に此の現代仮名遣ひは,その不備・不合理性・不整合性が鋭く追及されるほど目的を達成し易くなるのである。え,「じ」と「ぢ」の使ひ分けが一貫してないですって,んぢゃ全部「じ」で書く事にしませう,「ぢ」は廃止ね,これなら統一が取れてるでせう,と云った具合だ。ほんのちょっと前(去年か一昨年)まで「僕わ駅え行きました」と書いても誤りではないとされてゐた。本当である。「僕は駅へ行きました」に固定されたのはワープロの普及が大きく影響したのだと思ふ(辞書登録が二度手間になるのでメイカが率先した),或るいは国審委が初心を忘れたのだ。いづれにせよ日本語にとっては幸ひであった。同時に国審委の好加減さがよく表はれてゐる。

ローマ字に話を戻す。僕は困ってゐるのだ。ヒット_パレイドの曲目をアルファベット順に並べてフロッピイに収める時のコードにローマ字を使った。単なる名詞・動詞・形容詞だけのタイトルでは気が付かなかったが,助詞を含んだ題名を記す際に愕然とした。「彼は10月にアメリカへ行った。心配するな」と云ふ文章をローマ字で書いてみよう。

  1. Kare ha juugatsu ni America he itta. Shimpai suruna.
  2. Kare wa jugatsu ni America e itta. Shimpai suruna.
  3. Kare wa juugatsu ni Amerika e itta. Shimpai suruna.

ヘボン式なら大体上のa.b.c.に収まる筈だ。統計を取れば多分a.が一番多いだらう。今現在僕が書くとすればb.を採る。でもどれも何だか変だね。AMERICAだけ英語になるのも面白くない。

a.は発音にではなく仮名に依ってゐる。b.は発音に近く,c.は混用である。そもそもローマ字は発音に依るのか語に従ふのか。

ローマ字とて完全に日本語の発音を表記できる訳ではないにせよ,仮名がある以上語を指し示す表記法は2種類も必要無い。しかしながら発音に忠実たらんとすれば別の問題が頭を擡げて来る。例へば「総合」「相互」「そごう」「齟齬」をどう書き分けるか。「処女」「少女」「書状」「賞状」はどうだい。「経営」を発音通りに書くとKEEEだらう。KEEEから「経営」を導き出せるかね。

僕は困ってゐるのだ。小学生の時どう習ったかは綺麗さっぱり忘れてしまった(僕も余り偉さうには言へない)。このところ気になって仕様が無いので──実用上からもはっきりさせたいし──まだ幼い弟妹のある知人に教科書を見せて貰へないかと頼んである。


暑いねえ。全く気が狂ひさうに暑い。今日の最高気温は34.4度だと。坂道なら1速でも登れるかどうかだぜ。会社では定時(17時23分。実働7.8時間と云ふ半端な労働時間である)に空調が止まる。僕がゐる所は大部屋で端末(キイボードとディスプレイとプリンタ。恰好はパソコンだが実際は1台の巨大な──容量の──ホスト_コンピュータに繋がってゐる)が30台近くあり,いづれも強力な熱源となる。だからもう大変。これで床に簀子が敷いてあったら入浴料として1万円は取られる。サウナぢゃないつーの。

ホスト_コンピュータが置いてあるマシン室ではガンガンにクーラーが効いて寒いくらゐ(年中一定の室温ですけど。温度が高いと電気的な抵抗が生じて熱を帯び,さらに温度上昇を招いて抵抗値を増やす。熱暴走と云ふ)だが,用も無いのにマシン室にゐる訳には行かない。

うっぎゃーと言ひながら帰るのだけれど,****線は未だに完全冷房ではなくて無力な扇風機がへろへろ回る車両が残ってゐる。野菜炒めを箸で掻き回すのと大差無い。さうして部屋に戻ると此れがまた暑いんだ。1階の癖に窓を開けっ放しで毎日出掛けてゐるのに(かなり危険だと思ふ。そのうち痛い目を見るであらう)風が全く這入らないので昼間の温気が其のまんま保存されてゐる。僕がたらたらーと汗を流して拭くのも邪魔臭い程だから,推して知るべし。冷房装置は皆無である。扇風機は疎かうちわだって無い。此の間なんか下から上に向かって風を感じた。対流を起こしてゐるのだ。ったく,おいらが熱暴走をしてしまふ。

あんまり暑いんで空調機を買ふ気になった。冬の事も慮ってガスルームエアコンだ。ガスルームエアコンっつーと,音節の切りやうに依ってはアウシュビッツになるなあ。ガス器具だけど冷房は電気を使ふ。さっそく東京ガスに葉書を出さう。何十万もすんだろな。


同じフロアで働く女の子がグァムに遊びに行った。う〜ん,OLってほんとに海外旅行に行くんだな。ハッパ買って来てよ,どうやって持って来るの,ビニール袋に入れて飲み込んでしまへ,いや其れよりも大きめのブラにパットを入れて間に隠せば良いんぢゃないか,ぢゃ買って来る。楽しみだね。小細工して隠さなくたって生来のポケットがあるではないかと思ったが,さすがに口にはしなかった。明きらかにOLのヴァケイションだから税関も甘いに違ひない。ぱんぱんとボディ_チェックして終はりであらう。さうして彼女が行ってしまった後で気が付いた。麻薬犬の事を忘れてゐたよ。こりゃ参ったね。彼女は***本社の人間である。「**女子社員大麻持ち込む」うわー,新聞の見出しが見えるやうだね。久米宏辺りが嘆息しさうだ。まづいなあ,僕も教唆,いや共同正犯だな。いいや,冗談で言ったのにとしらを切っちまへ。

案に相違して無事に帰って来た。何とハッパ付きである。驚いたね,嘘から出た真,言ってみるもんだなあ。ちゃんと分けてくれたよ。ふ〜ん,おいら,大麻なんて吸ふのは疎か見るのも初めてなんだ。思ったより明かるい色で,ちと湿っぽい。お家で吸ってみようっと。──ふん,あんまり強くないね。ニコチンなんかは這入ってないのかしら。バッド_トリップしたらどうしやう。──来ねえな。来ませんよ。あら,偽物をまされたかな。初めから刻んであるってのは変だよな。紙巻きってのもおかしい。何故フィルタが付いてゐるのだ。箱に這入ってゐるのはどう云ふ訳だ。ああっ,此れダンヒルぢゃねえか。仕様がねえなあ。道理でみんなに配ってると思ったぜ。こらこら,これはダンヒルでせう,ハッパはどうした。向かふでみんな吸っちゃったわよ。

不一

1987年7月吉日

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分裂病質者の症状反転に等しい
この辺は岸田秀の受け売り。
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written by nii. n