花の東京の縁取りでひとり暮らしを始めてからふた月以上経つ。部屋は相変はらず散らかってるし（＊＊時代より酷い。尤も畳のサイズが違ふからね，＊＊アパートのが随分広い）金は無いしで，生活水準は余り良くないんぢゃないか。でも職場に近い事とひとりでゐられる事とを思へば適当な妥協点かな。
さうだ，まだ駅盡くしをやってなかった。この部屋から＊＊ビル＊＊＊までは＊＊＊を起点として＊＊・＊＊＊＊・＊＊＊・＊＊・＊＊・＊＊＊・＊＊＊・＊＊そして＊＊と，たったの此れだけ。実測値はともかく＊＊−＊＊温泉間を通ふのよりは楽に感じる。
先日お巡りさんの巡回を受けて住民台帳みたいなのを書かされた。公僕が言ふには，此の辺りの治安は良ろしいがコソ泥くらゐはゐるから気を付けてください。さうだね，おいらもバックミラー盗まれたもんね。
コガタナを置いてゐた歩道には＊区の名に於いて「ゴミ棄てるな」の看板があってちと不安だったのだけれど，案の定壊れたＴＶだの自転車だのが毎週着々と溜まって行き始めたからさあ大変。此れは怖い。万が一にも一所に処分されてはたまらないから，たうとう＊＊の寮まで持って行って，この数週間乗ってゐない。
光熱費は銀行口座落としにしたので記帳しないとはっきりしないが最初の電気代（４月の半端分）には笑った。64円。
ガス代は1200円くらゐだった。
水道費は不明。独身者が幾等使ったって基本料金を超える事はまづ無いさうだから，考へても仕方無からう。今年は渇水らしくて，そのうち給水制限があるかもしれない。この辺りの水源は利根川かしら，まさか隅田川ぢゃあるまいな。近所に荒川と隅田川の水分があるのだ。
今月はガス料金が心配である。先に風呂を沸かさうとしたら既に煮立ってゐた。種火を48時間うっかり点けっ放しにしてゐたのだ。こりゃ参ったね。勿体無い事をした（さう云ふ問題ぢゃないでショ，危ねえなあ）。
上京以来１年間はずっとラジカセだった。お気に入りのカセットも殆ど持ち込んでゐなかった。レコードなんか買っても聴きやうが無かった。ノイズ混じりのＦＭと休み勝ちなたけちゃんのオールナイトニッポンと志ん生師の落語のカセット（この１年最大の収穫は此れだ。志ん生・圓生・文楽・金馬のカセットを何万円か買ひ込んで，僕のライブラリは非常に充実した。嬉しさの余り黄金餅の一節を憶へてしまった）とが僕のオウディオ_ライフだったのだ。淋しいなぁ。臥薪嘗胆，いつの日か退寮の暁にはと自慰する毎日，誰か俺に愛をくれよ。
やっとこさ此の４月に独立した。家から送って貰った僕のオウディオ_セット，でもスピーカが無い。仕様が無いからＡ−10のヘッドフォン端子からラジカセ（とっくにヴォリュームにガリが来てる）に落として聴いてゐる。ああ，どうだ。それでもラジカセ単体よりも遥かに良い音が出て来るぢゃないか。ラジカセのアンプを通しても此れだ。
さうして懐かしのヒット_パレイド，阪本龍一ピアノ_ソロになるMERRY CHRISTMAS MR. LAWRENCEが流れて来た時にゃあ涙が出さうになった。本当である。全く音楽は人間を感動させうる。
Ｄ−１０１スワンの製作が余りに進まないのに業を煮やし，半完成のまま鳴らしてしまった。具合ひの悪い所は後日作り直す事にする（嘲っておくれ）。未完成とは言っても高さ調整のスロート部であって，耳の方でユニットに合はせてやれば何て事ない。
参った。これはどうだ。ＣＰ・スペイス_ファクタ・音質どれを採ってもＤ−７０に引けを取らないぢゃないか。否，絶対的な低コストと工作の容易さとを慮ればスワンの方が優れてゐる。Ｄ−７０を超えたと言って良い。鳴らし始めは何てこと無いな失敗したかなと思ったけれども，30分・１時間と鳴らし続ける内にぐんぐん良くなった。上下ともレンジが拡大して行く。凄いや。
余程の大音量を欲してゐて広いリスニング_ルームを確保できるのでなければ，Ｄ−７０を作るのは莫迦らしい。メイカ品を買ふのは論外，ロウ_コストの30cmウーファ＋10cmスコーカ＋５cmツィータなんてのが全く無意味である事が体感できる（持ってたらごめん）。
構造的にスワンは超ミニ＋スーパ_ウーファの形を採るが，２本で２万円しないのだ。僕のＤ−７０は両chで14万掛かったぜ。ＤＲＷ−１を加へたら20万になる。と言って決してＤ−７０の価値が下がるものではないけれど，あれを作るに当たっては相当な覚悟が要る。スワンには其れも無い。おいら強く薦めるね。長岡大先生もお気に入りのやうだから，恐らく近い内にマークIIが出る（スワンの発表からも１年以上経つ）。それを待ってＧＯサインを出さう。
これより暫く下は＊＊＊の手紙に答へた物だ。彼の弟君は就職難らしくて，何を思ったか僕のゐる会社を受けたいと言ってをるさうだ。これには驚いた。僕は今年も＊＊に行って後輩を引っ張ってくるやうに上司に言はれたのを，ああだかうだのらくら逃げ回って到頭行かずじまひにしてしまった。かうした背景があるので渡りに船，ついでに手紙で＊＊方面にも情宣を行なふ。去年不義理をした＊＊に出しても仕様が無いから君に出した。取り敢へず内定の欲しい奴に声を掛けてみてくれ。来年からは不況の嵐が吹き荒れる（これはほぼ確実）。僕のやうにわざと留年しやうもんならきっと泣きを見るぜ。うちに限らず内定は大切にすること。んぢゃ，次行から本題に這入る。
此処で君と＊＊とから同時に手紙が届いた。＊＊の身に悪い事があったんぢゃないか。文章が荒れてるぜ。 さて，君の賢弟の質問に答へやう。
東京に住んでゐる，と云ふメリットを殆ど全く活用してゐない。実に惜しむべき情況だと思ひはするが，生来の出無精に暇無しが崇って土日は部屋に閉ぢ篭ってゐる事が多い。マドンナの公演中止で揉めに揉めたなんてニューズも，＊＊で聞くのと同じインパクトでしかないのだ。
一番行ってみたいのは鈴本とか末広とかの寄席である。前座から色物そして真打・大取までざっと五時間で数千円だから単位時間当たりの木戸銭は安いが聴きたいのは（否，見たいのは）小さん・小三治・志ん朝と云った大看板だけであって，無名の内からひとりの芸人を見守らうなどと云ふ趣味は無い。その金でカセットを買ふ方がコレクションの充実にも繋がる。但し小さんの一席に3000円払っても良いし（何と言っても今の内だから）寄席の雰囲気を知りたくもあるから，適当な連れがあれば是非とも行きたいと考へてゐる。
５月の２日に遂に東京タワーに昇って来た。尤もあそこは地元民の行かない処だ。意地でも行ってやらないと言ふ人が少なくない。正直つまらない。あいにく曇天だったし展望台の高度にしたって池袋のサンシャインに負けてゐる。
続いて後楽園遊園地（後楽園球場が隣り）に雪崩込み，立錐の余地も無い混雑に機嫌を損ねたけれど，実に20年振りにジェットコースターに乗った。ジェットコースターと言ってもスペースナントカの類のごく短い奴だ。ランドセルの肩掛けのやうな安全装置を付けて一旦バックしたあと90度後ろに倒れて空を見ながら上昇し，峠を越えたら其のまま昇った分だけ自由落下する。此れは怖い。決して目を瞑るまいと心に誓ってゐたけれど，落下間際眼下にレールが見えたらはっとして思はず瞼を閉じてしまった。落下時間も結構長くて位置エネルギーをフル活用，ガクンと水平軌道に戻ってからは捻りを加へて前進し急停止，下のレールに移って後退しつつ捻りを今度は２回転交へておしまひ。いやー，面白かった。同乗した人は胸ポケットの煙草とライタを吹っ飛ばしてしまったが，並んで待ってゐた時にレールの下をチェックした僕はちゃんとジーンズのポケットに押し込んでおいた。
ＴＶを買った。ＳＯＮＹはPROFEEL BASIC KV-19HT1。ことＴＶ開発にかけてはＳＯＮＹは常に先行してゐる。PROFEELと云ふ名前はどうにも魅力的なのだった。僕の中での映像再生の比重と単に部屋の広さを考へても16inで充分だと思ってゐたのに，ベイシックは莫迦売れらしくて19inしか流通に残ってゐないと言ふ。２万円しか違はないし代替品は思ひ浮かばないし面倒臭くなって決めてしまった。
ベイシックの本体には驚いた事にスヰッチがひとつしか無い。主電源のＯＮ・ＯＦＦだけだ。後は画質調整から音質調整からチャンネル設定から番組予約から一切合財をリモコンに持たせてある。リモコンを無くすか壊しでもしたら，ハイそれまでよ 。電池が切れてもおしまひだな。ＣＡＴＶ（発展の可能性は殆ど零だ） 対応の音声多重チューナを有する癖にアンプを内蔵してゐない。アクティヴ_スピーカと称する専用スピーカの方にアンプが組み込んであって，これはつまりオウディオ_セットにＴＶを追加したい人を主眼に商品化された事を示す。アクティヴ_スピーカは完全に救済措置なのだ。
アンプはあるけどオウディオ系とヴィジュアル系は分離しておきたい僕はちょっと困った。スピーカはＴＶ用にマトリクス（長岡大先生設計のAV-3）を作って宛がふつもりだが，アンプは追加購入しなければならない。当面はまたラジカセに落として聴かう。アンプのロウエンドは２９８くらゐだらうが，このクラスで通常ＴＶモニタが内蔵してゐるアンプに匹敵するかどうか。Ｌｏ−ＤのHSA-77等は手頃なのだけれど，30Ｗの消費電力と4.5kgの重量で20Ｗ＋20Ｗの出力を絞り出してゐるアンプが５Ｗ＋５Ｗ程度に抑えて余裕のある内蔵アンプと比べて質が高いかどうかは甚だ心許無いのである。
19inと云っても実際部屋に持ち込んでみるとそんなに大きく感じない。ちょいと前までは20inが製造上の限界（ブラウン管の強度を取れない）だったのに，三菱が一気に37inを達成してしまった。今の主流は21〜28inだらう。尤も余り大画面になると６畳間では距離が取れなくて走査線が見えてしまふ。かうなったら高画質も糞もないし，重量も100kg近くなってセッティングも儘ならなくなる。液晶画面や透過式プロジェクタの画質が飛躍的に改善されない限り（奥行きが減れば良いのだ），此れ以上の大きさは家庭用として現実的でないと言へる。
不一
1987年６月吉日