東京月記8706

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前月の月記を印刷してみて驚いた。1行当たりの文字数と1頁毎の行数だけを指定して後はシステム任せにした所が(デフォルトで上下左右用紙幅の10%づつが余白に取られる),印刷コマンドを入れても動き出さない。何か間違へたかしらと思ってゐたら,徐に書き始めた。ずっとレイアウトを考えへてゐたらしい。

αは葉書大からB4横まで用紙サイズ_フリー(この頁はA4)だが,熱感応紙ぢゃない紙を用ゐる時はカセット_タイプのインク_リボンを使ふ。ピコワードでもPENでも同じで使ひ捨ての消耗品だ。無駄にならないやうに印字しても,改行やら中スペイスやらでかなり未使用部分を作って流れて行く。それをこいつはデフォルトの余白を除いてスペイス部も枠抜き部も改行部も全く無視してひたすら印字可能面を嘗めてゐる。その間リボンは回りっぱなし。たかが9ペイジの印刷で4割がた使ってしまった。よく考へたら写真やイラストなんぞをコピーしたレポートには必要な方式なのだけれど,ただの文章の場合には浪費も甚だしい。リボンはけっこう高いのだ。熱転写紙もなかなか高価だが,まだしもCPが優れてゐやう。この用紙が無くなったら替へる事にする。


皆さん,皆さんは3切れの餃子を,5回に分けておかずにした事がありますか。私はあります。

この部屋に越してから,もうひと月になる。お金がありませんよ,皆さん。就職して寮に這入ってゐてちょいと意識して金を溜めれば,ニューフェイスの内でも年間100万円は残せると思ふ。僕が退寮を決めた時には富士銀行に80万余の預金があった。部屋を借りる為と家財道具を買ふ為に30万・ワープロ代に15万と,多少のオウヴァ_ランを見込んでも40万円台はキープしてある筈だった。それが30万を大きく割ってゐる。これはVCRを買った時の予想額だった,未だTVも無いのに。こりゃ,参ったね。とにかく大変な減りやうだ。何に遣ったのかさっぱり判らない。学生時分もかうだったかなあ。まだしも不安の無い生活だったと云ふ気がするよ。

新しいスピーカがまだできない。今度のはD−101スワンと云ふ10cmバックロードだ。ざっと35cm角の立方体キャビから15cm角の頭部を支えるスロートがにゅうと伸びてゐる。白鳥と云ふより潜望鏡か焼却炉だ。さほど難しい工作ではないけれど何しろ暇が無くて,作り始めてからもう1箇月近く経つ。と言っても手を付けたのは延べ3日程だがね。

仕上げに気を遣はないのに作業が遅いのは,手間が掛かるからだ。スワンのスロート部は工作の都合とユニットの高さ調整を狙ってスライド式になってゐるから,挿入部にペイパを掛けねばならない。疲れちゃって仕様が無いよ。

工作のポイントは一にも二にも板取りの精度だ。次いで工作精度。今回は東急ハンズに裁断を頼んだからカットは文句無く上がってゐる。**の**木材店の爺いには泣かされた。機械がかなり古いんぢゃないか。ハンズが最新鋭機を導入できるのも**と東京との人口差に拠るだらう。やはり富は都会に集中する。しかしながらそんな自動裁断機の威力も僕の所でちょいとクール_ダウンする。環境が良くないね。大きな音でトンテンカントンテンカンやるのは大いに憚られるのだよ。こりゃ参ったね。もともと僕の腕が大した事ないのに加へて近所への遠慮と云ふ奴がますます拙速を助長する。

10cm1発のシンプルなスピーカはネットワーク要らずで音質上有利だ。同じバックロードでもD−7IIやD−70とは性格が違ふ。低音側はローディドホーンで幾らでも伸ばせるから心配要らないけれど,懸念されるのは高域不足だ。ツィータを追加するのではスワンの存在意義を低減してしまふ。点音源で音場再生を目指すのが主眼なのだ。

いったいスピーカの理想の姿とは,点音源と無限大バッフルの両立に盡きる。さうしてどちらか単独でも実現は不可能だ。前者は面積0から全ての帯域を同じ音圧で放出する事を指し,後者は音源前後の音波の干渉を一切断つと云ふ事を示す。さらにバッフル板は反射も振動もしてはならない。スピーカは理想から遥かに遠い処で悲鳴を上げてゐるのだ。

僕は此れまで比較的大きな口径のユニットでだっかんだっかん鳴らして来たが(もう1年以上前ですけど),住宅密集地のアパートメント住まひとあってはさうも行かぬ。小音量でリニアリティの良いスピーカを楽しんで聴かう。超低音の風圧感は後退しようが,音像定位は期待できる。

点音源に近付くにはユニットを小口径にするしかないが,無限大バッフルに近付くにはバッフルをできるだけ大きくするのが良いのか。

小口径化は明らかなメリットがある。1振幅で動かす空気の量が少ないから立ち上がりが良い。振動板が軽いので慣性が小さく立ち下がりも良い。要するに小音時のリニアリティに秀でてゐる。低音はバックロードで伸ばせるから弱いのはむしろ高音域,それから圧倒的大音量と許容入力くらゐだ。

バッフル板,これも実は小さい方が良い。どんな材質で作ってもバッフルは必ず振動する,ユニット前面から回折した音波を反射する。結局バッフル面積全体が音源となってしまふのだ。

D−70もでっかいスピーカだったが,バッフルは20cmフルレインヂ2発を収める最狭の面積だった。う〜ん,これからは小口径小バッフルだな。よくもこれだけ自分のやってる事を肯定的に書けるな。

ついでだから何故2chくらゐでステレオ感が得られるかを解説しよう。しなくて良い? まぁおいら講釈好きだから聞いてよ。

そもそも人間の耳は2chだ。音波が何処から伝播しようと結局は左右の耳朶に捕らへられ耳道を通り鼓膜を震はせるのだから,物理的には耳孔の開いた方向にしか音源を求められない筈である。この点をしっかり押さへて貰ひたい。

さて町をてれてれ歩いてゐると,どてぽきぐしゃと云ふ産まれて初めて聞く音がしたとする。はて何ぢゃろかいと頭をぐるぐる回してみると,それは真後ろで人が転んで骨折した音だった。さうすると脳味噌は「どてほきぐしゃ」を「背後で人が転んで骨折した音」と分類し記憶する。そして後日街頭録音のレコ−ドなんぞをオウディオ装置で聴いてゐて「どてぽきぐしゃ」が正しく再生された(周波数も音量も音色も音圧も)なら,脳味噌はフルオウトで記憶領域を瞬時に検索し照合し「どてぽきぐしゃ」は「背後で人が転んで骨折した音」であると云ふ項目に突き当たり,果たしてはっとして後ろを振り返る事になる。もちろん誰も骨なんか折ってゐない。

これはどう云ふ事か。「どてぽきぐしゃ」が「とてぽきぐしゃ」と録音されてゐたのでは再現されやうが無いし「どてほきぐしゃ」と再生されたのでは効果が無いし「どてぽきくしゃ」と聴き違へられたのではお話にならない。つまり良いソ−スと良い装置と良い頭が揃はなければ,真のステレオは聴けないのだ。翻って此の三位一体が実現されれば,2chのステレオで前後左右上下全部を,スピーカの位置も存在も無視して知覚し得ると言へる。オウディオは故意に錯覚を起こしめる所に存立する。ソースも装置も大切だが,肝心なのは音に対する経験・あらゆる事象を連想する音の波形の記憶量なのである。此処の所が解ってゐないと,聞き慣れない音を感じて原因が掴めない時にUFOだの幽霊だのを持ち出してしまふのだ。例へ片耳が聾でも両耳が聞こえなくともステレオ感を得るのに支障は無い。片耳で受けた波動を,皮膚に加へられた音圧を覚えてゐれば後は脳細胞の仕事である。

僕は1度だけ無響音室に這入った事がある。何だか奇妙な気持ちがした。無響音室とは言ふ迄も無く反射音波の帰って来ない部屋だ。変な心持ちがするのはやはり脳が錯覚を起こす為だ。反射音が届かない原因を,音が跳ね返って来る前に減衰して聞き取れなくなったと見るか,直接音との時間差が感じられないほど壁が近くにあると見るかで印象は正反対の物になる。この結果から自分が広場恐怖症か閉所恐怖症かを診断できるだらう。僕はどちらかと言ふと前者だった。


明日ボーナスが支給される。6月5日である。20万円はあると思ふので,何か買ひたいね。TVを買ひませう。この2箇月近く僕はTVを全く見てゐない。今時TVの無い世帯と云ふのは見識が高いやうで恰好良いが,どうせVCRも入れるのだから映像もモノにしておくのに吝かでない。

今のところ観たい番組は「ひょうきん族」くらゐだ(あと「斎藤さんちのお客さま」)。今後魅力的な映像の番組が増えるとは到底思へないので,ブラウン管の大きさは程々で良い。優秀なディスプレイは概ねインチ1万円だからでかいのには端から手が出ないのだ。

欲しいのはやっぱり音である。甘木のHiFiVCRを借りてゐた時にMX−1に繋いで聴いてみたのだが,生中継のステレオ放送には瞠目すべき所があった。歌番組はつまらなかったけれど,野球だったか陸上だったか場内アナウンスがピンポイントで定位し観客のざわめきが部屋一杯に広がった。あれは大変おもしろい。

しかしてハイバンドβを一所に揃へられる程のボーナスではなからう。VCRは暮れに持ち越しとする(実は寒くなる前にEDβと云ふグレイドアップ_ヴァージョンが出る。さらに輝度信号をシフトしてメタル_テイプを用ゐ,S−VHSに競り勝つ腹だ。こんなに規格を変更してはとても双方互換は無理,EDなら従来βを再生できると云ふ一方互換に留まるだらう。S−VHSもさうだが──そもそもハイバンドが先鞭を付けたのだが──互換性を捨てる程の規格変更をして画像が良くなったなどと謳ふのはずるい。陰痴気である。カセット_テイプを見習ひなさい)。従って音声多重チューナを内蔵してゐる方が都合が良ろしい。スピーカはTV専用のを新たに作るつもりだから,アンプ(3W×3Wもあれば充分)も持ってゐて貰ひたい。

上の線で探してみたが,う〜ん,良いのが無いね。帯に短し襷に長し。昔のプロフィールが良かったのに例に依って生産完了,最近のソニーは僕に恨みがあるやうで,僕の欲しい機能を巧みに外してしまってゐる。もひとつ日立のも調べてはみたけれど,やはり偏狭なマニアなんか相手にしてゐなかった。

今日現在に至るも決め兼ねてゐるのはKV-16HT1(\90,000)とKV-19T1(\165,000)の2機種,前者はPROFEEL BASIC・後者はAiViなるシリーズだ。BASICにアンプが付いてればね,悩む事なんか無いのだが。価格差を考へれば5・6万のアンプを買ったって釣りが来るのだけれど,大画面にも惹かれる事は惹かれるのだ(AiViはアンプ内蔵。自作AVスピーカとの絡みで20インチまでは占有面積が変はらない)。同僚がいやらしいヴィディオ_ソフトを貸してくれると言ふから,早く決めてしまひたい。

不一

1987年6月吉日

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ひたすら印字可能面を嘗めてゐる
いま思うに縦書きの書面を横方向にリボンを流して印刷していたのであろう。そりゃ1ペイジ丸ごと画像あつかいでないとカヴァできんわな。(02.10/26記)
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皆さん,皆さんは…ありますか。私はあります。
これはたぶん「オレたちひょうきん族」末期の「ラヴユー貧乏」のフォーマットであろう。
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スピーカの理想
この辺は例によって長岡鉄男の受け売り。D-101・D-70・D-7II・MX-1などなどはみな長岡設計のスピーカの型番。
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どてぽきぐしゃ
松本零士のマンガに出てくる衝突・破壊音。
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written by nii. n