神奈川月記9008b

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冠省
ソフトだけは半年も前に押さへておいたLDである。先日やっとハードの方を調達した。
長いこと放ったらかしだったのは,発表はされたもののいっかな出てこない機械を待ってゐたからだ。果たして其の機械は発売された。しかし諸般の事情を鑑みて(本当は金が無いと云ふ単一の理由から)先行の廉価品を入れる事にする。
パナソニックのLX−200が其れで,狙ってゐたのは同上級機のLX−1000,価格差は6万2000円もある。型式と機能は同じでもD/Aコンヴァータと篋体とパーツと回路と構造とデザインが違ふ。つまりぜんぜん別設計なのだった。

プラス6万円だして出せない事はないが出さないで済むなら出したくない。
フルコンパチでオウトリヴァースでなるべく安いのと云ふ条件なら,機種はかなり限定されてくる。中でも優秀なのは僕の買ったパナ・AVの雄ソニー・LDの開拓者パイオニアが挙げられ,10万円前後に1機種づつある。
ソニーはもう増やしたくないしパイオニアはFMチューナで1台ラックに収まってゐるし,どちらかと言ふと消去法でパナに決めた。
松下はあんまり好きぢゃあないんだけど,パナソニック_ブランドは此のところ躍進いちぢるしい。ソニーとパイオニアはロウエンドの698でも骨肉の争ひを演じてをりCP最優先だと文句無くそちらなのだが,オウトリヴァースでないから今回は対象外となった。

から出してみたら写真で見るよりずっとちゃちこくて拍子抜けした。ミニコンポのユニットみたいだ。出力は1系統だけれど,通常のRCAピンの他に映像はS端子,音声は光ディジタルリンクが併存する。ただSも光もRCAに劣るから使はない方が良ろしい。そんなの常識,タッタタラリラ。どちらも理論的には正しいのに実現する仕掛けがせこ過ぎて,良い結果を得られないのである。

CDシングルでも30cmLDでも変はらずトレイはシュカーッと全開で出てくる。LDをトレイに載せた状態からクロウズして最初の絵が映る迄に13秒かかった。A/B面のリヴァースも13秒,再生中からのオウプンには8秒を要する。
それでもなかなか素早いと云ふ印象を受ける。初期のオウトリヴァースでは30秒くらゐ平気で待たされ,プレイヤまで歩いていって自分でひっくり返した方がよっぽど早かった。それが13秒なら我慢できる。

FMチューナを載っけてダンプしてあるせゐか演奏中のメカノイズは耳につかない。横のVTRのが余程やかましい。ただ側に近寄ればヒュゴゴゴゴゴと,回転するLDの風切り音が聞こえる,これ本当。LP2枚分を(LDは重い)LPの50倍以上のスピードでぶん回してゐるのである。むべなるかな。

んではそろそろ手持ちのソフトを観てみよう。
LD導入を決心して最初に買ったのは『バオー来訪者』である。少年ジャンプが自社イヴェント用に作ったアニメの第1弾に当たる。原作はもちろん同誌掲載漫画で,現在『ジョジョの奇妙な冒険』(今まで読んだ漫画の中でベストと言っても良い)を快調連載中の荒木飛呂彦が前に描いてゐた作品だ。
バオーとは生物兵器として開発された人造寄生虫の名前である。バオーは犬とか人とかの高等動物の脳内に潜んでをり,宿主が何らかの危難に晒されてアドレナリンを分泌したとき其れを感知して大量の体液を放出する。この体液は宿主に無敵の肉体(高圧電流や強力な酸を放ち銃弾やナイフなんかは筋力で押し戻し人間の首を千切るくらゐは朝飯前で例へ手足を切断されても傷口を合はせればすぐに喰っ付く)をもたらし,危険因子を徹底的に破壊・殺戮するまで精神を支配するのだ。自分が死なない為に宿主を操作するのである。
ストーリは,バオー寄生の実験材料にされた少年が護送中に一旦は脱出したもののやはり拉致された少女を救ひ出す為にもう1度施設に立ち帰り(だからバオー来訪者。全くタイトルからしてセンスが良い)バオーの力を借りて組織を壊滅すると云ふ物。
だいたい原作をなぞってゐるが,連載物としては短め(単行本2冊)とは言へ50分に纏めるのは無理があった。バオーの「武装現象」が簡単に起こりすぎて主人公が当惑し葛藤する暇も無い。絵の描き込みが全然たらずスプラッタも迫力不足,ちょっと残念な仕上がりである。

続いて『吉本新喜劇ギャグ100連発』,これがリリースされたから僕はLDを買ふ気になった。
吉本新喜劇のギャグは東京人に幾ら言っても解らないだらう。完全に知らないのである。また此のLDを観せた所で大して面白がりもしないと思ふ。余りのべたべたゆゑ逆に不快がるかもしれない。岡八郎・花紀京・平三平・間寛平・木村進(現博多淡海)・船場太郎・桑原和男・浜裕二・原哲男・井上龍夫・池乃めだか・藤里美・室屋信雄・南喜代子・中山美保,関西人は此の名前を聞くだけで頬が弛んでしまふ筈だ。此れは彼等のギャグの数数を1時間・64チャプタに160個ぶち込んだ記録作品なのである。ハプニングやアドリブは抑へて各人必殺のギャグ_ラッシュ形式にしてあり,ドラマの筋やシチュエイションからは切り離して並べられてゐる。呆れたことに大半のギャグを観た憶えがあった。
所がライナノウトに拠ると最も古いソースでも84年の2月であって,僕が新喜劇を観てゐた70年代後半よりずっと新しい。本来なら憶えてゐられる訳が無い。新喜劇の面面が如何に同じギャグを大切に遣ひ続けてゐたかが見て取れる。
観てゐる内に段段をかしさが累積されて,笑はずには居られなくなる。ギャグの優劣や順番を云云する内容ではない。惜しむらくはオウプニングのテーマ曲がプンワカパッパプンワカプンワカプンワカプンワカワで始まるお馴染みのあれでなかった事だ。何故だ!

LDソフトは今のところ3枚しかなくて,残り1枚はビートルズの『イエロー_サブマリン』である。
映画館が嫌ひなもんで滅多に行かないのだが,ビートルズ映画は高校当時バスを乗り継いでみな観に出掛けてゐる。上映館は3階建てで1階はポーノをやってゐたからとても這入りにくかった。其処で『ヤア!ヤア!ヤア!』『HELP!』『マジカル_ミステリ_ツアー』『レット_イット_ビー』(全部時期が違ふ)は観られたのに『イエロー_サブマリン』だけは映してくれなかった。元元TV用の『マジカル』までやりながら一番の名作と言はれる『サブマリン』をねぐるとは何事だ。
アニメイションである。サイケでシュールでラヴ&ピース。四人は似顔絵で活躍するが,ビートルズ映画とは言ひ条,アテレコは別の声優がやってゐる(でもよく似てる)。本人達はエンディングでちらっと顔を見せるのと挿入歌で声が聴けるだけだ。しかしビートルズのネイムヴァリュが無くても此れは大変すばらしい作品である。
ストーリはかうだ。愛と音楽の国ペパーランドに愛と音楽が大嫌ひなブルー_ミーニー軍団が侵略してくる。反ミュージック爆弾の猛攻にペパーランドは音と色彩を失ってしまった。サージェント_ペパーズ_ロンリ_ハーツ_クラブ_バンドの指揮者は辛くも被爆を逃れ,黄色い潜水艦で反撃の為の助っ人を捜しに離脱する。助けを請はれたのは無論ビートルズのメンバだ。帰還途中にノウウェアマンを拾ひ,ペパーランドに着いて,愛こそは全てと唄ひ始めた。たちまち町は活力を取り戻す。これを見てミーニー軍団は崩壊し,撤退し損ねた軍団長も改心するのだった。めでたしめでたし。
実写に近付けようとする普通のアニメとは行き方が違ふから比べても仕方が無いけれど,例へば最新アニメの『アキラ』と並べても全くひけを取らない。発色に優れ輪郭も鮮鋭であり,22年前の制作とは到底おもへず,テクニカルな部分ばかりでなくいま封切りしても不自然でない第1級の映画である。何処を取っても洋画だ。かう云ふ作品は日本では絶対に現はれてこないと断言できる。
LDでありながら不思議な事に挿入歌部分でスクラッチノイズがあった。多分レコードを当たり前に再生して録ったんぢゃないかな。
そのサントラ盤は10年前に買って持ってゐる。新曲はよっつしかなくって内3曲が劇中に収められてゐる。落とされたのが僕の一番好きな『ヘイ_ブルドッグ』だった。何故だ!

夢のやうに3枚観てしまったが,後が続かない。今の所『江口寿史のなんとかなるでショ!』を発注済みで,あと『機動警察パトレイバー劇場版』と他のビートルズ映画はみな買ふつもりでゐる。

ソフトがたった此れだけと云ふのは心許なく,またアニメばかりではLX−200の実力を諮れない。現に『バオー』とエアチェック後1回ダビング『パトレイバーTV版』との間に画質の差は見出せなかった(EDβ並びにβの優秀さの証明でもあるが)。どんなに緻密に描かれても所詮はアニメであって,写真1葉の情報量には到底およばない。ちゃんとシネフィルムで撮った映画のソフトの欲しい所だ。しかしながら正直言って金を払ってまで観たい物は他にありゃしない。
てな訳でLDのレンタル開始待ち,今後はレンタルCDの再生が主体になると思ふ。それがあってフルコンパチに拘ったのである。

機能満載のリモコンが付いてゐるので僕が操作すべき其れはよっつになった。即ち,TV・VTR・エアコン・LDである。些か煩はしい。2台のVTRが同機種だから1個で賄へ,これでも本来より少なくて済んでゐるのだ。
其処で学習リモコンの登場,と行きたいのは山山なれど,あれは今いち信用できないよね。リモコンひとつに纏めて本当に便利になるのかしら,はたまたひとつに全コマンドが収まりきる物なのかしらん。

シャープだったか此のほど4倍密度のCDを開発してしまひ,2・3年の内に商品化すると言ふ。阿呆か。何故さう云ふ莫迦な真似をするのか。互換性の無いフォーマットを幾つ作れば気が済むのだ。
こんな莫迦は放っといて,LX200番でCDを聴いてみよう。
CDその物は甘木のポータブルプレイヤをVTR経由で鳴らしてみた事がある。小さい癖に頑張ると云ふ感じだった。音が軽くてシャンシャンしたのは多分にソフトのせゐだらうから,それを以てCDフォーマットは駄目だとは言へない。200番ではどんな物だらうか。
借りてみました。
ソースはたまの『さんだる』。わはは,これもリファレンスにふさはしいとは思へないね。恐らく「せーの」で一斉に演奏してゐるのだらう。非常に鮮度が高く,生生しい。極めてダイレクトに迫ってくる。全てを晒けだし,あけすけ過ぎて重箱の隅を突ついて塗りの禿げた所まで見せつけられてゐるやうな鳴りっぷりである。これは僕の装置のやり方だ。アンプもスピーカも味付け無し,ドレッシングやソースは一切かけないで出してくる。うまい物は混じり気無しに味はへるがまづい物は聴き手が我慢をするしか無い。200番もあるがまま派のやうだ。

トレイ全開の状態からCD最初の音出しまでは9秒かかった。曲間ノイズは完全に零で,僕に取ってはかなり気持ち悪い。シャッフル(ランダム)演奏させてみると曲間は1拍かそこらになり,普通に流した時よりも速い感じだ。

たまはそちらで認知されてゐるだらうか。例の『いか天』でグランドキングを勝ち取り妙な人気を得て先頃プロデビュした4人組である。川崎製鉄とセコ焼酎の走狗となって「ピテたまトロプス」とほざいてゐる莫迦共だ。
『いか天』のたまは偶然みてゐた。1週目は確か『らんちう』を唄ひ,僕は全く評価しなかった。困った奴等だなあと思ってゐたが不思議と審査員の引きがあり,するすると勝ち抜いてゆく。2週目でも何ぢゃこりゃ。それが3週目に『さよなら人類』を唄はれた時には,あーっ畜生,やられたと思った。
「けふ人類が初めて木星に着いたよ」と云ふフレイズは実に良い。これは悔しい。インパクト充分,喚起力抜群,こんなフレイズは滅多に聴ける物ぢゃあない。僕は地団太を踏んで此の斬新さを賞賛した。
『さんだる』は『いか天』で演奏された5曲(全部はいってると思ふんだけど,1曲だけ思ひ出せない。観てなかったのかもしれない)に6曲を加へて50分の長めのアルバムである。なかなか面白い。『いか天』最大の収穫に間違ひ無い。但し此の面白さは甘木の『踊れ,おどれ』を聴くのと同じ趣だ。売る為にプロが作った作品ではない。2枚目は辛からう,大きなお世話だけど。
繰り返し聴きたいからPCMでダビングした。するとどうだ。200番が捉へた荒荒しさや気魄のやうな物は影を潜め,ずいぶん聴き易くなってしまった。要らん事に気付かせてくれた。対策したくなるではないか。

不一

1990年8月27日


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written by nii. n