女房三十六歌仙

女房三十六歌仙 撰者不明

鎌倉時代中期の成立と推測される「女房三十六人歌合」によるもの。左方に小野小町から相模までを配し、右方に式子内親王から藻壁門院少将までを配して、一歌人三首ずつを合わせている。伊勢は宮内卿と、和泉式部は小侍従と、紫式部は弁内侍と対戦する、といった具合である。テキストの底本は『群書類従 第十三輯』であるが、読みやすさを考慮して適宜改変した。

小野小町 伊勢 中務 斎宮女御 右近 右大将道綱母 馬内侍 赤染衛門 和泉式部 三条院女御蔵人左近 紫式部 小式部内侍 伊勢大輔 清少納言 大弐三位 高内侍 一宮紀伊 相模 宮内卿 周防内侍 俊成卿女 待賢門院堀河 宜秋門院丹後 嘉陽門院越前 二条院讃岐 小侍従 後鳥羽院下野 弁内侍 少将内侍 殷富門院大輔 土御門院小宰相 八条院高倉 後嵯峨院中納言典侍 式乾門院御匣 藻壁門院少将


女房三十六人歌合

左                    小野小町
花の色は移りにけりないたづらに我が身よにふる詠めせしまに
思ひつつぬればや人のみえつらん夢としりせばさめざらましを
いとせめて恋しき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる

右                    式子内親王
ながむれば衣手すずし久方の天の河原の秋のはつかぜ
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする
山ふかみ春ともみえぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水

左                    伊勢
としをへて花の鏡となる水は散りかかるをや曇るといふらん
あひにあひて物思ふ頃の我が袖はやどる月さへぬるるかほなる
おもひ川絶えずながるる水の泡のうたがた人にあはで消えめや

右                    宮内卿
うすくこき野辺の緑のわか草に跡までみゆる雪のむらぎえ
心あるをじまのあまの袂かな月やどれとはぬれぬものから
聞くやいかにうはの空なる風だにもまつに音するならひありとは

左                    中務
鶯の声なかりせば雪消えぬ山里いかで春を知らまし
秋風の吹くにつけてもとはぬかな荻の葉ならば音はしてまし
ありしだにうかりし物をあはずしていづくにそふる辛さなるらん

右                    周防内侍
夜をかさね待ちかね山の郭公雲ゐのよそに一声ぞきく
契りしにあらぬつらさも逢ふことのなきにはえこそ恨みざりけれ
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたん名こそ惜しけれ

左                    斎宮女御
袖にさへ秋の夕べはしられけり消えし浅茅が露をかけつつ
なれゆくも浮世なればや須磨の海士のしほやき衣まどほなるらん
ぬる夢にうつつのうさも忘られて思ひなぐさむ程ぞはかなき

右                    俊成卿女
梅の花あかぬ色香も昔にておなじかたみの春の夜の月
露はらふねざめは秋の昔にてみはてぬ夢に残る面影
夢かとよみし面影も契りしも忘れずながらうつつならねば

左                    右近
大かたの秋の空だに悲しきに物思ひそふきのふけふかな
逢ふことをまつに月日はこゆるぎの磯に出でてや今はうらみむ
忘らるるみをば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな

右                    待賢門院堀河
雪深き岩のかけ道跡たゆる吉野の里も春は来にけり
うき人を忍ぶべしとは思ひきや我が心さへなどかはるらん
ながからん心も知らず黒髪の乱れてけさは物をこそ思へ

左                    右大将道綱母
都人ねてまつらめやほととぎす今は山辺をなきていづなり
吹く風につけてもとはんささがにの通ひし道は空に絶ゆとも
絶えぬるか影だにみえばとふべきをかたみの水はみくさゐにけり

右                    宜秋門院丹後
吹き払ふ嵐の後の高嶺より木の葉くもらで月や出づらん
忘れじのことの葉いかになりぬらんたのめし暮は秋風ぞ吹く
何となくきけば涙ぞこぼれける苔の袂にかよふ松風

左                    馬内侍
時鳥しのぶるものをかしは木のもりても声の聞えぬるかな
逢ふことはこれやかぎりの旅ならん草の枕も霜枯れにけり
こよひ君いかなる里の月をみて都にたれを思ひ出づらん

右                    嘉陽門院越前
沖つ風夜寒になれや田子の浦の海士のもしほ火焼きまさるらん
夏引の手びきの糸の年をへて絶えぬ思ひにむすぼほれつつ
いく夜かは月を哀れとながめきて浪に折りしく伊勢の浜荻

左                    赤染衛門
神な月有明の空のしぐるるをまた我ならぬ人やみるらん
移ろはでしばし信太の杜をみよかへりもぞするくずのうら風
いかにねてみえしなるらんうたたねの夢より後は物をこそ思へ

右                    二条院讃岐
よにふるは苦しきものを槙の屋にやすくも過ぐるむら時雨かな
一夜とてよかれし床のを筵にやがても塵のつもりぬるかな
散りかかる紅葉の色はふかけれどわたればにごる山川の水

左                    和泉式部
桜色にそめし衣をぬぎかへてやま郭公けふよりぞ待つ
物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞみる
くらきよりくらき道にぞ入りぬべき遥かに照らせ山の端の月

右                    小侍従
いくめぐり過ぎぬる秋に逢ひぬらむかはらぬ月の影をながめて
つらきをも恨みぬ我にならふなよ憂き身をしらぬ人もこそあれ
待つ宵に更けゆく鐘の声きけばあかぬ別れの鳥はものかは

左                    三条院女御蔵人左近
大井川杣山かぜの寒ければたつ岩浪を雪かとぞみる
七夕に貸しつと思ひし逢ふことのその夜なき名の立ちにけるかな
浪ごとに袖ぞぬれけるあやめ草心ににたるねを求むとて

右                    後鳥羽院下野
あふ人にとへど変はらぬおなじ名のいくかになりぬ武蔵野の原
行く末もうき世の中に何をかは昔はとては人にかたらむ
心していたくななきそきりぎりすかごとがましき老いの寝覚に

左                    紫式部
みよし野は春のけしきに霞めどもむすぼほれたる雪の下草
めぐり逢ひてみしやそれとも分かぬまに雲がくれにし夜半の月かな
みし人の煙となりし夕べよりなぞむつまじきしほかまの浦

右                    弁内侍
小山田にまかする水の浅みこそ袖はひづらめ早苗とるとて
逢ふまでの命を人にちぎらずはうきに堪へても得やは忍ばん
置く露は草葉の上と思ひしを袖さへぬれて秋は来にけり

左                    小式部内侍
大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立
しぬばかり歎きにこそは歎きしかいきて逢ふべき君にしあらねば
思ひ出でて誰をか人の尋ねましうきに堪へたる命ならずは

右                    少将内侍
吹く風ものどけき花の都鳥をさまれる代のことやとはまし
しらせばやとばかり物を思ふこそならはぬ恋のはじめなりけれ
恨みても泣きてもいかがかこたまし見し夜の月の辛さならでは

左                    伊勢大輔
いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな
別れにしその日ばかりはめぐりきて又もかへらぬ人ぞかなしき
はやくみし山井の水の薄氷うちとけさまはかはらざりけり

右                    殷富門院大輔
もらさばや思ふ心をさてのみはえぞ山城の井手のしがらみ
何か厭ふよもながらへじさのみやはうきに堪へたる命なるべき
今はとてみざらん秋の末までも思へばかなし夜半の月かげ

左                    清少納言
たよりある風も吹くやと松島によせて久しき天の橋立
忘らるる身はことわりと知りながら思ひあへぬは涙なりけり
よしさらばつらきは我に習ひけり頼めてこぬは誰かをしへし

右                    土御門院小宰相
春はなほ霞むにつけてふかき夜の哀れをみする月の影かな
いかでまた逢はでやみにし奥山の岩かき清水かげをだに見ん
ながき夜の寝覚に思ふほどばかり浮世をいとふ心ありせば

左                    大弐三位
はるかなるもろこしまでも行くものは秋の寝覚の心なりけり
有馬山いなのささ原かぜふけばいでそよ人を忘れやはする
うたがひし命ばかりはありながら契りし中の絶えぬべきかな

右                    八条院高倉
一声はおもひぞあへぬ時鳥たそかれ時の雲のまよひに
いかが吹く身にしむ色のかはるらんたのむる暮の松原の声
我が宿は小倉の山し近ければうきよをしかとなかぬ日ぞなき

左                    高内侍(儀同三司母)
暁の露は枕に置きけるを草葉の上となにおもひけむ
独りぬる人やしるらん秋の夜をながしと誰かきみにつげけむ
忘れじの行くすゑまではかたければ今日をかぎりの命ともがな

右                    後嵯峨院中納言典侍
秋の夜をことぞともなく明けぬとは七夕つめや思ひしるらん
いつはりと思はで人も契りけむ変はるならひの世こそつらけれ
人にのみつらさはみえて吹く風の心にかなふ山ざくらかな

左                    一宮紀伊
浦かぜに吹あげの浜のはま千鳥浪たちくらし夜半に鳴くなり
置く露もしづごころなく秋風にみだれて咲けるまのの萩原
音に聞く高師の浜のあだ浪はかけじや袖のぬれもこそすれ

右                    式乾門院御匣
忘られぬ昔の秋を思ひ寝の夢をばのこせ庭の松風
みをさらにおなじ浮世と思はずは岩ほの中も尋ねみてまし
同じ世にたのむ契りの空しくばうきみにかへて逢ふこともがな

左                    相模
みわたせば浪のしがらみかけてけり卯の花さける玉川の水
うらみ侘びほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
もろともにいつかとくべき逢ふことのかた結びなる夜半の下紐

右                    藻壁門院少将
さびしさの真柴の烟そのままに霞をたのむ春の山里
それをだに心のままの命とてやすくや恋にみをもかへてむ
おのが音につらき別れのありとだに思ひもしらで鳥やなくらむ


最終更新日:平成17年02月26日