中古三十六歌仙 藤原範兼撰『後六々撰』による。

『後六々撰』は、藤原範兼(1107-1165)による、歌仙歌合形式の秀歌撰である。いわゆる「中古三十六歌仙」は本書に拠る。
公任の『三十六人撰』を踏襲し、これに漏れた歌人と、それより後の時代の歌人から三十六人を選んだものである。勅撰集で言えば、古今集初出の歌人から後拾遺集初出の歌人に及ぶ。各歌人の歌数は、十首から二首まで、差をつけている。
底本には『群書類従 第十輯』を用い、読みやすさを考慮して適宜改変した。なお、道綱母は目録にあるが、歌は欠落している。

和泉式部 相模 恵慶法師 赤染衛門 能因法師 伊勢大輔 曾禰好忠 道命阿闍梨 藤原実方 藤原道信 平貞文 清原深養父 大江嘉言 源道済 藤原道雅 増基法師 在原元方 大江千里 藤原公任 大中臣輔親 藤原高遠 馬内侍 藤原義孝 紫式部 道綱卿母 藤原長能 藤原定頼 上東門院中将 兼覧王 在原棟梁 文屋康秀 藤原忠房 菅原輔昭 大江匡衡 安法法師 清少納言


後六々撰

泉式部 十首

春霞たつやおそきと山川の岩間をくぐる音聞こゆなり
さびしさに煙をだにもたえじとて柴折りくぶる冬の山里
津の国のこやとも人をみるべきにひまこそなけれ蘆の八重ぶき
黒髪のみだれもしらず打ちふせばまづかきやりし人ぞ恋しき
かるもかき臥す猪の床もいを安みさこそねざらめかからずもがな
捨てはてむと思ふさへこそ悲しけれ君になれにし我が身と思へば
ものをのみ思ひし程に悲しくてあさぢが原によは成りにけり
もの思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる玉かとぞ見る
もろ共に苔の下にはくちずして埋れぬ名をきくぞかなしき
くらきよりくらき道にぞ入りぬべき遥かにてらせ山のはの月

相模 十首

見わたせば波のしがらみかけてけりうのはな咲ける玉川の里
五月雨の空なつかしく匂ふなり花橘に風やふくらむ
五月雨はみづの御牧のまこも草かりほす程もあらじとぞ思ふ
都には初雪ふれば小野山にまきのすみがまたきまさるらん
難波がたあさみつしほに立つ千鳥浦伝ひする声聞こゆなり
逢ふ事のなきよりかねて辛ければさぞあらましにぬるる袖かな
あやしくも現れぬべき袂かな忍びねにのみぬらすと思ふに
眺めつつ事ありがほに暮してもかならず夢にみえばこそあらめ
昨日けふ歎くばかりの心地せばあすに我が身やあはじとすらん
恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋にくちなむ名こそをしけれ

恵慶法師 八首

あさぢ原ぬしなき宿の桜花心やすくや風にちるらむ
山吹の花のさかりにゐでにきて此里人に成りぬべきかな
松風のいはゐの水をむすびあげて夏なき年と思ひけるかな
八重葎しげれるやどのさびしきに人こそとはね秋は来にけり
徒にすぐる月日を七夕のあふ夜のかずとおもはましかば
荻の葉もややうちそよぐ程なるをなど鹿のねのおとなかるらん
すだきけんむかしの人もなき宿もただ影するは秋のよの月
天のはら空さへさえやわたるらむ氷とみゆる冬のよの月

赤染 八首

むらさきの袖をつらねてきたるかな春立つことはこれぞうれしき
帰る雁雲井はるかになりぬなり又こむ秋もとほしと思ふに
なかぬ夜もなく夜もさらに郭公まつとてやすきいやはねらるる
こよひこそよそに(以下脱落*注)
越えはてばみやこも遠く成りぬべし関の夕風しばしすずまん
恨むとも今はみえじと思ふこそせめてつらさのまさるなりけれ
かはらんと祈る命はをしからでさても別れん事ぞかなしき
我ばかりながらのはしもくちにけりなにはの事も深く悲しき
 注:こよひこそ世にある人はゆかしけれいづこもかくや月をみるらん(後拾遺264)

能因 八首

心あらん人にみせばやつのくにの難波わたりの春の景色を
世の中をおもひ捨ててし身なれども心かへしと花にみえつる
わがやどの梢の夏になる時はいこまの山ぞみえずなり行く
時鳥来なかぬよひのしるからばぬるよも一夜あらましものを
いかならん今宵の雨にとこなつのけさだに露のおもげなりつる
あらし吹くみ室の山のもみぢ葉はたつたの川のにしきなりけり
主なしとこたふる人はなけれども宿の景色ぞいふにまされる
都をば霞とともに出でしかど秋かぜぞ吹くしら川の関

伊勢大輔 八首

いにしへの奈良の都の八重桜けふここのへににほひぬるかな
聞きつともきかずともなし郭公心まどはすさよのひとこゑ
小夜更けて衣しでうつ声きけばいそがぬ人もねられざりけり
めもかれずみつつくらさむ白菊の花より後の花しなければ
けふくるる程まつだにも久しきにいかで心をかけてすぎけん
みるめこそあふみの海にかたからめ吹きだにかよへしがの浦風
いにしへにふり行く身こそ哀なれ昔ながらの橋をみるにも
なき数を思ひなしてやとはざらんまだ有明の月まつものを

好忠 六首

みしま江につのぐみ渡るあしのねの一夜の程に春は来にけり
榊とる卯月になれば神山の楢の葉がしはもとつはもなし
みたやもりけふは五月に成りにけり急げや早苗おいもこそすれ
なけやなけ蓬がもとのきりぎりす過ぎ行く秋はげにぞかなしき
我がせこがきまさぬよひの秋風はこぬ人よりもうらめしきかな
あぢきなし我が身に優る物やあると恋せし人をもどきしものを

道命 六首

花みると人は山辺に入りはてて春は都ぞさびしかりけり〔る歟〕
あし引の山ほととぎすのみならず大かた鳥の声もきこえず
郭公まつほどとこそ思ひつれ聞きての後もねられざりけり
古郷は浅ぢが原と成りはてて夜すがら虫の音をのみぞ鳴く
思ひ余りいひ出づる程に数ならぬ身をさへ人にしられぬるかな
忘るなよわするときかば三熊野の浦のはまゆふ恨みかさねん

実方 五首

五月やみくらはし山のほととぎす覚つかなくも鳴きわたるかな
なにせんに命をかけて誓ひけんいかばやと思ふ折もこそあれ
契りありて此の世に又は生るともおもがはりしてみもや忘れん
うら風に靡きにけりな里の海人のたくもの烟心よわさは
忘れずよ又わすれずもかはら屋の下たく煙したむせびつつ

道信 五首

近江にか有りといふなるみくりくる人苦しめのつくまえの沼
帰るさの道やはかはる変はらねどとくるはまどふけさの朝雪
明けぬればくるるものとはしりながら猶恨めしき朝ぼらけかな
朝顔を何はかなしと思ひけん人をも花はさこそ見るらめ
限りあればけふぬぎ捨てつ藤衣はてなき物はなみだなりけり

貞文 三首

今よりはうゑてだにみじ花すすきほに出づる秋は侘しかりけり
秋風の吹きうらがへすくずの葉のうらみてもなほ恨めしきかな
ありはてぬ命まつまのほどばかり憂き事しげく歎かずもがな

深養父 四首

夏の夜のまだ宵ながら明けぬるを雲のいづくに月宿るらん
雲ゐにも深き心のおくれねばわかると人にみゆるばかりぞ
心をぞわりなきものと思ひぬるみるものからや恋しかるべき
恋ひしなばたが名はたたじ世の中の常なきものといひはなすとも

嘉言 四首

梅が香を夜はの嵐の吹きためて槙の板戸の明くる待ちけり
いづかたと聞きだにわかず郭公ただ一こゑの心まどひに
忍びつつやみなんよりは思ふ事ありけりとだに人にしらせん
君が代は千世に一たびゐるちりの白雲かかる山となるまで

道済 四首

いとどしくなぐさめ難き夕暮に秋とおぼゆる風ぞ吹くなる
あさぼらけ雪ふるさとを見わたせば山のはごとに月ぞ残れる
ぬれぬれも猶かりゆかむはし鷹のうはげの雪を打ち払ひつつ
行末のしるしばかりに残るべき松さへいたく老いにけるかな

道雅 四首

柳葉のゆふしでかけてそのかみにおしかへしてもにたる比かな
あふさかは東路とこそ聞きしかど心つくしの関にぞ有りける
いまはただ思ひたえなむとばかりを人伝ならで云ふよしもがな
涙やは又もあふべきつまならんなくよりほかの慰めぞなき

増基 四首

冬の夜に幾たびばかりね覚してもの思ふ宿のひましらむらん
都のみかへりみられて東路を駒のこころにまかせてぞ行く
山がらす頭もしろく成りにけり我がかへるべき時やしるらん
ともすればかりの山辺にあくがれし心に身をもまかせつるかな

元方 三首

年の内に春は来にけり一年をこぞとやいはん今年とやいはむ
たちかへり哀とぞ思ふよそにても人に心をおきつしら波
人はいさ我はなき名の惜しければ昔も今もしらずとをいはん

千里 三首

月みればちぢに物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど
芦田鶴のひとりおくれて啼くこゑは雲のうへまで聞えつがなむ
うゑし時花待ちどほにありし菊うつろふ秋にあはむとやみし

公任 三首

春きてぞ人もとひける山里は花こそ宿のあるじなりけれ
朝まだき嵐のかぜのさむければ散るもみぢ葉をきぬ人ぞなき
霜おかぬ袖だにさゆる冬の夜の鴨のうは毛を思ひこそやれ

輔親 三首

いづれをかわきてをらまし山桜心うつらぬ枝しなければ
あし曳の山郭公さとなれてたそかれ時になのりすらしも
いかでいかでこふる心を慰めて後の世までにものを思はじ

高遠 三首

沼水にかはづ鳴くなりむべしこそ岸の山吹さかりなりけれ
逢坂の関のいはかどふみならし山たちいづる霧はらの駒
恋しくは夢にも人をみるべきに窓うつ雨ぞめをさましつつ

馬内侍 三首

とどまらぬ心ぞみえむかりがねは花の盛りを人にかたるな
こよひ君いかなる里の月をみて都に誰をおもひ出づらん
かきくもれ時雨とならば神無月心そらなる人やとまると

義孝 三首

つらからば人に語らんしきたへの枕かはして一夜ねてきと
君がためをしからざりし命さへながくもがなと思ひけるかな
今はとてとびわかるめる村鳥のふるすにひとり眺むべきかな

紫式部 三首

みよし野は春のけしきにかすめどもむすぼほれたる雪の下草
世の中をなに歎かまし山ざくら花みるほどのこころなりせば
めづらしき光さしそふ杯はもちながらこそ千世もめぐらめ

道綱母 三首

(歌脱落)

長能 三首

身にかへてあやなく花を惜しむかないけらば後の春もこそあれ
さばへなす荒ぶる神とおしなべて今日はなごしの払ひなりけり
雪をうすみ垣ねにつめるからなづななづさはまくのほしき君かな

定頼 三首

桜花さかりになれば古郷のむぐらのかどもさされざりけり
水もなく見えこそわたれ大井川きしの紅葉は雨とふれども
かりそめの別れと思へどしら川のせきとめがたき涙なりけり

上東門院中将 三首

思ひやれ霞こめたる山里の花まつほどの春のつれづれ
此の頃は木々のこずゑも紅葉して鹿こそは鳴け秋の山ざと
おもひやれとふ人もなきやま里のかけひの水の心ぼそさを

兼覧王 二首

けふよりは荻の焼はらかき分けて若菜つみにと誰をさそはん
立田姫たむくる神のあればこそ秋の木の葉のぬさと散るらめ

棟梁 二首

春たてど花もにほはぬわがやどは物うかるねに鶯のなく
秋の野の草のたもとか花すすきほに出でてまねく袖とみゆらん

康秀 二首

春の日の光にあたる我なれどかしらの雪となるぞ侘しき
吹くからに野べの草木のしをるればむべ山風を嵐といふらん

忠房 二首

きりぎりすいたくな鳴きそ秋の夜の長き思ひは我ぞまされる
なほざりの涙なりせばから衣忍びに袖のしぼらざらまし

輔昭 二首

春風はのどけかるべし八重よりもかさねて匂へ山ぶきの花
まだしらぬ古郷人はけふまでやこむとたのめし我を待つらん

匡衡 二首

逢坂の関のあなたをまだ見ねば東のこともしられざりけり
川舟にのりて心のゆく時はしづめる身ともおぼえざりけり

安法 二首

夏ごろもまだひとへなるうたたねに心してふけ秋の初風
天くだるあら人神のあひおひを思へばひさし住よしの松

清少納言 二首

夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
よしさらばつらきは我に習ひけりたのめてこぬは誰か教へし

最終更新日:平成17年02月26日