八代集秀逸 藤原定家撰

【はじめに】
晩年の藤原定家が、古今集から新古今集までの八代集より各十首ずつ秀逸歌を抄出した秀歌撰。『明月記』には、天福二年(1234)九月、後鳥羽院の第二皇子道助法親王の仰せにより撰進したとある(実際には隠岐の後鳥羽院の企画であろうと推察され、後鳥羽院・家隆・定家の三者共撰の『別本八代集秀逸』も伝存する)。時に定家七十三歳。宇都宮頼綱から嵯峨山荘の色紙染筆を依頼される前年のことである。百人一首と共通する歌は三十六首。

歌の本文は当サイトの『八代集秀歌選』のテキストを用いた。歌の排列、作者名の表記などは、岩波文庫『王朝秀歌選』(樋口芳麻呂校注)所載のテキストに従った。定家単独撰のいわゆる流布本『八代集秀逸』である。
歌の頭に、各勅撰集における新編国歌大観番号を付した。
『別本八代集秀逸』で後鳥羽院撰・家隆撰と重複する歌には、それぞれの字を付した。
百人一首と共通する歌には、末尾にのしるしを付した。
『別本八代集秀逸』で定家撰歌に見えない歌には、末尾に×を付した。なお、拾遺集・後拾遺集の定家撰は各十一首ある。
各集撰歌の末尾に、『八代集秀逸』に漏れ、『別本八代集秀逸』に見える定家撰歌を掲載した。
本文は「日本歌学大系」所載テキストに拠るが、作者名の誤りは訂正した(同→平棟仲、公致→源行宗の二箇所のみ)。
附録として、『別本八代集秀逸』の後鳥羽院撰歌藤原家隆撰歌を付した。

【もくじ】
◇古今集 ◇後撰集 ◇拾遺集 ◇後拾遺集
◇金葉集 ◇詞花集 ◇千載集 ◇新古今集
附録:『別本八代集秀逸』後鳥羽院撰歌藤原家隆撰歌

八代集秀逸 藤原定家撰

●古今

小野小町
0113 花の色はうつりにけりな(いたづら)に我が身世にふるながめせしまに 勅 *

よみ人知らず
0221 鳴きわたる雁の涙や落ちつらん物思ふ宿の萩の上の露

紀貫之
0260 白露も時雨もいたくもる山は下葉残らず色づきにけり

坂上是則
0332 朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪

在原行平朝臣
0365 立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今かへり来ん

菅原朝臣
0420 このたびは(ぬさ)も取りあへず手向(たむけ)山紅葉の錦神のまにまに 勅 家 * ×

壬生忠岑
0625 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし 勅 家 *

よみ人知らず
0650 名取川瀬々の埋れ木あらはればいかにせんとか逢ひ見初めけん ×

行平朝臣
0962 わくらばにとふ人あらば須磨の浦に藻塩垂れつつ侘ぶと答へよ 勅 家 ×

よみ人知らず
0995 たがみそぎゆふ(つけ)鳥か唐衣(からころも)立田の山にをりはへて鳴く
 
0193 月みれば千々にものこそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど 大江千里 勅 家 *
0407 わたの原八十島かけて漕出ぬと人にはつげよあまの釣舟 小野篁 家 *
0747 月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして 業平

●後撰

よみ人知らず
0209 つつめども隠れぬものは夏虫の身より余れる思ひなりけり 勅 家

文屋朝康
0308 白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける

天智天皇御製
0302 秋の田のかりほの庵のとまを荒み我が衣手は露に濡れつつ 勅 家 *

よみ人知らず
0360 秋風にさそはれ渡る雁がねは物思ふ人の宿をよかなん

伊勢
0515 思ひ川絶えず流るる水の泡のうたかた人に逢はで消えめや 勅 家

源等朝臣
0577 浅茅生(あさぢふ)の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき 勅 *

0619 東路(あづまぢ)の佐野の舟橋かけてのみ思ひわたるを知る人のなき 勅 家

元良親王
0679 逢ふことは遠山鳥のかり(すり両説)衣きては甲斐なき音をのみぞなく

行平
1075 嵯峨の山みゆき絶えにし芹川の千代の古道跡はありけり

蝉丸
1089 これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬもあふさかの関 家 *

●拾遺

壬生忠峯
0001 春たつといふばかりにやみ吉野の山もかすみて今朝はみゆらん 勅 家

恵慶法師
0140 やへむぐら繁れる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり 勅 家 *

0242 あまの原空さへ冴えやわたるらむ氷と見ゆる冬の夜の月

よみ人知らず
0646 いかにしてしばし忘れん命だにあらば逢ふ夜のありもこそすれ

元良のみこ
0960 侘びぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はんとぞ思ふ 家 *

柿本人丸
0778 足引の山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を独りかも寝ん 勅 家 *

右近
0870 忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな

一条摂政
0950 哀れとも言ふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな

小一条太政大臣 貞信公
1128 小倉山みねのもみぢ葉心あらば今一たびのみゆき待たなむ

藤原道信
1293 限りあれば今日ぬぎすてつ藤衣はてなき物は涙なりけり 勅 家
 
0224 おもひかねいもがりゆけば冬の夜の川かぜさむみちどりなくなり 貫之

●後拾遺

紫式部
0010 み吉野は春のけしきにかすめども結ぼほれたる雪の下草

曾禰好忠
0169 榊とる卯月になれば神山の楢の葉柏もとつ葉もなし

良暹法師
0333 さびしさに宿を立ち出でてながむればいづくも同じ秋の夕暮

民部卿経信
0450 君が代は尽きじとぞ思ふ神風や御裳濯川(みもすそがは)の澄まん限りは

道信朝臣
0672 明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな

左京大夫道雅
0750 今はただ思ひ絶えなんとばかりを人づてならで言ふよしもがな 勅 * ×

元輔
0770 契りきな(かたみ)に袖をしぼりつつ末の松山波こさじとは

相模
0815 うらみ侘び乾さぬ袖だにあるものを恋にくちなん名こそ惜しけれ

和泉式部
0763 あらざらむこの世のほかの思ひ出に今一たびの逢ふこともがな

経信
1063 沖つ風吹きにけらしな住吉の松のしづ枝をあらふ白波 ×

0503 たびの空よそのけぶりとのぼりなばあまのもしほ火たくかとやみむ 花山院御製
0589 おもひかねかたみにそめし墨染のころもにさへもわかれぬる哉 平棟仲
0626 しほたるるわが身のかたはつれなくてこと浦にこそけぶりたつなれ 道命法師

●金葉

俊頼
0050 山桜咲きそめしより久かたの雲ゐにみゆる滝のしら糸

基俊
0154 夏の夜の月待つほどの手すさびに岩もる清水いく(むす)びしつ

大納言経信
0173 夕されば門田の稲葉音づれて芦のまろ屋に秋風ぞ吹く 勅 家 *

源兼昌
0270 淡路島かよふ千鳥の鳴く声にいく()寝ざめぬ須磨の関守 勅 家 *

源道済
0281 ぬれぬれもなほ狩りゆかむはし鷹の表毛(うはげ)の雪を打ち払ひつつ

俊頼
0416 思ひ草葉末にむすぶ白露のたまたま来ては手にもたまらず 勅 家

一宮紀伊
0469 音にきく高師(たかし)の浦のあだ波はかけじや袖のぬれもこそすれ

和泉式部
0620 もろともに苔の下にはくちずして(うづ)もれぬ名をみるぞ悲しき

僧正行尊
0521 もろともに哀れと思へ山桜花よりほかに知る人もなし

小式部内侍
0550 大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立

●詞花

大蔵卿匡房
0022 白雲とみゆるにしるしみ吉野の吉野の山の花ざかりかも

伊勢大輔
0029 いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな 勅 家 *

藤原長能
0152 あられふる交野(かたの)御野(みの)狩衣(かりごろも)ぬれぬ宿かす人しなければ 勅 家

藤原実方朝臣
0188 いかでかは思ひありとも知らすべき(むろ)八島(やしま)(けぶり)ならでは 勅 家

新院御製
0229 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 家 * ×

源重之
0211 風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ頃かな 家 *

能宣
0225 御垣守(みかきもり)衛士(ゑじ)のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ 勅 *

清少納言
0316 よしさらばつらさは我にならひけり頼めて来ぬは誰か教へし

関白前太政大臣
0382 わたの原漕ぎ出てみれば久方の雲ゐにまがふ沖つ白波 勅 家 * ×

道済
0337 おもひかね別れし野辺を来てみれば浅茅が原に秋風ぞ吹く 勅 家
 
0324 神な月あり明の月のしぐるるを又我ならぬひとやみるらむ 赤染衛門
0276 木のもとをすみかとすればおのづから花みる人になりぬべき哉 花山院御製 勅 家

●千載

清輔
0265 龍田姫かざしの玉の緒をよわみ乱れにけりと見ゆる白露

源俊頼
0301 照る月の旅寝の床やしもとゆふ葛城山の渓河(たにがは)の水

円位法師
0605 この世にて又あふまじき悲しさにすすめし人ぞ心乱れし

俊頼朝臣
0641 難波江の藻にうづもるる玉柏あらはれてだに人を恋ひばや 勅 家

顕輔
0651 思へどもいはでの山に年を経て朽ちやはてなむ谷の(むも)れ木

俊成
0703 いかにせむ室の八島に宿もがな恋のけぶりを空にまがへん 勅 家

俊頼朝臣
0708 憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを

円位法師
0929 なげけとて月やは物を思はするかこち顔なる我が涙かな 勅 家 *

基俊
1026 契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり 勅 *

俊成
1151 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる

●新古今

太上天皇
0099 桜咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな

西行法師
0300 あはれいかに草葉の露のこぼるらん秋風たちぬ宮城野の原

太上天皇
0433 秋の露や袂にいたく結ぶらん長き夜あかずやどる月かな

摂政太政大臣
0518 きりぎりす鳴くや霜夜のさ筵に衣かたしき独りかも寝ん

西行法師
0585 秋篠や外山(とやま)の里や時雨(しぐ)るらん生駒の岳に雲のかかれる

清輔
0607 冬枯の森の朽葉の霜のうへに落ちたる月の影のさむけさ

家隆
0939 明けばまた越ゆべき山の嶺なれや空行く月の末の白雲

俊成
0933 立ちかへり又も来てみむ松島や雄島の苫屋波に荒らすな

太上天皇
1323 袖の露もあらぬ色にぞ消えかへり移ればかはる歎きせしまに

西行法師
1268 くまもなき折しも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな


附録:『別本八代集秀逸』後鳥羽院・藤原家隆撰歌「日本歌学大系」より

「別本八代集秀逸」は、後鳥羽院・藤原家隆・藤原定家がそれぞれ八代集より各十首ずつ計八十首を抜萃した秀歌撰。以下は、日本歌学大系に「八代集秀歌」として掲載されたテキストより、後鳥羽院撰歌・家隆撰歌を抜き出したものである。それぞれ、家隆撰と重なる歌には末尾にを、後鳥羽院撰と重なる歌にはを、定家撰と重なる歌にはを、また百人一首と重なる歌にはのしるしを付した。なお、定家単独の流布本「八代集秀逸」とは撰歌に異同があることは、上に示した通りである。

後鳥羽院撰歌

古今集
花の色はうつりにけりないたづらに我身世にふるながめせしまに   小野小町 定 *
月みれば千々にものこそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど  大江千里 家 定 *
龍田川もみぢ葉ながる神なびのみむろの山に時雨ふるらし      人麿
このたびはぬさもとりあへず手向山もみぢのにしき神のまにまに   菅家 家 *
あり明のつれなく見えし別よりあかつきばかりうきものはなし    忠岑 家 定 *
さむしろに衣かたしきこよひもやわれをまつらむ宇治の橋姫     よみ人しらず
たがみそぎゆふ付鳥かから衣たつたの山にをりはへて鳴       業平朝臣
むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな   貫之
わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ  行平
色みえでうつろふものは世の中のひとのこころの花にぞありける   小町

後撰集
秋の田のかりほの庵の苫をあらみわがころも手は露にぬれつつ    よみ人しらず(ママ) 家 定 *
あづまぢのさのの舟橋かけてのみおもひわたるをしる人ぞなき    源等朝臣 家 定
思川たえずながるる水のあわのうたかたひとにあはできえめや    伊勢 家 定
つつめどもかくれぬものは夏虫の身よりあまれる思ひなりけり    読人不知 家 定
あさぢふのをののしの原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき    等朝臣 定 *
花の色はむかしながらに見し人のこころのみこそうつろひにけれ   元良親王
いとどしく過ぎにしかたの恋しきにうら山しくもかへるなみかな   よみ人しらず
むかしせし我かねごとのかなしきはいかにちぎりし名残なるらむ   貞文
侘ぬればいまはたおなじ難波なる身をつくしてもあはむとぞ思ふ   元良親王
(拾)世にふればものおもふとしもなけれども月にいくたびながめしつらむ 具平親王

拾遺集
春たつといふばかりにやみよし野のやまもかすみてけさは見ゆらむ  忠峯 家 定
さくらがり雨はふりきぬおなじくはぬるともはなのかげにかくれむ  よみ人しらず
八重むぐらしげれるやどのさびしきに人こそとはね秋はきにけり   恵慶法師 家 定 *
かぎりあればけふぬぎすてつ藤衣はてなきものは涙なりけり     道信朝臣 家 定
あし引の山鳥の尾のしだりをのながながし夜をひとりかもねむ    人丸 家 定 *
おもひかねいもがりゆけば冬の夜の川かぜさむみちどりなくなり   貫之
身にしみて思ふこころのとしふればつひに色にもいでぬべきかな   敦忠
逢事はこころにもあらで年ふともさやはちぎりしわすれはてねど   忠依
たのめつつわかれし人をまつほどにとしさへいたく老にけるかな   読人不知
くらきよりくらき道にぞ入ぬべきはるかにてらせ山のはの月     和泉式部

後拾遺集
高砂の尾上のさくらさきにけりとやまのかすみたたずもあらなむ   匡房 家 *
大井河ふかきながれをたづねきてあらしの山のもみぢをぞみる    白河院御製
奥つかぜ吹にけらしな住吉のまつのしづえをあらふしら浪      経信
ものをのみ思ひしほどにはかなくてあさぢがすゑによはなりにけり  和泉式部
榊とる卯月になれば神山のならの葉がしはもとつ葉もなし      曾禰好忠
君が代はつきじとぞ思ふ神風やみもすそ川のすまむかぎりは     経信
いまはただ思ひたえなむとばかりをひと伝ならでいふよしもがな   道雅
しほたるるわが身のかたはつれなくてこと浦にこそけぶりたつなれ  道命法師
恋しなむいのちはことの数ならでつれなき人のはてぞゆかしき    永成法師
我こころ心にもあらでつらからばわかれむとこのかた見ともみよ   右大臣

金葉集
夕されば門田のいなば音づれてあしのまろ屋に秋かぜぞふく     経信 家 定 *
うづらなくまのの入江の浜風にをばな波よるあきのゆふぐれ     俊頼
はし鷹のしらふに色やまがふらむとかへるやまにあられふるなり   匡房
あはぢしまかよふちどりのなく声にいく夜ねざめぬすまのせきもり  兼昌 家 定 *
思草葉ずゑにむすぶしら露のたまたまきては手にもたまらず     俊頼 家 定
草の庵なに露けしと思ひけむもらぬ岩屋も袖はぬれけり       僧正行尊
もろともに苔のしたには朽ずしてうづもれぬ名をきくぞかなしき   和泉式部
あふとみてうつつのかひはなけれどもはかなき夢ぞかたみなりける  顕輔
つらかりし心ならひにあひみても猶夢かとぞあやまたれける     源行宗
あみだ仏ととなふる声に夢覚て西にながるる月を見るかな      選子内親王

詞花集
いにしへのならの宮この八重桜けふここのへに匂ひぬるかな     伊勢大輔 家 定 *
君すまばとはましものを津の国のいく田のもりのあきのはつかぜ   僧都清胤
あられふるかた野のみかりかり衣ぬれぬやどかす人しなければ    長能 家 定
おもひかねわかれし跡を来てみればあさぢが原に秋かぜぞふく    道済 家 定
いかでかは思ひありともしらすべき室のやしまの煙ならでは     実方朝臣 家 定
木のもとをすみかとすればおのづから花みる人になりぬべき哉    花山院御製 家 定
わたの原こぎ出てみれば久かたの雲井にみゆる奥つしら波 法性寺入道前関白太政大臣 家 *
しらくもと見ゆるにしるし三吉野のよしのの山のはなざかりかも   匡房
みかきもりゑじのたく火のよるはもえひるはきえつつものをこそ思へ 能宣 定 *
秋の夜の月にこころのあくがれて雲ゐにものをおもふころかな    花山院御製

千載集
難波江のもにうづもるる玉かしはあらはれてだに人をこひばや    俊頼 家 定
いかにせむ室のやしまにやどもがな恋のけぶりを空にまがへむ    俊成 家 定
なげけとて月やはものを思はするかこちがほなるわがなみだ哉    西行法師 家 定 *
たつた姫かざしの玉のををよわみみだれにけりとみゆるしら露    清輔
おもへどもいはでの山にとしをへて朽やはてなむ谷のむもれ木    顕輔
契おきしさせもが露を命にてあはれことしの秋もいぬめり      基俊 定 *
けぶりかとむろのやしまをみわたせばやがてもそらのかすみぬるかな 俊頼
おしなべて花のさかりになりにけり山のはごとにかかるしら雲    西行法師
なきよわる籬のむしもとめがたき秋のわかれやかなしかるらむ    紫式部
ふるさとのいた井のし水みくさゐて月さへすまずなりにけるかな   俊恵法師

新古今集
又やみむかた野のみののさくらがり花のゆきちる春のあけぼの    俊成
もらすなよ雲ゐるみねのはつしぐれ木の葉はしたに色かはるとも   後京極摂政太政大臣
きえわびぬうつろふ人の秋の色に身を木がらしの杜のした露     定家
風になびくふじの煙の空に消てゆくへもしらぬわがおもひかな    西行法師
あけば又こゆべき山のみねなれや空ゆく月のすゑのしら雲      家隆
すまのあまの袖にふきこす塩かぜのなるとはすれど手にもたまらず  定家
わすれじの行末まではかたければけふをかぎりの命ともがな     儀同三司母
なれゆくはうき世なればやすまの海士のしほやきごろもまどほなるらむ 斎宮女御
我こひは庭のむら萩うらがれて人をも身をもあきの夕暮       大僧正慈円
いかにせむ身をうき舟の荷をおもみつひのとまりやいづくなるらむ  増賀上人

藤原家隆撰歌

注:後拾遺集の家隆撰は九首しかない。

古今集
君がため春の野にいでて若菜つむわがころも手に雪はふりつつ    光孝天皇
月みれば千々にものこそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど  大江千里 勅 定 *
龍田川もみぢ葉ながる神なびのみむろの山に時雨ふるらし      人麿
このたびはぬさもとりあへず手向山もみぢのにしき神のまにまに   菅家 勅 *
わたの原八十島かけて漕出ぬと人にはつげよあまの釣舟       小野篁 定 *
あり明のつれなく見えし別よりあかつきばかりうきものはなし    忠岑 勅 定 *
さむしろに衣かたしきこよひもやわれをまつらむ宇治の橋姫     よみ人しらず
月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして   業平
わくらばにとふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ  行平
色みえでうつろふものは世の中のひとのこころの花にぞありける   小町

後撰集
秋の田のかりほの庵の苫をあらみわがころも手は露にぬれつつ    よみ人しらず(ママ) 勅 定 *
神無月ふりみふらずみさだめなきしぐれぞふゆのはじめなりける   同
あづまぢのさのの舟橋かけてのみおもひわたるをしる人ぞなき    源等朝臣 勅 定
思川たえずながるる水のあわのうたかたひとにあはできえめや    伊勢 勅 定
つつめどもかくれぬものは夏虫の身よりあまれる思ひなりけり    読人不知 勅 定
我ならぬ草木もものはおもひけりそでよりほかにおけるしら露    忠国
あひに逢ひて物おもふころの我袖にやどる月さへぬるるがほなる   伊勢
これやこの行もかへるもわかれつつしるもしらぬもあふさかの関   蝉丸 定 *
あまのすむうらこぐ舟のかぢをなみ世をうみわたる我ぞかなしき   小町
ひとの親の心はやみにあらねども子をおもふみちにまよひぬる哉   兼輔

拾遺集
春たつといふばかりにやみよし野のやまもかすみてけさは見ゆらむ  忠峯 勅 定
あし曳の山ほととぎすけふとてやあやめの草のねにたててなく    延喜御製
八重むぐらしげれるやどのさびしきに人こそとはね秋はきにけり   恵慶法師 勅 定 *
かぎりあればけふぬぎすてつ藤衣はてなきものは涙なりけり     道信朝臣 勅 定
よの中をなににたとへむ朝ぼらけこぎゆくふねの跡のしらなみ    満誓
をとめ子が袖ふるやまのみづがきのひさしき世よりおもひそめてき  人丸
あし引の山鳥の尾のしだりをのながながし夜をひとりかもねむ    人丸 勅 定 *
わびぬればいまはたおなじ難波なるみをつくしてもあはむとぞ思   元良親王 定 * (重出)
在明の月のひかりをまつほどにわがよのいたく深にける哉      仲文
身にしみて思ふこころのとしふればつひに色にもいでぬべきかな   敦忠

後拾遺集
高砂の尾上のさくらさきにけりとやまのかすみたたずもあらなむ   匡房 勅 *
夏かりの玉江のあしをふみしだきむれゐる鳥のたつ空ぞなき     重之
大井河ふかきながれをたづねきてあらしの山のもみぢをぞみる    白河院御製
さびしさに煙をだにもたたじとやしばをりくぶる冬のやまざと    和泉式部
夜もすがら契しことをわすれずばこひむなみだの色ぞゆかしき    一条院皇后宮
ありしこそ限なりけれあふことをなど後の世とちぎらざりけむ    兼長
浦かぜになびきにけりなさとのあまのたくものけぶりこころよわさに 実方朝臣
奥つかぜ吹にけらしな住吉のまつのしづえをあらふしら浪      経信
こころにもあらでうき世にながらへばこひしかるべき夜半の月かな  三条院御製

金葉集
山ざくらさきそめしより久かたの雲井に見ゆる滝のしら糸      俊頼
夏の夜の月まつほどの手すさびにいはもるしみづいく結びしつ    基俊
夕されば門田のいなば音づれてあしのまろ屋に秋かぜぞふく     経信 勅 定 *
うづらなくまのの入江の浜風にをばな波よるあきのゆふぐれ     俊頼
はし鷹のしらふに色やまがふらむとかへるやまにあられふるなり   匡房
あはぢしまかよふちどりのなく声にいく夜ねざめぬすまのせきもり  兼昌 勅 定 *
ふる雪に杉の青葉もうづもれてしるしもみえず三輪の山もと     皇后宮肥後
思草葉ずゑにむすぶしら露のたまたまきては手にもたまらず     俊頼 勅 定
何事をまつとはなしに明暮てことしもけふになりにける哉      国信
草の庵なに露けしと思ひけむもらぬ岩屋も袖はぬれけり       僧正行尊

詞花集
いにしへのならの宮この八重桜けふここのへに匂ひぬるかな     伊勢大輔 勅 定 *
君すまばとはましものを津の国のいく田のもりのあきのはつかぜ   僧都清胤
神な月あり明の月のしぐるるを又我ならぬひとやみるらむ      赤染衛門
あられふるかた野のみかりかり衣ぬれぬやどかす人しなければ    長能 勅 定
おもひかねわかれし跡を来てみればあさぢが原に秋かぜぞふく    道済 勅 定
いかでかは思ひありともしらすべき室のやしまの煙ならでは     実方朝臣 勅 定
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれてもすゑにあはむとぞ思ふ    崇徳院御製
風をいたみ岩うつなみのおのれのみくだけてものをおもふころかな  源重之 定 *
木のもとをすみかとすればおのづから花みる人になりぬべき哉    花山院御製 勅 定
わたの原こぎ出てみれば久かたの雲井にみゆる奥つしら波 法性寺入道前関白太政大臣 勅 *

千載集
かづらきやたかまの山のさくら花雲井のよそにみてややみなむ    顕輔
木がらしの雲吹はらふたかねよりさえても月のすみのぼるかな    俊頼
まつかぜの音だに秋はさびしきに衣うつなり玉川の里        同
夕されば野辺の秋風身にしみてうづらなくなりふか草のさと     俊成
難波江のもにうづもるる玉かしはあらはれてだに人をこひばや    俊頼 勅 定
いかにせむ室のやしまにやどもがな恋のけぶりを空にまがへむ    俊成 勅 定
なげけとて月やはものを思はするかこちがほなるわがなみだ哉    西行法師 勅 定 *
すみ侘て身をかくすべき山ざとにあまりくまなき夜半の月かな    俊成
月まつと人にはいひてながむればなぐさめがたきゆふぐれの空    範兼
おほけなくうき世の民におほふかなわがたつ杣(ママ)すみぞめの袖    慈円

新古今集
さくらさくとほ山どりのしだりをのながながし日もあかぬ色かな   院御製
又やみむかた野のみののさくらがり花のゆきちる春のあけぼの    俊成
もらすなよ雲ゐるみねのはつしぐれ木の葉はしたに色かはるとも   後京極摂政太政大臣
すゑの露もとのしづくや世中のおくれさきだつためしなるらむ    僧正遍昭
玉のをよたえなばたえねながらへばしのぶることのよわりもぞする  式子内親王
おもひあれば袖にほたるをつつみてもいはばやものをとふ人はなし  寂蓮法師
きえわびぬうつろふ人の秋の色に身を木がらしの杜のした露     定家
風になびくふじの煙の空に消てゆくへもしらぬわがおもひかな    西行法師
ながらへば又この比やしのばれむうしと見し世ぞ今は恋しき     清輔
あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋かぜたちぬ宮ぎののはら    西行

百人一首目次


更新日:平成16年01月17日
最終更新日:平成22年02月16日
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