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東京を歩くシリーズ
中野と逆中野

僕は、一種の方向感覚の狂いを直そうとして、東京のいろいろな所を歩く趣味をもつに至りました。そのいきさつをお話しします。

2002.08.29

中野NTTビル

 JR中野駅前にあるNTT中野ビル。
 もともと黒色だったが、錆びてきたため、ただいまペンキ塗り替え中。やがて漆黒のきれいな色に生まれ変わるはず。

 東京・中野区。江戸時代には江戸の西のはずれであり、ろくに地図に載っていない田舎でしたが、今では新宿副都心の隣接地域としてにぎわっています。

 大学生の時にここに住み始めてから、もう十何年になりますが、ごく最近になるまで、僕はこの区のことをあまり知りませんでした。

 学生時代の僕にとっては、JR中野駅からほど近い自分のアパートや駅前商店街を含むごくせまい一帯が「中野のすべて」でした。15.59平方キロメートルの面積をもつという中野区の、その何十分の1ぐらいしか知らなかったことになります。駅前からちょっと足を伸ばせば新井薬師があり、その門前町には安い商店街があるのに、ほとんど足を踏み入れることがありませんでした。

 へんな話ですが、僕にとってはJR中野駅周辺以外の中野区は「異界」だったのです。まあ、それは言いすぎで、生活上は駅前商店街だけでほぼ用が足りるため、あまりその外へは出なかったというのが実状です。とはいえ、中野駅前以外の地区、たとえば「松が丘」とか「野方」とか「本町」とかいう聞いたことのない地区は、なんとなくよそよそしく、近寄りがたい感じがしたのも事実です。




実際の位置関係と頭の中の位置関係

 ところで、中野に暮らしはじめてすぐ、どうも自分の方向認識は間違っているんじゃないか、ということに気づきました。中野の街の東西南北を180度ひっくり返しにとらえているようなのです。つまり、僕が南だと思っている方向は、実際には北であり、また、北だと思っている方向は、実際には南らしいのです。

 言い方を変えると、自分が「あっちが渋谷区だ」と漠然と思っている方向には、本当は練馬区や豊島区があり、「むこうが新宿区の方向だ」と何となく意識している方向には、現実には杉並区があるという具合です。

 なんでこういうことが起こったかというと、上京して最初にJR中野駅に到着した時、東西南北をよく確認せずに降り立ったせいだと思います。実際は北方向に歩いているのに、なんとなく南だと信じ込んだまま歩いてしまった。その第一印象が、ずっとその後も尾を引いたのではないかと推測します。

 この第一印象というのはなかなかに厄介なもので、いったん方角を取り違えてしまうと、「どうも南北を誤解しているらしいから改めよう」と頭では思っても、簡単には改められないのです。昼間、太陽がぎらぎら輝いている方向を向いているのに、どうしてもそれが北の方角に思われて仕方がありません。太陽が出ている以上、そっちが南だということは、意識のレベルでは分かっているのですが、無意識のレベルでは相変わらず北のままです。


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