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03.10.28

新しい「力」のひろがり

 赤瀬川原平氏が『老人力(筑摩書房)を著したのは1998.09のことでした。「人は老いて衰えるわけではなく、ものをうまく忘れたりする力、つまり老人力がつくと考えるべきである」という逆転の発想と、端的な表題が人々の受け入れるところとなって、ベストセラーになりました。
 この年の第15回「新語・流行語大賞」にも、「貸し渋り」「冷めたピザ」などと並んでトップテンに選ばれたのですから、いかにこの名付け方が秀逸であったかが分かります。ちなみに大賞は「ハマの大魔神」「だっちゅーの」の2つでした。

 「老人力」ということばは、「老人」と「力」という、本来なら相性の悪いはずの語と接辞を結びつけたところに新味があります。「老人の持つ力」とでも言い換えられるものですが、ただ、そう言ってしまうと、「若い者には負けない老人の活力」「老いてなお盛んな労働能力」と誤解される可能性もあります。実際に「老人力」をそのような意味に理解した例もありました。新聞から引用しましょう。

 それだけに人口減少に伴う経済社会への深刻な影響を回避するには「女老外」で補うほかないという専門家もいる。女性の一層の労働戦線への参加(現在は五〇%弱が専業主婦)、老人力の再活用、外国人労働力の移入である。ただ、これらは弥縫(びほう)策であって抜本的解決策とは言えない。〔後藤田正晴〕(「朝日新聞」1999.11.06 p.7)

 この用法は赤瀬川氏の意図とは異なるものでしょう。

 ところで、「○○力」のように、2字漢語+「力」の形をとる熟語としては、(a)「演技力」「記憶力」「購買力」「破壊力」のように、「○○する力」という意味を表すものが最も多数を占めます。そのほかに、(b)「警察力」「原子力」「精神力」などのように、「○○の持つ力」という意味のものや、(c)「軍事力」「経済力」「語学力」などのように「○○の方面に関する力」という意味のもの、それに、(d)「遠心力」(中心から遠ざかろうとする力)、「瞬発力」(瞬間的に発せられる力)、「摩擦力」(摩擦を起こす力)などのように、1つのグループを成しにくいものも少数あります。
 この中では、「○○する力」という意味の「○○力」が最も高い生産性を持っています。ところが、最近になって、「○○する力」という意味ではない「○○力」がにわかに増え始めました。「老人力」がひとつのきっかけを作ったのではないかと、僕は考えています。雑誌「AERA」の見出しから例を拾ってみましょう。

・英経済担う女性力 仕事と家庭の両立が課題(1998.12.21)
中年力はオアシス(1999.03.15)

 このあたりは、「老人力」をまねて作ったような趣があります。しかし、さらに自由に造語した例が続々出てきます。

・全国各地の授業力教師力の達人たち(1999.09.06)
・キャンパスに蔓延する明るい無知力(1999.10.04)
ナニワ力で頑張りぃ、大阪(2001.06.25)
・「孤独力」をつけよう(2002.07.22)
・オレ様男の「おまえ」力(2002.08.12・19)
・「現場力」でハッピー(2003.01.20)
英語力よりプレゼン力(2003.03.24)
・小泉「雰囲気」首相の失われた言語力(2003.03.31)
・「患者力」で医者を選ぶ(2003.10.13)

 2字漢語以外の「ナニワ」「おまえ」などの例も挙げておきました。
 「『おまえ』力」とは何だ、と言いたくなりますが、これは自己中心的な男が相手を呼ぶ「お前」という言い方の持つ力ということのようです。
 「言語力」は何の変哲もない言い方であるようにも見えますが、これも新しい言い方でしょう。従来ならば「言語能力」と言ったはずのものです。
 明治書院内にある日本語学研究所が1998年から行っているテストは「日本語力測定試験」と言います。この「日本語力」も、「言語力」と同様に新しいにおいのする言い方です。日本国際教育協会などが1983年から行っている試験の名が「日本語能力試験」というのとは対照的です。

 また、「○○する力」と言い換えられるものの中にも、耳慣れないものが出てきています。再び「AERA」から。

・村上龍の予言力(2000.08.07)
・ブレア英首相vs.小泉首相「説明力」徹底比較(2003.04.07)
転職力がつく会社(2003.04.14)
・「逃避力」で行こう いい加減という加減(2003.05.12)
・国公立 28大学157学部の就職力(2003.08.18・25)

 「説明力」は、従来なら「説明能力」などと言ったものです。「説得力」「表現力」があるなら、同様に「説明力」があってもよさそうですが、あまり用いられなかった言い方です。その理由については詳述を避けますが、「力」と「能力」とは意味が違う、ということだけを指摘しておきます。
 「転職力」「逃避力」となると、本来「能力」とも「力」とも無縁であるはずの漢語に「力」がついており、そこに独特の効果が生まれます。たしかに、転職は一種の力わざで行うものかもしれませんが、ふつうは「力」とは結びつけて考えなかったものです。

 書籍にも耳慣れない「○○力」は多く使われるようになりました。斎藤茂太『「家庭力」を育てよう』(大和書房 1997.11)など、「老人力」のはやる以前に出版された本もありますが、僕の感じ方では「老人力」以後のほうが多いようです。
 新書のタイトルから拾ってみます。

・多湖輝『定年力』(ゴマブックス 1999.06)
・門脇厚司『子どもの社会力』(岩波新書 1999.12)
・正高信男『父親力』(中公新書 2002.03)
・斎藤孝・山下柚実『「五感力」を育てる』(中公新書ラクレ 2002.10)
・齋藤孝『読書力』(岩波新書 2002.09)〔これは従来も聞かれなくはなかった〕
・奥出直人『会議力』(平凡社新書 2003.10)

などが目に止まりました。

 さらに、「常識力」という、ちょっと非常識ともいえることばも現れています。日本常識力検定協会というのができていて、2001年から「常識力検定」を行い、『常識力@検定.com』(講談社 2003.03)などの本も出しています。
 そもそも、常識というのは検定できる性質のものでしょうか? どういう試験問題なのだろう、たとえば、「人との約束に遅れないようにするために必要なことは何か、論述せよ」などと出題されるのか、と思って問題を見てみました。すると、どうもそうではなく、「敬語の使い方」や「救急救命の方法」、それに、「どこそこの首都は何という名か」といったような、一般的知識を問う試験のようです。
 このような試験にたとえ満点をとったとしても、常識のある人間だという保証にはならないでしょう。点数がよい人でも、時間に遅れたり、約束を忘れたり、人の都合にかまわず一方的に話をしたり、訪問先の人がそろそろ帰ってほしいと思っているその顔色がよめなかったりするのでは、「常識力」があるとはいえますまい――と、最後は余談になりました。
 「常識とは何か」というのは、また別の深いテーマです。

追記 道浦俊彦氏「平成ことば事情」の746「終盤力」に「『光速の寄せ』と呼ばれる鋭い終盤力が特徴だ。」という日本経済新聞夕刊 2002.07.10の記事が紹介されています。「終盤力」は将棋の世界で従来も使われたことばだと思いますが、一般には目慣れないめずらしいことばです。(2003.10.29)

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