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02.09.07

つまんないにい

 赤塚不二夫『おそ松くん』などに出てくる蛙の「ベシ」は、「〜だベシ」「するベシ」というふうに語尾に「〜べし」をつけて話します。不思議な言い方をするものだと、幼い僕は思ったものでした。
 後年、この「〜べし」は古文の授業でいくらでも出てきました。推量の助動詞と説明されました。「ははァ、『おそ松くん』の『ベシ』が使っていた『ベシ』はこの『〜べし』なんだべし」とここで納得した次第。赤塚さんのお陰で、古文がより身近になったといえます。
 「ベシ」にかぎらず、漫画のキャラクターは、いろいろとユニークな語尾を持っています。NHK教育テレビで放送している「おじゃる丸」の主人公は「○○してたも」というふうに「〜たも」を使います。彼は「1000年前からタイムスリップしてきた貴族の男の子」ということですが、「〜たも」自体は江戸時代あたりから使われだしたことばのようです。べつに貴族にかぎらず、「大名・武士・町人から、良家の女・遊女まで、総べての人々の口から発せられる」(湯沢幸吉郎『徳川時代言語の研究』)とのこと。
 藤子・F・不二雄『キテレツ大百科』の「コロ助」が使うのは「〜なり」で、「すいてるほうがいいナリ。のびのびとすべれるナリ」というふうに言っています。これも古文の授業でおなじみです。

 こう見てくると、キャラクターたちはみんな古文の言い回しを使うのかと思われますが、いっぽうでは方言の語尾も使われます。
 水島新司『ドカベン』に出てくる「殿馬」は、「そうずら」「あるずら」など全部「〜ずら」で通しています。これは山梨・長野・静岡あたりで使う推量表現から来ているようです。推量表現ですから、殿馬のように言い終わりをすべて「〜ずら」で通すのは、本来的な用法からずれています。方言を離れた「殿馬語」として考えるべきでしょう。ちなみに作者は新潟の出身ということです。
 小林よしのり『おぼっちゃまくん』の「茶魔」が使う「〜ぶぁい」は作者の故郷福岡の「〜ばい」(「〜よ・〜だぞ」の意)を用いたもの。同じ作者の『いなか王兆作』では「〜もす」という不思議な語尾が使われていましたが、これも九州南部で使われる丁寧の意を添える補助動詞を採用したのでしょう。
 高橋留美子『うる星やつら』の「ラム」ちゃんの愛用語「〜だっちゃ」は東北などで使われます。作者は青森の人と聞いていますが、関係があるのでしょうか。

 これらの例を見るかぎりでは、ユニークな語尾とはいっても、実は古文や方言に源流があるものが多いようです。それはそのはずで、あまりにも突飛な意味不明のことばを語尾につけてしまっては、違和感が際立ち、親しみにくくなります。なんとなく意味が分かりそうで分からないというぐらいが、漫画のキャラクターの語尾としてはちょうどよいのでしょう。

 2001年のヒット曲「ミニモニ。ジャンケンぴょん!」(作詞・つんく)では

自分を信じて ゆくのだぴょん

などということば遣いがあって、ついて行けないなあ、と思うのですが、「〜ぴょん」という言い方も、決してつんくさんの発明ではなくて、もう少し古く、ざっと10年ほど前から使われているのではないでしょうか。文証がないので、どなたかご存じの方がいられれば、お教えいただければと思います。
 この「〜ぴょん」も、もとをたどれば東北方言の「〜びょん」に行き着くものでしょう。いきなり無から有が生まれて「〜ぴょん」になったのではないと思います。
 秋田県教育委員会編『秋田のことば』(無明舎出版)によれば、秋田県北部では

ブン アシタモ ユギ フルビョン
(多分、明日も雪が降るだろう。)(p.114、日高水穂氏執筆)

などと使われるということです。「〜べし」「〜ずら」と同じく、もとは推量表現だったのが、「〜ぴょん!」の形で、流行語として、意味とは無関係にどのような文末にも使われるようになったと考えるのが自然です。

 1978年から1年間、NHKで放送された人形劇「紅孔雀」の脇役として、「風小僧・雨小僧」という兄弟が出てきました。その弟のほう、雨小僧がしきりに使う語尾が「〜にい」というのでした。

雨小僧 おいらたちも二人いつも一緒だけど、あんちゃんとじゃあ抱き合うわけにも行かないし、つまんないにい
風小僧 何言ってるんだ。おいらたち兄弟じゃないか。
(NHK「連続人形劇・紅孔雀」1979.03.16放送)

 これは、単に「〜ねえ」がなまって「〜にい」になっていると考えてもいいのですが、別のところでは「おいら風小僧」「雨小僧だにい」などと自己紹介をする用法があるところからみると、単純に「〜ねえ」のなまりとばかりは言えないようです。
 長野県・静岡県などで
 「これがおいしーリンゴになる、食べにきておくんなんしょ」(佐久市)
 「がんこ(とても)重たいにー」(浜松市)
 というふうに、「〜ね」「〜よ」などの強調の意味で使われる方言の「〜に」と関係があるのでしょう。
 この方言の「〜に」も、もとをたどれば

あたり近所の恰好も悪い、兎角外聞といふ事をしらねへだ(浮世風呂・三下)

のような古文の接続助詞に行き着くのでしょう。
 古文・方言・漫画やテレビのキャラクターなどの言い方には、見えないつながりが隠れています。

追記 境田稔信氏より「だぴょーん」が1988年版の『現代用語の基礎知識』に載っていることをご教示いただきました。アイドル歌手の酒井法子が使う「のりピー語」として「うれピー」「おかピー」「おいピー」等があり、最後に「だぴょーん」が載っているとのことです。
 また、のりピーとは関係なく「うそぴょん」は1987年版から、「うそぽん」は1986年版から載っているそうです。
 「うそぽん」は、方言の「〜びょん」とはあまり結びつきそうにありません。「〜ぽん」と言っていたのが、「〜ぴょん」に変化して使われるようになったということかもしれませんが、その間に方言の「〜びょん」が介在した可能性も捨てがたいので、「〜ぴょん」の東北方言起源説はしばらく取り下げずにおきます。
 なお、境田氏によれば、「ピー」に関して、すでに1985年に、サンプラザ中野さんの歌う「ちゃんちゃらおか P 音頭」(こぼうず隊)というレコードが出ているとのことです。深夜ラジオ番組の「オールナイト・ニッポン」で歌詞を募集したらしいです。(2002.11.16)

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