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02.01.21

気いつかい

 「こわい」を強調して「こわーい」というようなのを「長呼」とか「長音化」とか言いますが、日本語では、もともと短いことばを長く延ばして新しいことばを作る例はあまりないようです。
 こんなことをいうと、そんなばかな、「こわーい」「あまーい」「くらーい」「だめー」「いやー」と、たくさんあるではないかと言われそうです。でも、こういうのは臨時的な形ですね。そうではなく、延ばした形のまま定着する例は、探してみると案外少ないのです。
 「あの人はせいが高い」というときの「せい」は、「背(せ)」を延ばした「せい」が定着したようにも思われますが、「勢」と同源かともいわれます。もしそうならば、もとから長音だったわけです。
 「にいさん」「ねえさん」は「あにさん」「あねさん」が延びたとすれば長音化といえますが、一方、「じいさん」「ばあさん」などは「じじ」「ばば」がルーズに発音されたもので、単純な長音化の例とはいえないでしょう。
 関西などでは昔から、「木」「日」のような一音節語を「きい」「ひい」というふうに発音していました。ただし、これは自由異形、つまり、「き」「ひ」と意識の上で区別していない形であると思われます。

 なぜ日本語の長音化についてお話しするかというと、最近、「気いつかい」ということばを耳にしたからです。テレビ番組で、笑福亭鶴瓶さんが桃井かおりさんの性格を指して、

めっちゃ気いつかい(NHK「鶴瓶の家族に乾杯」 2002.01.12 19:30放送)

と言っていました。「周りの人によく気をつかう性格の人」ということでしょう。「気づかい」「気つかい」ではなく、「気いつかい」と延ばすのがミソです。
 鶴瓶さんは関西の芸人ですから、さっきの「木」を「きい」というような例と同様に考えるべきかもしれません。しかし、関西でも、一音節語がほかのことばとくっつくと、「きぐい(木杭)」「きさんじ(気散じ)」「きしんど(気辛労)」というふうになって、長音で発音しないのがふつうです。「気いつかい」は、意識的に延ばしているのです。
 なぜ延ばすのか。きっと、延ばさなければ「気づかい」となり、「今日は雨が降る気づかいはない」というときの「気づかい」と同じ形になってしまうので、それを避けたのでしょう。
 「気いつかい」は、関西ふうのひびきを持つことばですが、関西以外の人も使っています。東村山市出身の志村けんさんが、どうして結婚しないのかと問われて。

志村 ずっと〔女性と〕一緒にいるのが窮屈でね。けっこう気ィ遣いなんですよ。相手のことを見ちゃったりするから。そう考える自分がイヤなんですね。面倒で。(週刊朝日 2001.06.15 p.56)

 このことばが、関西・関東どちらで先に使われ出したのかは知りません(追記参照)。どちらにせよ、シムケンも、この場合「気づかい」とは言いにくく、「気いつかい」を採用したのではないでしょうか。

 もうひとつ「気」に関係あることばの長音化の例を出します。NHKの久保純子アナウンサーの発言。

 久保 私、けっこう気にしぃですし、言われたことは百年ぐらい覚えていそうなタイプだし(笑)。(週刊文春 2001.02.01 p.59)

 「気にしい」は「くよくよと気にする性格の人」ということなのでしょう。べつに「気にしですし」と短く言ってもよいと思いますが、何かそう言えない理由があるのでしょうか。
 「仕事師」「詐欺師」なんていう「師」は、もともと「する」の連用形「し」に漢字を宛てたものといわれます。それと同様に考えれば、「気にしい」と言わずに「気にし」でも不足はなさそうです。
 僕の郷里の香川県では、「人まねばかりする人」のことを「まねし」または「まねしい」と言います。近畿・中国・四国でひろく使われているようです。どうも「しい」という形は、関西が発祥であるような感じがします。久保さんは大阪放送局での勤務経験があるそうなので、そこで仕入れたことばでしょうか?
 とはいえ、語幹が一音節の動詞連用形を長音化することは、関西方言にかぎったことでもありません。
 「よく夢に見い見いしました」(若松賤子「忘れ形見」1890)
 とか、
 「私は心配しいしい宿へ帰りました」(夏目漱石「行人」1912-13)
 というふうに、東日本出身の作家も使っています。「気にしい」が関西生まれだとしても、関東で受け入れられる素地はあります。
 「気いつかい」「気にしい」が、共通語として定着すれば、短いことばを長く延ばして作った少ない例のうちに加えることができるでしょう。


追記 読売テレビの道浦俊彦氏より、鶴瓶さんの「気いつかい」について
「おそらく語尾は「気ィつかいィ」と伸びていたかと思われます。関西弁です」
 とのご教示をいただきました。
 また、牧村史陽『大阪ことば事典』にも「気にしい」は載っていますよ、とのご指摘。すみません、その通りでした。ページのすみにあったため見落としていました。(2002.03.09)

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