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00.10.21

「かたこと」と現代の方言

 江戸時代の初めに安原貞室が著したことば遣いの書「かたこと」を、初めてきちんと読みました。この「かたこと」は、国語学の学生はだれでも大学の時に習うものであり、今さら通読したというのも恥ずかしいのですが、まあ、お許しください。
 本書の序文には、「自分の息子がへんなことば遣いをするので、それを直すために私的に書きつけました」というようなことが書いてあるのですが、なかなかどうして、それだけの目的でこれほど多くのなまりや方言(項目数だけで800条)を列挙できるものではありません。おそらく、自分から積極的にいろいろな人のことばを観察して、耳に妙に響くことばを博捜したのでしょう。
 安原貞室は京都の人ですから、当時の京ことばとして貞室が「正しい」と思ったことばと、それに対するなまり・くずれた言い方・下品なことばなどが対比的に挙げられています。現代では硬い文章語と思われている「おのずと」とか「さだめし」とかいうことばも、彼に言わせれば良くないのだそうで、それぞれ「おのずから」「さだめて」と言わなければならないらしい。もっとも、あくまでこれは彼の語感によるものですが。
 現在、方言として各地方に生きていることばも、いくつか顔を出しています。今の方言が、当時京都で使われていた証拠です。
 僕は、NHK教育の「ふるさと日本のことば」を楽しみに見ていますが、その番組を通じて親しんだことばも多く出ていて、おもしろく思いました。
 たとえば、「らっしょもない」ということば。これは愛媛県などで使われていて、天野祐吉さんによれば、「あばなだんだん ねやなもし ぜえけえかいな らっしょもない」という、代表的な愛媛ことばをつないだ文句もあるのだそうです。意味は「くだらない」とか「仕方がない」とかいったところでしょうか。語源としては「臈次もない」「埒もない」あたりと関わりがあると思われ、「やちがない」(高知県)、「だちかん」(愛知県)、「やざね」(秋田県)といった各地の方言ともつながりそうです。
 「かたこと」にはまた、「けがあやまち」、つまり怪我のことを「けがあいまち」と言うのはなまりだとあります。「あいまち」は、鳥取県境港市で「新屋の姉があいまちしてなあ」などと使われています。『日本方言大辞典』(小学館)に載っていないので不審に思っていましたが、意外なところから語源が知れました(「史記抄」にもある由)
 「大事ない」を「だんない」また「だいもない」ということも記されています。「だんない」は、今では滋賀県などで使われています。「ういなあ」(すまないね)と言われたのに対して「だんない、だんない」(どういたしまして)と答えるそうです。福井県ではこれが「だんね、だんね」に変わります。
 暖かいことを「ぬくとき」というのは、今では埼玉県、長野県など、東日本の方に残っています。埼玉では「のくとい」(「今日はずいぶんのくといねえ」)、長野では「のっとい」と変化します。
 「かたこと」の中で、はっきり地名まで示して「方言だ」と書いてあることばは少ないのですが、何百年かの間に、しっかり地方に根を下ろしたことばも少なくないようです。


追記 OG3氏より、ご幼少のころから三重県で「ぬくたい」を使っておられたとのご指摘をいただきました。上記で「ぬくとき」(=ぬくとい)が東日本の方に残っていると書いたのは、正確には「東日本を中心に」というべきです。『日本方言大辞典』によれば、「ぬくとい」は西は三重・滋賀・京都・大阪・奈良あたり、「ぬくたい」は三重・京都・和歌山あたりまでであるようです。東北ではそれらしい例はありませんでした。
 「だんない」は大阪落語にしばしば出てくるともご教示いただきました。辞典では中国・四国まで使われているようです。
 もっとも、よく使うかどうかという問題もありそうです。辞典では、僕の出身地の香川県全域も「だんない」の使用地域となっていますが、僕は聞いたことがありません。(2000.11.08)

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