HOME主人敬白応接間ことばイラスト秘密部屋記帳所

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
email:
00.03.01

よーっ、ポン!

 1993年ごろの卒業式の季節だったかと思います。池袋のあるホテルで、早稲田大学の謝恩会が開かれました。当時、僕はもうとうに卒業していたのですが、成り行きがあって、なぜか招かれて隅っこに座っていました。
 その謝恩会というのがヒドいもんでしてね。立食パーティー形式なんですが、歓談の合間に、「仮装ファッションショー」と称して、女装した男子学生たちが代わる代わる舞台に上がり、面妖な音楽に合わせて身をくねらせるのです。音楽の一つはワンダ・ジャクソンの「フジヤマ・ママ」でした(雰囲気を想像してください)。ほかにも、ゲームのような「アトラクション」がいくつかあったと記憶します。
 卒業生たちは座を盛り上げようとして企画したのでしょうが、先生たちはカンカンです。それはそうだ、謝恩会と自分たちのお楽しみ会を混同しちゃいかんよ。
 最後にあいさつに立った老教授は「これの、どこが謝恩会なのか分からない。社会に出て行く君たちの前途を憂う」といったスピーチをされました。これにはさすがに学生たちもシュンとなったようです。幹事の卒業生は「先生からは辛辣なおことばを賜り……」などと言っていたけれど、なぜ叱られているのかもうひとつ判然としない様子でした。
 さて、その散々な会もお開きとなったとき、幹事が「一本締めでいきましょう」と手締めの音頭をとりました。この手締めというのが、
 「よーっ、ポン!
というもので、参会者がこの「ポン!」の1回だけ手をたたくというやつなのです。これが、僕が「新式」の一本締めを聞いた最初です。
 何しろ、仮装大会を企画する幹事ですからね、「一本締め」も、冗談のつもりで、わざと文字通り1回だけ手を拍ったのかと思いました。
 僕の理解している「一本締め」は、そういうのではありません。「よーっ、シャンシャンシャン、シャンシャンシャン、シャンシャンシャン、シャン」というリズムで手を拍つものです。三本締めは、これを3回繰り返すことになります。
 ところが、この「新式一本締め」、けっこうあちこちで出くわすのですね。こないだ(2000年1月ごろ)も、地下鉄東西線早稲田駅付近を歩いていたら、飲み屋から帰るところらしい学生の群が、「では一本締め行きましょう!」という発声に合わせて「よーっ、ポン!」をやっていた。横を歩いているこちらは思わずズッコケた。
 なぜこんなことを言い出したかというと、今朝のニュースで野球選手がこれをやっていたからです。
 オリックスブルーウェーブの宮古島キャンプ打ち上げのニュース。グラウンドで選手たちが輪になって、

一本締めで締めたいと思います。よーっポン(「NHKニュースおはよう日本」 2000.03.01 06:00)

と手を拍った。
 これが全国放送されるというのはまずいのじゃあるまいか。これを見た人は、「ああ、これが一本締めか」と思ってしまうでしょう。
 もっとも、地方によって、こういうところもあるのかもしれませんね。ウェブを検索すると、この「よーっ、ポン!」は「一丁締め」だという人もありました。
 また、「つくば周辺伝統行事カレンダー」というホームページで公開されている「サウンドコレクション」で、筑波・下妻大宝八幡宮タバンカ祭りの手締めの音を聴くことができます。それによれば、この土地の一本締めは「よーっ、シャンシャンシャン、シャシャシャンシャン、シャン」というリズムになっています。
 一見、伝統的に見える所作やかけ声も、案外新しいということが往々にしてありそうです。祭りのかけ声が、「わっしょい、わっしょい」からいつしか「そいや、そいや」に変わってきたという話も聞きます(追記2参照)。「新式一本締め」も、いつごろから現れたものか、興味がわきます。


追記 2001.02.28の夜、ニュースを見ていたら、プロ野球の読売、西武、広島など各球団がキャンプを終え、例の「よーっ、ポン!」をやっている様子が立て続けに映し出されていました。もはやこの方式はプロ野球ではどの球団も恒例になっているらしいと推察します。「ポン」と1回しか手を拍たないのは、「今年は1位になるぞ」という気持ちが込められているのでしょうか?
 NHK「ニュース10」藤井彩子アナのナレーションによると

キャンプの締めくくりは、今年選手会長になった松井選手の挨拶と一本締めでした。(読売ジャイアンツのキャンプのニュース。全員が「よーっ、ポン」をやっている)

広島も、最後は手締めで打ち上げました。(広島カープのニュース。やはり「よーっ、ポン」)

などと言っていました。(2001.03.01)

追記2 「そいや、そいや」(すいや、すいや)の形は、1977年には現れていたようです。

 今は夏祭りのシーズンで神輿{みこし}を揉む威勢のいい掛け声を耳にするが、その掛け声はすでに「ワッショイワッショイ」ではなく、「オーリャオーリャ」あるいは「スイヤスイヤ」であるらしい。単純なはずの掛け声も、具体的にはいろいろな形をもって行われているのである。〔神楽歌のことば・蜂谷清人〕(「言語生活」311 1977.08 p.49)

 「そいや、そいや」とは何だ、と批判する人の文章を読んだこともあるような気がしますが。(2001.08.16)

追記3 おか壱さんから教えていただいたところによれば、2003.01.22の日本テレビ「別バラ・日本ジツワ銀行」で、中尾彬さんがこの「よーっ、ポン」がものすごく気に入らないということを話していたそうです。「三本締めの3分の1が一本締めだろう? なんでポンで終るの? それじゃ締まらない」との意見に、司会の所ジョージさんほか、他のタレントも皆、「なるほどね」と納得していたとのことです。
 おか壱さんは高知の「よさこい祭り」に参加されている方ですが、踊りをスタートさせたときに「一本締め」(10回打つ)の唱和を願ったところ、観客の中には、ポンで止める人がいたりして、閉口なさったとのことです。(2003.02.16)

追記4 都内のいろいろな祭りに参加されているTakahashiさんから、興味深い情報をお教えいただきました。
 「そいや、そいや」という掛け声は、25年くらい前ならばあったけれども、今では「そんな掛け声で担がれている神輿はまずない」とのことです。では、今はどうかというと、「さー、さー」とか「ほいさっ、ほいさっ」とか「そーれっ、そーれっ」などが主流になっているということです。
 掛け声も時代につれて、ずいぶん変わるのですね。
 女みこしでは、「さー、さー」の掛け声のキーが高くなって「みゃー、みゃー」と聞こえることがあり、これを「みゃーみゃー隊だあ」と苦笑まじりに評する人もいるとか。
 また、「わっしょい」の掛け声で担ぐのは、「都内では江東区内の数箇所の祭りしかない」(富岡八幡、神明、元八幡くらい)とも教えていただきました。深川では、大昔は「わっしょい」だったのが、Takahashiさんの子どものころには「そいや、そいや」となり、今ではまた「わっしょい」に統一された。木場あたりでは、「ちょいさー、こりゃさー」という古くからの掛け声(きざみ)で担ぐそうです。
 深川の3年に1度の大祭では、大漁旗を持った漁師たちのみこし「深濱」がしんがりを務めますが、その掛け声は「どっこい、どっこい」。
 なお、祭りの日は、みこしの出発のときに一本締めを、みこしを納めたときに三本締めを行うそうです。この一本締めは、当然、「よーっ、ぽん」ではありますまい。(2003.09.30)

「ひとりごと」目次へ
前へ次へ
きょうのことばメモへ ご感想をお聞かせいただければありがたく存じます。
email:

Copyright(C) Yeemar 2000. All rights reserved.