第3章 モーニングコールは潮のかほりと波の音

ここ漁師の町、伊根の朝は早い。

5月2日、AM3:00頃から1時間毎に目を覚ましていた私だか、ついにAM5:00に起床。雨はすっかり上がったようだ。てらちゃんはまだ寝ていた。起こさぬように外へ出る。
あたりは霧が出ていた。朝霧は久しぶりである。うきうきして波止場へ。でも、霧が濃すぎて、対岸の舟屋が見えない。絵にならんではないか。仕方がないので釣り人なら絵になると思い、釣り人のるつぼへ。
釣り人の朝も早い。波止場はもう人でいっぱい。ほとんどの人は車の中で一泊したようだ。中には波止場に直接テントを張っている強者もいた。彼等の生命力に目から鱗が落ちた。 絵になりそうな釣り人を探し、使いなれたミノルタX700に70-210のズームを取り付け、三脚をセット。ところがである。今まで一面に張っていた朝霧がカーテンを引くが如く一気に晴れてしまったのである。なんでやねん!!!自然と言うものはえてして人間様を裏切る。それよりも、もっと早く起きるべきだった。反省。
ちょうどその頃、所々でエンジンの音が高らかに鳴り響き、漁師達がいっせいに舟を出し始めた。とっさに、サブカメラのX-7を取り出し、シヤッタースピードが遅めな のが気になったが、その様子を手持ちで収めた。(あとで見ると、やっぱりぶれていた。とほほ、、、。)
ここ伊根はブリの宝庫。伊根ブリは全国のグルメ達をうならせるほどのよいブリだという。そんなブリを昨日味わえた我々はなんて幸せ者なのだろう。 さて、霧が晴れ、周囲が明るくなった伊根湾は漁師達が一斉にブリ漁に出かけたので急に静かになった。あとは帰ってくる漁師を狙うだけである。
何気ない風景を撮影していると、一人のおばあさんが現われ、舟屋の入り口に座り込んだ。私は何か面白い話が聞けるのではと思い、
「おはようございます。」
と声を掛けた。しかし、おばあさんの返事はない。よく見ると、なんと、おばあさんは、用をたしていた。びっくりした。ナント舟屋の入り口はトイレの役目も果たしていたのか!(本当?)さすがにまずいので見ぬフリをして一歩下がった。しばらくして、おばあさんはこっちへ来て、挨拶をしてくれ、私の横に座り込んで漁師の生活を話してくれた。漁師は朝5時に起き、夜9時に寝ると言う。私たちは24時間営業のローソンかセブンイレブンの様な生活をしていたので、その点だけは羨ましいと思った。
「今、孫が里帰りしている。」 とおばあさんはうれしそうに言う。周囲はポカポカと五月晴れの日和であった。
いきなり、おばあさんは立ち上がった。なにやら、あわただしく動き出した。すると、遠くからエンジン音が響き始めた。漁師たちが帰ってきたのだ。
目の前に、滑り込むように漁船が横付けされた。おばあさんの息子さんである。おばあさんは息子さんにバケツと木箱を手渡した。息子さん(以後おじさん)は私を見ると、
「兄ちゃん、写真撮っとるんけ?」
と声を掛けてくれた。
「すんません、邪魔はしませんから撮らせてくれませんか?」
と言ったら、おじさんはにっこりして何も言わずに舟のエンジンの点検を始めた。 ふと、気がつくと、後ろはおじさんの一家が勢ぞろいしていた。おじさんの奥さんと男女の若者二人、そして、犬が一匹。
おじさんは舟の中からでっかいブリを引っぱり出し、おもむろにハンマーでブリの頭をガツンガツンと殴った。本日捕れた二匹のブリはあっと言う間にぐったりしてしまった。男の若者の方が母屋に戻り、コンパクトカメラを持って再び戻ってきた。男性は珍しがって舟の中のブリを写真に収めた。どうやら、この若者二人は夫婦で、女性のほうがおばあさんの孫なのだろう。男性はおじさん夫婦に敬語を使っているのでそう感じた。
奥さんはまな板と包丁を取り出し、一緒に捕れた小型のフグをさばき始めた。私が奥さんにカメラを向けると、犬が吠え始めた。私が魚を取ると思って吠えたらしい。心配しなくていいのに。
奥さんは今日捕れた魚の説明をしてくれた。その中にはホウボウも含まれていた。昨日食したホウボウはこんな姿をしていたのかとびっくりした。まっ赤かでとても美しいのである。私が昨日食したホウボウの味を語ると、おじさんはにこにこしながらうなずいていた。
撮影が一段落したので民宿に戻ることにした。昨日の雨が嘘のように晴れていた。満足しながら民宿に戻ると、てらちゃんはすでに起きていた。
彼は戻るやいなや
「大変なことが起こった。」
と言い、テレビを指差した。なんと、F1ドライバーのアイルトン・セナの死がニュースで報じられていた。F1ファンでない私であったが、セナの死はショックであった。イモラの空に散ったセナの冥福を祈る二人であった。
AM7:00、朝食の時間である。イワシのみりん干しをほおばりながら『おはよう朝日です』を見ていた。正木さんは晴天が3日まで続くと言ったので私は思わず正木さんにインネンをふっかけた。
「今日はほんまに大丈夫なんやろうな!」
私は昨日以来、天気予報はうのみのしないことにした。最新のテクノロジーをもってしても自然の力には勝てないのである。
食事を済まし、出発の準備をしていると、同泊の熟年夫婦があいさつしてくれた。彼等はなんと、栃木の宇都宮からやってきて、奥さんの生まれ故郷の出雲へ行く途中だという。
AM8:30、身支度を済まし民宿を出た。エプロン姿のええにょぼさんに深々とお礼を言い、一路舟屋めぐりの遊覧船の波止場へ向かう。
おかしな二人のヒューマニティを求めての旅はこの後、最高潮を向かえる。一つ大きな試練を乗り越え、余裕をかましている二人に、また、大きな試練が待ち受けていることも知らずに…。

丹後の伊根はパラダイス
都会にはない自然と人情がここにはある
空気も魚も旨いぞ!!

つづく

注釈

【ミノルタ X-700】
ミノルタがαシリーズを出す前の最高峰のマニュアル一眼レフカメラ。
マニュアル、絞り優先AE、プログラムAEの3モードAE。1/1000のフォーカルプレーンシヤッター、というぐあいに現在の重量級オートフォーカスカメラと違い極めてシンプルなカメラである。
ミノルタがαシリーズを出してしまったので、MDレンズのバリエーション、数が減ってしまった。(悲しい)
しかし、Xシリーズの中で、このX-700だけはまだミノルタのラインナップに残っている。

【ミノルタ X-7】
ミノルタがαシリーズを出す前のマニュアル一眼レフカメラの一つ。
宮崎美子のCF「今の君はピカピカに光って〜♪」で一斉を風靡したカメラ(?)。絞り優先AEだけのイージー一眼。
αシリーズが出たおかげで、オプションを手に入れる事が難しくなった私。(悲しい)

【伊根のブリ】
現在は一本釣りやのべ網でブリ漁をを行っている。昔は湾内でも捕れたとのことだ。
「伊根はよいとこ 後は山で 前でブリとる クジラとる」
という漁師の唄が残っているという。

【アイルトン・セナ】 ブラジル出身のF1ドライバー。有名なので説明する必要はないだろう。
彼は1994年5月1日、イタリアはイモラのサンマリノGPで事故を起こし、そのまま還らぬ人となった。


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