第2章 伊根のええにょぼさんは女神様

日本海を右手に望む国道178号線はなだらかな海岸通りだった。
「あ〜。これが晴れとったらなあ〜。」
と、ぼやく相棒のてらちゃん。実は自分は雨男だと彼に言うと、彼もそうだと言う。雨男がダブルだと強力である。とにかく、泊まる場所を現地で探さなければならない。伊根町内の情報は無いに等しかった。
なだらかな海岸通りが終わるとその後に複雑な岸壁沿いの道になる。ここからは、もう与謝郡伊根町。静かな伊根湾の周囲いっぱいに舟屋集落が広がる。まるで、日本版のベニス。感動ものである。
「あ〜。これが晴れとったらなあ〜。」
二人は同時にため息をついた。
PM4:30 伊根に到着。とりあえず、役場の観光課にでも行って情報をつかもうと伊根町役場へ急いだ。しかし、あいているはずがなかった。今日は日曜日であった。役場もこれからはコンビニエンススタイルをとるべきだと自分勝手に思った。
「車の中で寝るのはいやだよ〜〜。」
と、ぼやくてらちゃん。私は、ずっと車の運転をしていたので、昼食をとる暇がなかった。この間にパンをがっつく。
とりあえず、役場の駐車場へ車を置いて舟屋探索である。海岸へ出る。水がすんでいてとてもきれいだ。水面に映る舟屋集落。素晴しい。
「あ〜。これが晴れとったらなあ〜。」
と、またてらちゃんがぼやいた。

波止場では釣り人達が雨にもめげず糸を垂れていた。
NHKの朝の連続ドラマの舞台になった割には観光地化されていない。実に素朴な町である。気に入った。ただ、気になったのは、もう放送は終了したのにもかかわらず、「ええにょぼ」のポスターが至る所に張ってあることである。伊根の人々は、舟屋とNHKドラマが自慢らしい。気を取り直して車に乗り、民宿を探す為に伊根の町を探し回る。伊根湾沿いの道は狭い。大概舟屋と母屋があって、その間を道路が通っている。車社会が発達する前は、道はなく、舟屋と母屋を行き来する庭だったらしい。だから、こんなに狭いのだ。現在の舟屋は船が大型化したため、舟のガレージから、作業場、倉庫、二階は離れといった用途に変化して使われているらしい。伊根の民宿の主流も「舟屋民宿」と呼ばれ、舟屋を改造して民宿として使っているのである。
話を元に戻そう。どこの民宿を探しても釣客でいっぱいなのである。こまった。当初、テントで野宿するはずだったのに、いたい話である。とにかく情報がほしい。ある酒屋に駆けこみ、ガムを買いがてら、そこのおじさんに聞いてみた。おじさんは「どこも釣客でいっぱいだ。」と気の毒そうに言った。それでも2、3軒の民宿を紹介してもらった。
まず、「太平荘」と呼ばれる民宿へ寄った。母屋で「ごめんください」と言って出てきたのは、そこの若奥さん。「ええにょぼ」さんである。エプロン姿のええにょぼさんは困った顔をしてこう言う。
「海側でないけどいいですか?料理もたいしたものは作れませんが。」
いきなりエプロン姿のええにょぼさんが女神様に見えた。
「この際、贅沢は言いません。何でもいいです。おねがいします。」
我ら二人は深々を頭を下げた。あとで聞いたのだか、この民宿はこの日は営業を停止し、明日から客を取る予定であったという。
早速、離れの舟屋に移動、しようとしたときである。民宿の前に1台の1BOXが止まり、その中から熟年の夫婦がもみ手をしながら現われた。エプロン姿のええにょぼさん、もとい、女神様は、もう、1組泊めるも2組泊めるも一緒といった面持ちで、しぶしぶながら2組を部屋を案内してくれた。いやはや、いざとなったら何とでもなるものである。
寝ぐらが決まったので、車に置いてある荷物を取りにいく。途中、酒屋のおじさんに出会う。「おっ、寝るとこ決まったみたいやな。」おじさんはにこにこして言った。お礼を言ったのは言うまでもない。
二人は風呂に入り、くつろいでいる所へ夕食が運ばれてきた。「料理もたいしたものは作れませんが。」といってた割にはすごかった。魚づくしである。あんこうの鍋物、ブリの煮つけ、ホタテの貝柱、それに、ホウボウと呼ばれるハゼかカサゴに似た魚の塩焼きである。とにかく、このホウボウの美味なること!この塩加減、この味はもう伊根でしか味わ えないほどである。食卓の二人は食いしん坊バンザイ 、もとい、食いしん坊マンザイとなり、山下真司のようなうんちくもどきを並べたてた。
それから、おじさんの酒屋へビールを買いにいき、民宿に帰るとてらちゃんの今度始める創作活動ついて話に華が咲いた。
PM9:00、床についたが寝つかれない。寝つかれないので外へ一人散歩にでた。公衆電話があったので、電話をした。片思いのアイちゃん(という名前にしておく)にである。彼女は画家志望。働きながら絵を描いている。「ゴールデンウィークに息抜きに映画を見にいこう。」と誘ったのだが、「ゴールデンウィークはずっと絵を描く。」とあっさり断わ られてしまったのだ。まあ、いいや、地道にいくさ、と開き直った今日この頃。こりずにプッシュボタンを押した。電話口の彼女は相変わらずめちゃくちゃ元気であった。私は伊根にいる事を言い、これまでのハプニングを面白おかしく話した。彼女は笑っていた。
民宿に戻るとてらちゃんはまだ起きていた。彼は「ワーズワースの冒険」というTV番組が大好きで、ちょうどその番組が始まったのである。彼はさんざん私にその番組のうんちくを並べた。
明日はAM5:00に起きて撮影する予定である。「ワーズワースの冒険」が終わる頃には私はすでに海よりも深い眠りについていた。

旅は道連れ世はなさけ
いきあったりばったりの旅もたまにゃいいもんだ
酒屋のおじさんとエプロン姿のええにょぼさんに感謝

つづく

注釈

【伊根】
貢ぎものを収めた『稲別命(イネワケノミコト)』いわれる豊漁の神を 祭り、千舟・百舟の泊まる舟の基地という意味がある。
伊根は鯨や亀など幸多き「磯根」であったということと、「根」が根本・ 原点を差し示すそうである。

【現地の情報収集】
撮影旅行に行った時、素早くその土地の概要情報を仕入れる場合、一番 便利なのが、その町の役場の観光課か、観光協会である。
役場は平日のみだが、みんな暇そうにしており、懇切丁寧に教えてくれ る。観光協会は町の中心部にあるので探せばどこかに絶対あるはずであ る。

伊根町観光協会 エ0772-32-0277

【ええにょぼ】
伊根の言葉で、既婚・未婚を問わず『心身ともにきれいな女性』という 意味。容姿も性格もバランスのとれた素晴しい女性を指すのである。
『いい女房』からきたかどうかは定かではない。

【伊根の舟屋民宿】
3分の1が5〜10月の季節営業。我々はたまたまその民宿に当たった のだと思う。男同士なら笑って済ませるが。女の子を連れて行くときは 我々みたいな無謀なまねはしないこと。必ず電話で確認し予約をとるこ と。でないと、逃げちゃうぞ。
伊根の舟屋民宿はどこを行っても海の幸がうまいと聞く。我々の泊まっ た「太平荘」もその一つだ。

「太平荘」 エ0772-32-0040

【ホウボウ】
魴鯡ないしは竹麦魚と書く。カサゴ目の海魚。全長40cm。頭は大きく 角張り、尾に向かって細くなる。細かい円鱗におおわれ、体色は紫褐色 で赤色の斑点がある。尾ヒレは大きく、緑色に青色斑があり、美しい。 胸ヒレの下部が歩脚状になり、海底をまさぐって餌を取る。浮袋を使っ て鳴く。日本各地の沿岸の砂泥地に住む。
本文で書いたように塩焼きにして食すと旨い。

【ワーズワースの冒険】
フジTV 系列日曜午後10:30から包装していた『知的情報番組』とでも言っておく。毎回一つのモノやコトについて掘り下げて、変わった演出で見せてくれるお洒落な番組であった。


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