第1章 雨は手のひらにいっぱい

94年5月1日。やや早めに起床。前日の酒が少し残っていたが、準備していた荷物を車のトランクへ積み込む。撮影器材、着替え、テントやキャンピンググッズ。出かける前に相棒のてらちゃんへ電話で連絡。「今から出るから、到着してから連絡するよ。」といった。彼は起きたばかり。声が寝ぼけていた。
AM9:15、出発。国道171号をひた走り長岡京市から彼の住む吹田市は相川へ。途中交通情報の電光掲示板が「中国縦貫道 中国豊中〜西宮北渋滞」の表示が出ていた。当初予定していたルートであった。これはまずいと思い、別のルートを頭の中で探しはじめた。考えているうちに彼の家の近くへ到着。
待ち合わせ場所に彼はサングラス姿に寝袋とカセットフーを抱えながら現われる。お互い、変な格好だと笑いあう。さっそくルートを検討。中国縦貫道は渋滞であれば176号を通ることも考えたが、176号も渋滞していることも考えられるため、当初のルートで中国豊中から中国縦貫道を通り舞鶴自動車道で福知山へいくルートをとることにした。
AM10:30、いざ出発。天候は曇り。まずまずといったところである。途中、スーパーで不足の備品を買うことになった。急にてらちゃんが郵便局へよってくれと言い出す。会社をやめたので友達に挨拶状を送るので切手を買いたいそうだ。私はウエストバッグの中の41円切手の束を差し出し、つかってくれるように言った。私は、旅行に行ったときに数人の人に絵葉書を出すのを常としているため、切手を旅行のときに常備していた。彼は喜んで切手の束に41円切手を2枚ずつ張り込んだ。(このとき、すでに郵便料金が値上げしたのであった。)
さて、車は中国縦貫道に合流すべく府道を北上しつつあった、はずであった。いきなり、なぜか住宅街の真ん中で道が跡絶えていた。道に迷ったのである。いきなり出鼻をくじかれたのであった。北上するはずが西へ進み、武庫之荘まで来ていた。何とかイズミヤの看板を見つけ、現在位置をようやく把握。店に入り、金網とナイフ、昼食のパンを買い、再びスタート、宝塚方面へ向かう。しかし、そこで渋滞に巻き込まれた。はじまりからついてないと二人でブーブー言っていた。ようやく、中国縦貫の宝塚インターへ到着。すでにPM1:30を回っていた。
中国縦貫に入ったが渋滞はまったくなく、快適であった。私は「電光掲示板の嘘つき」とぼやいた。
道路情報と天気の状態を把握するため、FM802を聞いていたが、山が近づくにつれて聞きづらくなったので、カセットへ切り替えた。シュガーベイブの「SONGS」の復刻版アルバムである。
車は中国縦貫から舞鶴自動車道へ変わり、沿道の山々の緑が鮮やかに感じられた。男二人旅、色気はないが、何とも言えない解放感が二人をつつむ。日常の忙しい日々からは考えられないようなひとときであった。しかし、そのひとときも束の間であった。
舞鶴自動車道を福知山でおり、一路、宮津へ向かうべく、国道9号へ入った時である。ポツポツと車のフロントガラスにしずくがつき始めたのである。雨である。由良川沿いを走るころには土砂降りになっていた。二人で思わず叫ぶ。
「Niftyとおはよう朝日ですの正木さんの馬鹿野郎!」
カーステレオは皮肉にもシュガーベイブの「雨は手のひらにいっぱい」がかかっていた。
このままではテントを張ることができない。山沿いだからにわか雨だろうと気をとりなおして、鬼伝説で有名な大江山へ向かう。途中、元伊勢と言われる伊勢神宮の前身の神社があることを彼に伝えた。彼の目が輝く。よっぽど立派なものだろうと思ったのだろう。実際行ってみてあまりの寂しさに彼はがっくりした。でも、確かに内宮と外宮は伊勢神宮のようにあるのである。

車は大江山の山頂を目指して走る。いきなり道の両脇に赤鬼と青鬼の人形が立ちはだかっていた。この近辺は酒顛童子(しゅてんどうじ)の鬼退治伝説があると言われる。そんなことは我々にはお構いなしなのである。雨に加えて霧が出てきたのである。もう半泣きである。

大江山生野の道の遠ければ、まだ文も見ず天橋立

先人(古式部内侍)はこう詠んだそうだが、今の状況とは比べ物にならない。雨はひどいわ、霧はこいわ、道は狭いわの三重苦で車を走らせていた。二人はシュガーベイブの「雨は手のひらにいっぱい」のサビの部分を皮肉っぽく合唱していた。
やっと難所の大江山を超え宮津へ到着。PM3:30を回っていた。休む間もなく丹後半島へ車を向ける。雨はやまない。このままでは車の中で寝ることになる。
宿なしになった二人の運命はいかに。
車窓には、雨の中の天橋立がうっすらと浮かんでいた。

つづく

注釈

【シュガーベイブの「SONGS」】
1975に発売されたアルバム。シュガーベイブは70年代の日本のニューミュージック界の基礎を築いたといわれる伝説のバンドである。わずか3年間しか活動期間がなく発売したアルバムもこの「SONGS」のみである。メンバーには現在でも活躍する山下達郎や大貫妙子がいた。今回このアルバムがCD版で復刻し話題を呼んだ。今聞いてもそのサウンドは
色焦る事なく70年代とは思えないほど現在でも輝けるほど斬新なメロディである。
当時フジTV系列朝7時半から始まる幼児教育番組「ポンキッキーズ」エンディングテーマとしてながれていた「パレード」という曲もこのアルバムに収められている。
ぜひ聞いていただきたいお勧めのアルバムである。

【おはよう朝日です】
朝日放送の月曜から土曜までの朝7時から8時半まで放送されているローカル情報番組。関西地方のみ。そこに出てくる天気予報担当の人が正木明氏である。この番組は関西のトレンド、ニュースを中心に情報を提供している。撮影にぴったりの名所も紹介してくれるのでカメラマンにとってはありがたい番組である(と私は思う)。

【元伊勢】
伊勢神宮の前身とよばれる元伊勢皇大神社(内宮)と豊受神社(外宮)。詳しいことはわからない。ちゃんと調べたいと思う。

【大江山】
京都北部の標高832mの山。古くから戦略上の要所であった。同じく京都の亀岡にも同じ名の大江山があり、どちらも酒顛童子の鬼退治伝説があり、盗賊たちが巣食った場だと言われる。


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