「あら、あなたもパパに雇われて…?ふぅん、あなた、人間じゃないわよね?でも魔物にしちゃずいぶんマトモな感じよ」
世界の一時停止を解除したのはルルーだった。
「さ、さたんさま…?」
ドラコが心配そうにサタンに声をかけた。
ルルーを見るサタンの視線は、熱情と激情と高揚と、その他諸々の昴ぶった感情全てを詰め込み圧縮したレーザー光線に等しい。
眉根を寄せた表情は切ない苦悶を呈している。
「お…お嬢ちゃんは、ルルーの妹さんか…?」
思い詰めた表情のまま、サタンは少女のルルーに問いかけた。
「わたしはルルーよ。変なこときくのねぇ、おじちゃん」
サタンは落ち着かない様子で、額やら頬やら顎やらをさすった。
「う、うむ…そ、その…これは、どういうことだ?」
サタンはウィッチを射抜くかのように直視した。
ウィッチはサタンの異様な剣幕に圧される。
「えぇと、その…シェゾが、変な魔導機械で、若返りの術とやらをルルーさんにかけてしまって…ルルーさんは身も心もせいぜい十歳程度になってしまわれて…でも、せっかくルルーさんの為にみんな集まったのですから、今のルルーさんが喜ぶような遊びを、と…」
サタンはウィッチの言葉のほとんどを聞いていなかった。
ポイントは、『身も心も十歳』である。
サタンは何かを隠すかのように口を手で押さえた。
「それで、あなたはどういう魔物で、なんて名前なの?わたし、あなたみたいなモンスター、初めて見るわ」
サタンは片膝をついて、ルルーと視線を合わせた。
「私の名はサタンだ」
「ふぅん。サタンのおじちゃんね」
「…い、いや…お兄さんにしてもらえないかな、せめて…」
「サタンのお兄ちゃん?ま、いいわよ」
「そ、そうそう、出来ればお兄ちゃん希望…じゃなかった、それで、つ、つかぬことを聞きたいのだが…」
「なぁに?」ルルーはきょとんとして、サタンの顔をまじまじと見た。
子供らしい好奇心に満ちた表情を見たサタンの頬はゆるみきっている。
このサタンの様子に、ドラコ以外の者たちは唖然とする他ない。
「ルルー…ちゃん、君の好みの…あででででっ!」
サタンの髪の毛を、いつの間にかその背後にしゃがみこんでいたシェゾが引っ張った。
「…なんの世迷い言ほざいてんだよ、おっさん」
「お前に私の気持ちがわかるものか、あっち行け変態!」
「何か?お前ロリ趣味なわけ?そりゃアルルに本気で求婚してんだからそーだろうとは思ってたが…ここまで守備範囲が下だとは思わなかったな」
「しっしっ、あっち行けと言ってるっちゅーに!」
「わたしの好みの…、何なの、サタンのおじちゃん?」
「いや、だからお兄さんだってば」
「十分ジジィだ」
「お前は黙っとれ!」
「ルルー、お前はオッサン趣味じゃないだろ?」
シェゾの言葉の意味をかみくだすように、しばらくルルーは黙り込む。
「…そっか。わたしの好みの男の人のこと?」
「うんうん」と乗り気で頷くサタン。
「そーだなぁ、まず、ルルーより強くって、優しくって、包容力がある、…そうだなぁ、ちょっと冷たい感じに見えるけど、実はとってもあったかい感じのひと」
「うむ、全部私に当てはま…」
サタンの後頭部をシェゾは思いっ切り殴った。
「痛いではないか!」
「アホか貴様は!」
「どういうことですの?」
サタンとシェゾとルルーの呆れた会話内容を聞いていたウィッチはドラコに説明を求めた。
「ぐーっ、ぐぐっぐ、ぐー!」
解説をし始めたのはドラコではなく、アルルの肩の上のカーバンクルだった。
「カーバンクルはなんと?」
ウィッチは唯一カーバンクルの意思を解釈可能なアルルに話を振った。
アルルに、全員の興味津々の視線が押し寄せた。
「えっと…『サタンは、子供が好き』なんだって。…『特に、女の子が異常なほど』…」
「ああ、ファンクラブ内でもトップシークレットの事項だったのにぃ!」
ドラコが目に涙をためて言った。
「…今までよく隠し通せましたわね、ここまで露骨なのに…」
ウィッチは再びサタンに目を向けた。サタンはルルーの手を引いて、ミノタウロスに詰め寄っていた。
「それでっ!お前はいつからルルーの側にいるんだ、えぇ?!」
「あ、いや…オ、オレは…もう三年になるのか…十六歳の時に、知り合って…」
「そ、そうか…じゃあアレか、小さい頃のアルバムとかそういうのは…」
「実家にあるッスよ…執事殿が大切に保管されてます、確か…」
「そうか、じゃ一式焼き増しを…」
「…もう、勝手にしてろ…」
シェゾも、いちいち突っ込むのが面倒になっていた。
「ねぇね、わたしゲームの続きがしたい」
「あ、そうだな、…だけど、さっきのゲームのどこがいいんだ?もっと派手な遊びがしたくはないか?」
「たとえば、どんなの?」
「そうだな…うーむ、そうだな、これは魔界での忘年会のネタに使ったヤツだが、ルールを簡単にすれば大丈夫だろう」
そう言って、サタンは魔物を召喚する呪文を唱えた。
そして―――
「はららぁ〜!」
「ぎょぎょぎょっ!」
「うわあああああっ!」
「きゃあああああっ!」
一部の特殊な悲鳴(?)と、標準の悲鳴が混ざり合った。
「…な、こ…これ、ぷよじゃねぇか!こんなザコモンスター大量に召喚してどうするんだよっ!」
シェゾの疑問ももっともだった。魔導世界一最弱ゆえに繁殖力最強、分布地域広大にして生息数最多のモンスター、『ぷよ』を、サタンは何千と召喚したのだ。
「ゲームにはこれを使うのだ」
「どんなゲームだよ!」
「古代魔導の『オワニモ』という呪文を利用したゲームだ」
ウィッチの問いかけに今度はルールを説明するサタン。
「面白そう!やるやる!」
説明を聞き終えたルルーははしゃいだ。
「そうかそうか、気に入ってもらって嬉しいぞ。それでは早速…ゲームスタァットッ!」
「ゲームスタート、ってルール聞いただけでどうしろってっ…」
珍しくまっとうな主張をしているシェゾの頭上に、透明なおじゃまぷよ(サタンは時空に転送された『ぷよ』の突然変異種、と説明した)が一気に降り注いだ。
「これ、便利かも…」「ぐぐぅ!」
シェゾに速攻で三連鎖攻撃をきめたアルルは、おじゃまぷよの山を見つめて、呟いた…。