「さてと…まだ間に合うだろう」
サタンは副業の仕事を終えて、机の上の時計に目をやった。
「しっかし、手ぶらで行くわけにはいかんにしろ、あまり思わせぶりなのも誤解を招くし、かといってファンクラブ会員へのプレゼント程度というのも…」
サタンは外出着に着替えながら、独り言を言って悩む。
一通りコーディネイトを済ませ鏡の前に立ったサタンの脳裡にプレゼント案が閃き、サタンは指を鳴らした。
「…まぁ、ちと地味なプレゼントになるがな」
サタンは軽やかな足取りで自宅を出た。
自宅から古代魔導学校まで徒歩五分。飛んで行くまでもない短い距離なので、サタンは歩いて行った。
「ルルーの寮は第3号棟の302号室だったよな…んん?」
寮に近い裏門から校内に入ろうとしたサタンは、何故か寮の裏側、校庭の方が騒がしいのに足を止めた。
騒いでいる声はサタンの知っている者の声だった。
「休講日に学校施設を使用する場合は、校長に届出を出さねばいかんのだぞ…呆れた奴らだ」
サタンは裏門を閉めて校庭に近い正門から回ることに…しようとしたが、面倒になったので、翼を出して空を行き、寮を横切って校庭に出た。
校庭では、アルル他数名の知り合いとモンスターたちが追いかけっこをしていた。
「こーらお前ら!何やってんだ!」
「あーっ、サタン様危なぁい!」
ウィッチの叫びにサタンは面食らった。
と同時、サタンは背後から巨大な岩のアタックを食らった。
サタンは、バランスを崩して翼の制御を忘れて自然落下した…。
「サタン…大丈夫?」
「ごめんあそばせサタン様…メテオの呪文に失敗してしまったんですの」
落下したサタンに、肩にカーバンクルを乗せたアルルとウィッチが駆け寄った。
「その程度の未熟な天の魔導で俺に勝とうなんざ百万年早ぇんだよ!行くぜ、アレイアード・スペシャルッ!」
どこから現れたのかシェゾがタンカを切って、三人に得意の魔法を放った!
「わわわわわっ!」アルルが悲鳴を上げる。これだけの至近距離では防御が間に合わない。ウィッチの魔法に防御の魔法はなかった。
「カイザーシールド!」事情が察せないサタンだが、とにかくも魔法を完全に遮断するカイザーシールドを張ってやり過ごした。
「ありがとう、サタン」
「アルル…私は、ルルーの誕生日パーティーがあると聞いて来たのだが…?」
サタンはアルルから返事をもらえなかった。
「レェッツダンシンッ!」
シェゾの魔法に気を取られていた三人の隙をつくように、すけとうだらが後ろに回り込んでいた。
蹴りを放とうとしたすけとうだらは、サタンの姿を認めて慌てて足首を切り返し、勢いを殺した。
「おぉっ、サタンの旦那か。おい、みんな!タンマタンマ!」
すけとうだらがひらひらと手を振った。
「ん…?なんだ、おっさんいつの間に来た?」
「誰がおっさんだ」
サタンに構わず、シェゾが周囲を見回していると…ガヅン!とシェゾの脳天が鈍い音を立てた。
「隙ありぃっ!」ドラコが中空からシェゾに踵落としを極めたのだ。
「あー、ドラコ、一時休憩だって、サタンが来たから…」
着地したドラコが更なる攻撃をシェゾに放とうとするのをアルルが止めた。
「え?サタン様?…あ、ホントだ。みんなー、サタン様来たよ〜」
ドラコの呼びかけに、ミノタウロスとパノッティとハーピーが現れた。
これで全員揃ったらしき様子なので、サタンは皆に問いかけた。
「何をやっていたんだ、お前たちは…」
「鬼ごっこのはずでしたのよ」とウィッチ。
「でも、鬼のシェゾが羽目を外してしまいまして…、タッチしたすけとうだらさんに、交代じゃなくて、自分の仲間になれとか言い出して」
「ルルーも賛成したんだからいいじゃねぇか」シェゾが口を挟んだ。
「それで、鬼は、逃げてる人を『ばたんきゅ〜』させて自分の仲間にする、ってルールを変更して…いつの間にか乱闘状態になってんたんだよね…」アルルが説明を引き継いだ。
「…そう言や肝腎のルルーの奴がいねぇじゃんか」
すけとうだらがきょろきょろしている横で、サタンは肩をすくめた。
(ガキっぽい遊びだな…)
ルルーは確かに格闘技をたしなむが、このような遊びに興じるほどその力の使いどころをわきまえていない娘ではなかったと思うのだが。
「そうそう、サタン様にあのことを説明いたしませんと」
サタンは違和感の原因がウィッチの『あのこと』にあると即座に察した。
「ウィッチ、ルルーがどうかしたのか?」
「あら、なんでみんなこんな所に集まってるの?ゲームの続きは?」
サタンの足元で、ルルーらしい声が聞こえた。サタンの違和感が自乗された。ルルーのものにしては、幼すぎる声―――
サタンは恐る恐る、声の方向に、目を向けた。
空気が、時が、停止した。