「…で、ルルーはどのくらいで元に戻るの、シェゾ?」
「いや、あの泡…術に使った薬品は、目盛りの…十分の一入れたか入れないかだ。満タンの状態で効果が一日だから、その十分の一ぐらい…」
「それだって二三時間はあるよ」
 アルルとシェゾの口調は、まるで世間話でもするかのような気の抜けたものだった。
 その他の者たちは…お互い、言葉を交わす気にもなれなかった。
 幼いルルーは、ミノタウロスに抱かれていることを知った途端に涙ぐみ、己の置かれた状況が判らずに怯えている、内気な少女であった。
「パノ…ねぇ、ルルーさんに、私たちのことを説明してあげたらどうかしら?」
 ハーピーがパノッティにささやきかけた。
「えぇっ!?なんでぼくが!」
「お前が一番この中で、今のルルーに歳近いじゃねぇか」
 すけとうだらに言われ、パノッティはおずおずとルルーの前に出た。ルルーが肩を震わせ、身を竦ませる。
「そんなに、怖がらなくてもいいよ」
「…あ、あなた…魔物でしょ!?」
「そりゃ、そうだけど…別に、きみをどうこうしようってわけじゃないんだから」
「パパとママはどこ?」
 パノッティは救いを求めるように背後を振り返った。
「ルルーって、確かすっごい大商人のお嬢様だよね…?」
「ああ、そうだ。国内屈指の食糧卸業と加工業で著名な商人の一人娘だ」
 アルルの曖昧な記憶を、ミノタウロスが補正する。
「今日はわたしの誕生日じゃないの?」
「あ、ああ…それは判るんだね…。うん、そうだよ」
 パノッティは頷いた。
「それなのに…パパもママも来てないの?また?」
 ルルーの言葉はつたなく、素朴な悲しみがあらわだった。
 きっと…仕事で多忙であろう両親は、幼いルルーをほとんど放ったらかしにしていたに違いない…。
 皆それぞれ、顔を見合わせて、ルルーを哀れむように、優しく見つめる。
「あ、あの…そ、それで、パパもママもいないけど、代わりにぼくらがルルーの誕生日を祝いに来たんだよ!」
 落ち込むルルーの手をパノッティは取った。
「代わりに…?」
 ルルーが顔を上げた。
「ふぅん…やっぱりそおなの。今年は魔物まで呼ぶなんて、パパも凝り性ねぇ」
 と言ったルルーの口調は、限りなく『十九歳の』ルルーに、近かった…。
「ごめん、ごめん。本気で心配してくれてた?でも、パパからわたしのこと聞いてたでしょ?いちおう、最初はおとなしくしてたほうがいいと思ったから」
 既にパノッティは石像と化していた。
「…ガキの分際で早くも猫かぶりかよ」
 幼いルルーに同情した自分を深く諌めつつ、シェゾがボソリと呟いた。
「その分じゃ、わたしのこと、心の底からかわいそうだと思ってくれてたのね。ありがとう」
 ルルーはしゃあしゃあと言ってのけた。
 シェゾの耳にはその言葉は嫌味としか聞こえなかった。
「…俺は帰る」
 踵を返したシェゾのマントの端を、アルルが掴んだ。
「ま、何にせよ、ボクらはルルーの為に集まったんだから。
 ねぇ、ルルー…って、呼び捨てでいいかな?」
「いいわよ」
「じゃ、ルルー。部屋でじっとしてるより、外で遊ばない?キミはそっちの方が好きだと思うんだけど」
「うん!あなた、ずいぶん物わかりがいいのね」
「そりゃ、慣れてるから。…いいよね、みんな」
 アルルは同意を求めて各々の顔を見回す。
「ま、いいでしょ。菓子食ってくっちゃべって、だけじゃ退屈だしねぇ」
「そうですわね」
「いいぜ。どうせオレ暇で来たんだし」
「…ね、パノ?ほら、元気出して〜♪お外で遊ぶんですって〜」
「あ、あのねぇ、ぼくは…………ま、いいけどさ」
 ルルーは、アルルに一人ずつ紹介してもらいながら、ドラコ、ウィッチ、すけとうだら、ハーピー、パノッティと順繰りにメンバーの顔を見て、
「それにしてもパパったら、誰のコネでこんな人たち、集めたんだろ…」
 と呟いたが、誰の耳にもその言葉は届かなかった。
「で、ボクがアルル。キミをさっき抱えてた人はミノタウロス」
 ミノタウロスは腰が引けていた。ルルーに泣かれたことがショックとしてまだ残っている。
「このミノタウロスは、とっても優しくていいミノタウロスだから、怖がらなくても大丈夫だからね」
 ルルーはアルルのなだめるような言葉に激しく反発した。
「さっき泣いたのは…ちょ、ちょっとびっくりしただけなんだから、怖かったわけじゃないわ!」
 そして、ミノタウロスの顔を見上げてませた笑顔を作るルルー。
「あなたの目って、とってもお人好しそうな目ね。そんなんじゃいつも誰かに振り回されそうな感じ」
 アルルは思わず吹き出した。
 ミノタウロスは二の句がつげない。
(普通のこの年頃の少女なら、こうすぐにオレの存在を受け入れられるものではなかろう…ましてやミノタウロスといえば、恐ろしい『魔物』のたとえの典型だ…)
 何か返事をしなければ、と思いミノタウロスは口を開く。
「お、恐れ入ります」
 その言葉は考えるより先に出てきた。ミノタウロスは深く頭を下げた。
「あら、いいのよ別に」
 シェゾは一連のやりとりを見て舌打ちした。
「全く、どーゆー育ち方すりゃこういうガキになるんだかな!…おいアルル、マント離せ!」
「ダメだよ、キミの責任なのに帰るなんて!」
「うるせぇ!この調子なら平気だろうが」
 ルルーが不思議そうに二人のやりとりを見ていると、ドラコがルルーの側に来て言った。
「ねえルルー?鬼ごっこやろうと思うんだけど、どう?」
「…いいけど、あの人誰?」
 ルルーはシェゾを指さした。
「あぁ、あれは変態っていって、ルルーみたいな可愛い女の子に変なことするのが趣味なのよ」
「て、適当なこと言うなっ!」
 シェゾはアルルにマントを引っ張られたままドラコにかみついた。
 ドラコは全く相手にせず、
「じゃ、みんな外に出よう。寮の前が校庭だからそこでいいよね?」
「ああ、そうだな。…おいハーピー、逃げるとき飛ぶのは反則だからな」
「はい、わかりました〜」
「だけどハーピーは走るの苦手なんだよ!せめて地面すれすれを飛ぶとかじゃダメ?」
「そのぐらいはいいんじゃないですの?」
「おいウィッチ…お前、何ほうき持ってんだよ!」
「あら、これは魔女のたしなみですわ」
 ぞろぞろと部屋を出ていく面々。ミノタウロスも斧をそっと部屋に置いて、
「ドラコ、ルルー様を」と、二人を促した。
「さ、ルルー。外に出ようか」
 ドラコがルルーの手を引いた。
「あぁ!待ってよ、ボクも行く!」アルルは慌てた。
「とっとと行きたきゃ行けよ!」シェゾは吐き捨てた。
「でも、シェゾが…」
「あ、そうだ」ドラコがポンと手を叩く。
「鬼決めるの忘れてた。…じゃ、シェゾ鬼ね」
 ドラコはそれだけ言い残して、バタンとドアを閉じた。
 取り残されたアルルとシェゾ。
「シェゾが鬼…?じゃ、早く逃げなきゃ!」
 アルルも小走りで部屋から出ていった。
「…おい。何勝手に決めてんだ、おい。…そ、そっちがその気ならな、アルル!お、俺がお前を捕まえたら、お前は俺のものだ!わかったなっ!」
 シェゾは絶叫と共に部屋を飛び出した。

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