「なめた真似してくれたじゃないの」
ルルーが飲みかけのグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。
「その科白、そっくり貴様に返してやろう…まぁいい、アルル・ナジャ、覚悟っ!」
シェゾは律儀にカフェオレを全て飲み終えてから、背中の荷物に手を伸ばした。
アルルは身を引くのが精いっぱいだった。
「アルル!」友人の危機を見て取ったルルーはテーブルの上の菓子を散乱させずに、鮮やかにテーブルを飛び越え、アルルとシェゾの間に立った。
シェゾは背中からホースのようなものを引きずり出し、アルルに…今のこの体勢ではルルーに、だが…突きつけていた。
「ば、馬鹿がっ…ルルー!」
「きゃあああああぁぁぁぁぁっっっ!」
ルルーの悲鳴が、室内で反響した。
ホースの先から、白い泡状の半液体がルルーに向けて放たれた。たとえるなら、消火器が消火剤を噴射する光景に似ていた…。
「と…止まった」シェゾが呟いた。ホースを持った手は震えている。
ルルーの立っていた位置に、ルルーの身の丈ほどの白い綿を積み上げたような柱が出来ていた。
誰一人とて動かない。動けない。皆、この異様な泡に、判断力と平常心を奪われていた。
すとん、と泡の柱が音を立てて縮んだ。二三割高さが減ったのだ。
「き、貴様、ルルー様に何をした!」
ミノタウロスがシェゾの襟をぐいと掴み、自分の方へ引き寄せた。
「べ、別にルルーにやるつもりじゃなかった、アイツの方が勝手に飛び出してくるから…」
「どちらにしろ、ルルー様に何かあったらただじゃ済まさない」
ミノタウロスがシェゾの襟を掴んでいる手は利き腕ではなかった。右手は、腰につるされている小型の斧の柄を握っている。
「待て、命に別状があるようなモノじゃない、ただ、あれはな…」
「ル、ルルー!?」
アルルの愕然とした叫びに、ミノタウロスはシェゾを放り投げるように放した。
「ルルー様っ!?」
泡の中から現れたルルーを、アルルたち全員はぐるりと囲んでいた。
ミノタウロスはその輪に入るまでもなく…ルルーの変わり果てた姿を認めて、先ほど自分が投げ捨てた男を見た。
「説明してもらおうか」
荷物を肩から降ろしたシェゾは、全員の好奇の視線を浴びながら説明を始めた。
「俺がさっき使ったアレはな、『超高性能!楽々若返りマッシーン!』と言ってな…」
「なるほど、あの泡をかぶせることで人を若返らせる術を楽に使える、と…」
「それで、アルルさんを若返らせて、幼い状態にすれば、簡単にアルルさんの魔導力を吸収できると…安直ですわね」
装置の名前を言っただけで、あとはアルルとウィッチにさっさと結論を言われてしまったシェゾであった。
「…おい、お前ら、俺の説明はまだ終わってねぇぞ」
「何か間違ってんの?」
ドラコが聞き返すと、シェゾは言葉に詰まった。
「そんなことはどうでもいい!どうやったらルルー様を元に戻せるんだ!」
ミノタウロスが悲痛な声で訴えた。彼の腕の中には、十歳に手が届くか届かないかの区別が付かない少女になって、術の影響で眠っているルルーが抱かれていた。ドレスは都合よく、身体のサイズに合わせて縮小されている。
「時間が経てば元に戻るはずだ」
アルルとウィッチは顔を見合わせた。時間制の術は、時間の経過以外に術を解除する方法はないのだ。
「ふわぁ…」
小さな欠伸に、全員の神経が張り詰めた。
「ルルー…様…?」ミノタウロスの腕の中で、眠っていたルルーが目覚めたのだ。
一座が緊張に凍った。
「んん…」ルルーは目をこする。そしてぱちぱちと目をしばたき、ゆっくりと周囲を見回す。
「ね、ねぇシェゾ…この、ルルーは…勿論中身はいつものルルーだよね?」
ドラコは恐る恐る訊いた。
「…わからん」シェゾの答えは答えにならなかったが、すぐにルルー自身が出してくれた。
「あ、あなたたち…だぁれ?」
そしてルルーは自分を抱えている者の顔を見上げて、悲鳴をあげた。
ミノタウロスは愕然とする。ルルーの緑の瞳の縁は潤んでいた。