「何やってるの」
 走って宿に私一人で戻ると、玄関にミノタウロスが立っていた。
「君を待っていた」
「え?」なんで、また。
「…旅をしているんだろう、君は。おそらく武者修行か何かだと思うけど」
「ま、まぁ…そんなトコね」
「ついて行ってもいいか?」
「えぇっ?!」想像を絶する申し出に、私は仰天。
「オレに死ぬな、って言ったろ。だったら、オレに生きがいをくれ」
「生きがい…」
「オレは人間ほど知恵はない。ずっと祠にいて、何も世界のことを知らない。だから、勉強する」
「そ、そう…」確かに、生きろって言った以上、私が責任取ってあげなきゃならないわよね…でも。
「あ、あのね…武者修行じゃないのよ。ホントはね、…その、探している人がいて」
「オレも一緒に探す」
「いや、だから…どこにいるかもよく判らなくて…名前と、ちょっとした特徴ぐらいしか」
「でも、この世界にいるんだろう?だったら探せば見つかる」
「うん、…そうよね…で、でも…一度会っただけだし…」
「一度でも、会ったならわかる」
「…そ、そうなんだけど…その、少し…頭を冷やそうかと…」
 おぉい、と後ろで呼ぶ声がした。
「先に走って帰ったって、鍵を持っていないだろう?」
 と言った主人も息を切らしている。私に玄関の鍵を差し出して…、ミノタウロスの存在に、表情を固くする。
「あ、あの、とにかく、荷物出してくるわねっ」
 私は宿屋の主人の手から鍵をひったくり、玄関を開けて宿の部屋に急いだ。あの二人を鉢合わせさせるなんて…ああ、隠れてろ、とか言えばよかったんだわ!
 荷物といってもスポーツバッグ一つ、まとめてあったからさっさと手に取って、慌てて玄関に戻ったけれど、二人の様子は変わりなかった。
 私は宿屋の主人に鍵を手渡した。
 そして、ミノタウロスと主人とを交互に見て、
「…後悔したって、恨んだって…結局何も変わりはしないんだから。忘れろとは言わないけど…いつまでも立ち止まってたって」
 違う、こんなことを言いたいんじゃない。
「その、…だから、私がその奥さんに似てるっていうなら、その私をイライラさせたり心配させたりするようなことは止めてよねっ!」
 ミノタウロスと、宿屋の主人は初めて顔を見合わせた。どちらかといえば、友好的な表情で。
 今のは、効いたわよね、…多分。
「さてと…さっさと行くわよっ!ついて来たいって言ったのはミノタウロス、アンタの方なんだからね!」
 私はミノタウロスに荷物を投げつけた。ミノタウロスは危うい手付きながらもスポーツバッグを受け取った。
 主人は、私がミノタウロスを連れていくことより、
「行くって…帰るんだろう?!」
 という方に驚いた。
「帰る?」と怪訝そうなのはミノタウロス。
「うーん…」私は腕を組んだ。さっきは気持ちが沈んでたし…今も少し、まだそれを引きずってる。私の性格からして、これからもいろんな場所で事件に首を突っ込むだろうし、その度に自分に自信をなくして…。
 私はちらっとミノタウロスを見た。
 連れがいればなんとかなるかしらね。一人より二人の方が喜び二倍、悲しみ二分の一っていうじゃない。
「ま、これからはずっと野宿ね…」今回は、運が良かったけど…今度宿屋に泊まろうものなら、あっという間に捕まっちゃう。
「オレは別に構わない」
 そりゃ仮にもミノタウロスであれば、…って、ちょっと待ちなさいよ。
「『構いません』!…敬語をお使い!貴方が私についてきたいって言ったんだからね、その意味判ってる?」
「どういう意味な…んですか?」
「つまり!貴方は私の家来なの。家来ってのは…」
「いや、意味は判る…判ります」
「よろしい」そうよね、ミノタウロスに慣れ慣れしくされるってのもちょっとアレだし、予防線張っとかないと。
「帰らないんだね…」私とミノタウロスのやりとりを見て、宿屋の主人がため息を吐いた。
「あら、だってやっぱり…」サタン様のことは、諦められないし。
「いや、責めやしないさ。頑張ってくれ。…苦労も多そうだが」
 と、何故か最後のねぎらいの言葉は私ではなく、ミノタウロスの方を見て主人は言った。
「早く行かないと、巡査が君のことに気付きかけているからな」
「そうね、色々とありがとう。…じゃ、行くわよミノタウロス!」
 私はミノタウロスを促し、さっさと歩き始めた。
「あ、ああ…はい、…ちょ、ちょっと待ってくれ、じゃなくて…待って下さい、この荷物、オレが持つんですか?」
「当たり前でしょ!これから荷物増えるだろうし、そしたら体力がある方が持つってのが基本なのよ!」
「は、はぁ…あの」
「何よ、文句ある?」
「…やっぱり、ルルー…様、とか…」
「あーら、ちゃんと判ってるじゃない。感心感心」
「…はい、これからルルー様とお呼びします…」

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