交渉といっても、人がミノタウロスの祠に入ることができるわけがなく、結局は交渉役に“伝言”という形で話し合いは進められた。
「…報告したぞ」
 十分かそこいらで、ミノタウロスはさっさと出てきてしまった。
「報告だと?!」と、副町長―――イケニエ選定の一件がバレて、町長は謹慎中―――が眉をひそめた。「我々の意志を伝えたか?」
「…昨晩の祭りの一件、長老様が死者の中にいたことを言った。次期の長老はオレの親父だが、親父はこの祠から引き上げると言った。少なくとも、もうこの村からイケニエという形の犠牲の要求はされない」
 淡々とミノタウロスは言った。
 十数人の町代表の面々は、重大な事実がいとも簡単に語られてしまったことに呆然としてしまい、しばらく言葉を失った。
 喜びは徐々に彼らの心に染みていく。
 手を取り合い、喜ぶ村人。私もその輪の中に巻き込まれて―――でも、私は彼が気がかりだった。…これから、どうするんだろう。
 村の皆に知らせに行こう、と祠から引き返そうという話になった頃、突然村の方から人が二三人走ってきた。
「巡査がアンタを探してたんだけど…」村人は、私と一緒に交渉に来た宿の主人に走り寄った。
「巡査?」
「ああ、なんでも、例の捜索依頼がどうとか…そうそう、お嬢さん!貴方のことが気になるって言ってました。なんか、似てるとか、なんとか」
 な、なんで私に話が振られるわけ?
「ああ、そ、その…ちょっと来てくれ」
 宿屋の主人は私を、不審そうにしている村人の視線からかばうように引き寄せ、耳打ちしてきた。
「…実は、もう一つ黙っていたことがある…。君のお父さんは知恵者だな」
「な、何で私のパパの話が…」
「君が家出したと同時、君のお父さんは、君の情報を、警察と宿屋組合に通じて各地の宿屋に流したんだ」
「なんですってっ!?」
 ど、道理で!いくらなんでも、私の格闘技の腕を、看板叩き割ったぐらいで信用できるわけ、ないわよねぇ…。
「でも、もう帰るんだろう?」
 そうだ。さっき、そう自分で言ったばかりだった。
「…えぇ。宿に、荷物…取りに行かないとね」
 言って、私はあのミノタウロスの姿が消えていることに気付いた。

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