昨晩の焼き討ちは大成功だった。
 何とか火から逃れて出てきたミノタウロスも、だいぶ弱っていたから、捕まえるなり、…殺すなりすることは、戦いの素人の村人にも可能だったみたい。
 祭りに来たミノタウロスの総数は四十。とはいえ、全員が里から出てきたわけじゃなくて、まだミノタウロスの祠にはミノタウロスがいるらしいけど…交渉でもするのかしらね。これからはイケニエ要求するな、とか。実力行使が効いたんだから、村人の立場は多少有利になったでしょうし。
 私は勇者扱いされた。…当然よね。でも気が重い。
 村…違った。ここは町だったわね…中の歓迎や招待を拒んで、私は最初に泊まった宿に篭もっていた。
 今、食堂で、私は遅めの朝食を取っている。
「…会ったわよ、貴方の奥さんを見殺しにしたらしいミノタウロスに」
 主人は何も言わない。私は勝手に続けた。
「…あの分じゃ、きっと覚えてた。貴方の奥さんのこと。で、助けられなかったことを後悔してたんでしょ。だから私を助けて、自分も死ぬ覚悟だって」
「たとえ忘れてたとしても、絶対に思い出しただろうさ…」
 私は顔を上げて主人を見た。
「そっくりなんだ、君は。私の、…妻に」
「…そういうことだったの」
「気分を悪くしたかい?」
「…いいえ。得したわよ。親切にしてもらって」
 私は力なく笑った。主人もつられて笑う。
 笑いはすぐに収まった。
「…馬鹿みたい」
 この町…いえ、村の因習も。今まで逆らわずに堪え続けた村人も。イケニエなんか要求したミノタウロスも。
「誰もかれも、みんな馬鹿じゃない」
 ミノタウロスの癖にのこのこ人里に降りた幼いミノタウロス。憂さ晴らしに襲った村人たち。助けた主人の妻。
 妻がイケニエに選ばれても何もしなかった主人。聞いた話で知った、デブの孫娘を厄介払いの為にイケニエに選んだ村長。
 …他所者のくせにでしゃばった私。サタン様にもう一度会いたい、それだけで家を飛び出した私。
「…帰ろうかな」
 え、と主人が露骨に驚いた。
「家出してきたのよ、私。会いたい人がいて。どこにいるかもよく判らないのにね」
 名前と、カーバンクルという生物をペットにしてて、彼との婚儀の証にそれが与えられる、ってことぐらいしか知らないのに。
 そう…結局の所、私はあのミノタウロスを殺してしまったことを、後悔しているのだ。私自身が手を下したわけじゃないけれど、結果はそうなる。…多分、彼があの奥さんを見殺しにした時も、こんな気分だったのかと、思う。
 考えようによっては、この程度のことで、私のサタン様に対する想いは、消えてしまうほどのものでしかなかった…ということなのかもしれない。だったら、もう…。
 ドンドン、と玄関の戸が激しく叩かれた。
「おい!ミノタウロスとの交渉に行くが、来るか?」

 一人だけ、祠のミノタウロスとの交渉役に、捕虜としてミノタウロスを殺さずにおいた、っていうのは聞いていたけど…。
「…死ねなかった」
 私を見て、ポツリとそのミノタウロスは言った。
「…ミノタウロスって何百年も生きられるんでしょ。これから、ずっと罪を背負って生きなさい。死んだら、私が許さない」
 私と彼との会話で、この話が出たのは、この時が最後だった。

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