オレは周囲が急に明るくなったのにはっとした。火がつけられた。オレ達は火攻めにされるんだ…。
オレは為す術が思いつかず、娘と炎とを見比べた。他の皆は、まだ呆然としたまま、その場で立ちすくんでいる。
娘は逃げようとしない。オレを睨みつけたまま、戦闘の構えを解かず、この場から動こうとしない。
「…何を」
オレが娘に語りかけると、娘は地面を足で擦って、防御の構えを取った。
「…何をやってるんだ」
「どういう意味よ」
ちゃんと応答があった。オレはほっとして続けた。
「逃げろよ」
「なんですって?」
「逃げろよ…このままじゃ、君も焼け死んでしまうじゃないか」
「そりゃそーだけど、アンタを放っておくわけにはいかないわ!」
「オレだったら、逃げない」
罰だ。
あのひとを助けなかった、これは罰だ。
だから、せめてじいさんや仲間たちと、オレはここで死ねばいい。
「…いい覚悟ね」
私は構えを解いた。このミノタウロスからは、殺意や闘気といったものが全く感じられないから。
「だったらここで死になさい…」
ミノタウロスと戦わずに済んだことが残念でならない武闘家としての私、安堵する人間としての私、両方が深く息を吐いた。
呆然と立つミノタウロスを背に、私は退路に向かおうと…。
私って、バカだわ。
詰めが甘い、ってこのことかしら。
忘れる方が悪いと言われれば、それまでだけど…。
そうよ、火をつけたら、すぐ逃げなきゃ…。
火を見て、正気に帰った者、或いは自分の身体に引火してパニックになったミノタウロスが、暴れ出すだろうって…。
言ってたの、自分よね、確か。