昨日行った村長の家に行くと、
「いやあっ!私、死にたくない!」
 玄関から中に入るなり、女の子の悲鳴が廊下まで響いてきた。
「これも村の為だ!おとなしくなさい!」
 叱侘するのは、昨日会った町長…村長さんの声。
 私はそろそろと廊下を歩く。口論は絶えない。ドタバタと足音、布の激しくぶつかる音。
 ここらしい、と思われるドアを開けると、
「開けるな!」
「出して!」
 同時に声が飛んできて、ドンと何かがぶつかってきた。重い衝撃に、私は吹っ飛ばされ、廊下に尻もちをついた。
「ちょっとっ…」
 武闘家としてのプライドが、何かが廊下を進んで行こうとするのを阻もうと決意させた。
「いきなりぶつかっておいて、挨拶もないのっ!?」
 私はタンと廊下を爪先で押して、ひらりと跳んだ。
 『何か』を飛び越え、その目の前に着地。
「さ、謝ってもらいましょうか!」
「だ、誰よあなた!」
「アンタこそ誰よ」
 白い布を巻き付けた肉の塊としか見えない、一応若い娘…みたい。こんな『モノ』、人間とは形容しがたいんだけど。
「アタシは死にたくないのっ!もっとおいしいもの、たくさん食べたいんだから、どいてよっ!」
 ―――死にたくない?
「…まさか、イケニエってアンタ…?」
「そ、そうよぉっ!おじい様が、私が村一番の美人だからっていうから…でも、直前になると、怖くって…」
 プッチン☆
 ゴムが切れたような音が、耳の側で聞こえてきた。
 私は、自分のほっかむりをはぎ取った。
「こ、こ、こ、こ、こんなデブ女が、私より美人ですってぇぇぇっっっ!冗談じゃないわよっ!アンタが美人だったら、私は世界一の美女として世界に君臨できるわ!」
「…そうね、あなたきれいね…」
「そうよ、美人でしょ?」
「イケニエに、ならない?」
 助かりたい一心で、私を持ち上げてるみたい、この女。
 私は、軽蔑の眼差しをたっぷりと送って、
「いいわよ!最初っからそのつもりで来たんだから!」

「どう?」
 イケニエ用の白いドレスを纏って広場に再び戻った私は、真っ先に主人の元へ行き、微笑みかけた。
「うまく行ったわよ」
 主人は目を丸くして、私を凝視している。…ちょっと、驚きすぎじゃない?
「そんなに見とれないでってば」
「あ…ああ。どうやって…いったい」
「ま、ちょっとね。楽勝だったわ。で、私の作戦の話、皆にしてくれた?」
「まだだ」
「してくれなきゃ…ん?」
 私はふと、異常なまでの人の気配を感じて、周囲を見回すと、
「あら、どうしてこんな野次馬が…」
 しかも、男ばっかりの。
 野次馬から、一人の若者が私の方に進み出てきた。
「きれいだ…あなたは…」
「行きずりの旅人だけど?」
「どうして、こんなイケニエなんかに…」
 根が単純らしくて、私のイケニエ姿を見て、若者は目を潤ませている。
 …悪いけど、利用できそうね、この彼。
「実は、村長が旅人の私を見て、可愛い孫娘を殺したくないばっかりに、身代わりになれと無理矢理…」
 出来るだけなよっとしたしなを作って、私は若者に寄り添った。
「そ、そんな…!こんな美しいあなたを…それも旅人だというのに、身代わりになんて…」
「これも、持って生まれた宿命でしょう…私は甘んじて受け入れます」
「あ、あんまりだ!」
 と叫んだのは、若者だけじゃなかった。野次馬の所々から、同じ叫びがあがった。
「イケニエとされた娘は、どのようにしても命は助からない…古くからのここの言い伝え、私も聞きましたわ…。どうか、よそ者の私の命をおんばかるようなことを、なさらないでください。むしろ、私なんかが村の娘さんのお役に立てて、嬉しいぐらいですわ」
「それはいけない!あなたを僕は助けてみせます」
 若者は、ぎゅっと私の手を握ってきた。なれなれしいわね、…ダメダメ、ここで短気を起こしたら元も子もないじゃない。
「あの…それでしたら、お願いが一つ」
「なんでも聞きます!」
「村の皆様にも、協力して頂ければ…。うまくいけば、この村からミノタウロスを退けることができるかも知れませんわ」 「そ、それはいったい!」
「では、今からお話しします…」
 うまく行ったわ。してやったり!ってなモンよ。

 ルルーは知らない。
 自分を村に招き入れた、宿屋の主人が、
「本当に、聞いた通りの性格だ…」
 と、野次馬から離れて、呟いていたのを…。

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