「インケンな村ねぇ…」
私の、この町の第一印象が今の言葉。
法制上では町らしいけれど、人や建物の雰囲気は、まるっきりのどかな農村のイメージそのまま。
だけど、村…町全体の空気が、なぁーんかどんよりしてて重い。歩いている人がほとんどいないし。一応町なんだから、村よりは人口は多いはずなのに、行き交う人は少なく、表情が暗い。
これで、久しぶりにお風呂に入って、ゆっくりベットで寝よーっと音符なんて思ってた私の軽やかな気分はぶち壊し。
「旅の人…ですか」
「え?」
町の入り口―――町の案内図なんかが、横の立て看板に書かれている―――で立ち止まっていた私に、声を掛けてきた村人。
もしかして、さっき『陰険な村』だって言ったのが聞こえたのかしら。その通りだと思うんだけど、悪かったかしら?
「美しいお嬢さんだ」
「あら、ありがとう」
こんな田舎の中年男でも、レディを褒めることを忘れないのね。感心、感心。
「身なりもいいし、悪いことは言わない…宿を取るなら、馬車か何かで隣町の方へ行きなさい。この町に泊まっちゃいけない」
「へぇ?何故かしら?」
「…出るんだよ」
男は声を低くした。
「出るって…お化け?」
「お化けならまだいい、ミノタウロスだ」
「ミノタウロス?」
「ここの北、ほら」
男は私の手にあった地図を引っ張って、トントンと指である場所をつついた。さっき私が見つけた、洞窟を示してるみたい。
「ミノタウロスの祠だ。ここにミノタウロスの連中が棲みついている。今日、連中から触れが出たんだ。なんでもミノタウロスの長老の孫が成人したとかで、祭をやれと…」
「お祭り?私、お祭り大好きよ」
「何を言っているんだ、連中の祭りだ。村で一番美しい女を一人差し出し、町中の酒を用意して大宴会を開き…」
「楽しそうじゃない」
「何を言ってるんだ、女が一人、ミノタウロスに食われるんだぞ!」
「食われ…え?食べるわけ?女の子を?パクっと一口で?」
「一口でも二口でも同じことだ、悪いことは言わない、早くこの町から出てくんだ。イケニエには、町長の孫娘が選ばれた。町長は孫娘可愛さに、行きずりの旅人のお嬢さんでも替え玉に………」
男はそこで言葉を止めた。目の前にいる美少女は、なにか考え込んでいる風情である。
「ふぅ〜ん…ねぇ、おじさん。どうしてここは“町”なのかしら?そんなに人は多くないみたいだけど」
関係のない話題に、男は首をかしげながらも、
「北の…その祠のある山に、金鉱が見つかってな。金目当てに、にわか人々がこぞって移住してきて、人口が増えたんだ。だが、このミノタウロスの言い伝えがバレたとなると、また“村”に逆戻りだな…」
話題は戻った。男はため息をつく。
「ふぅん…私って、結構はしたない真似を思いつく女なんだわ、ダメねぇ」
「???」
「ねぇ、おじさん…ミノタウロスのお祭り、私が止めさせてあげよっか」
「えっ?」
「おまけに、以後ミノタウロスの連中が、イケニエを要求してこないようにしてあげよっか」
「ええっ?」
「こんなひなびた村にしか見えないトコが町だなんて…んー、そう、何かあって人が増えてきたから…お金がらみの可能性が一番高い。やっぱり商人の娘ね、私」
「さっきから、何を言って…」
「種明かしよ。さ、ミノタウロスを退治してあげる救世主を、村総出でおもてなししなさいな。お金持ちなんでしょ、この『村』」
私は、自分の魅力を100%引き出す笑顔を、男に向けた。