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マンダノ沢源流・龍又の沢、天狗の沢探索編
 龍又の沢の源流岩魚は、今まで見たこともない個性的な岩魚だった。顔の黒さと全身が濃い橙色に染まった美しい魚体・・・。「天狗」とか「龍」といったこの世に存在しない幻の名前・・・昔から人間が容易に近づき難い聖域であったことが分かる。マンダノ沢源流の岩魚は、そうした聖域に棲む独特の岩魚だった。
龍又(タツマタ)の沢探索
 本日は沢登りではなく、竿を担いでマンダノ沢源流の岩魚調査だ。まず全員で龍又の沢に入る。連日の好天で流れは底まで見える透明度・・・岩魚の走る姿は見えるが、苦戦は容易に推定できた。
 淵の左に黒くゆらめく姿が数尾見えた。竿を出す金光氏に、「左の淵に岩魚がいるよ」と言うと、「それは石じゃないか」と疑う。そこへ餌を入れたら、すぐに釣れてきたのが上の岩魚だ。腹部が橙色に染まったニッコウイワナ
 底まで透き通る流れを釣る。走る魚影は見えるのだが、なかなか釣れない。
 龍又の沢の岩魚・・・まず驚かされるのは、顔の黒さだ。まるで顔に墨でも塗りつけたような形相は、初めて見る特殊な顔だ。明らかにサビついた岩魚の顔とは異なる。こうした個体は数尾確認した。これはどういうことだろうか。全く理解に苦しむ。
 同上のアップ。目と口の周辺、鰓ブタまで黒い。よく見ると、口の中、前ビレ、腹部にも黒い点々があった。
 小滝で、長谷川福会長が岩魚を釣り上げ、満面に笑みを浮かべる。その岩魚が踊っているのがお分かりだろうか。
 この岩魚は、マンダノ沢で普通に見掛けるニッコウイワナだ。
 瑞々しいフキユキノシタ。龍又の沢では、その群生の規模が大きく、至るところに生えていた。それだけ雨が多く、湧水も多いことを物語っているのだろう。
 龍又の沢のブナ。右岸に、ブナの森に囲まれた素敵なテン場があった。
 カラマツソウ
 枝が折れて渓に落ちていたブナの葉と実
龍又の沢二又、魚止めの滝に潜む岩魚
 右に5mほどの魚止めの滝がある。穏やかで美しい岩魚の楽園は、ここまで・・・。
 二又より上流の渓相。谷は一気に狭まり、箱状となる。例え岩魚が生息していたとしても、増水すれば容易に流されるだろう。岩魚にとっては過酷な渓だ。
 龍又の沢魚止め4mの滝。
 魚止めの滝壺で釣れた岩魚。龍又の沢の岩魚を象徴するような黒い顔に注目。側線の上下に鮮やかな橙色の斑点があり、どこかヤマトイワナに似た魚体だ。
 同上のアップ。口も顔も真っ黒だが、薄っすらと橙色の口紅をしている。腹部は、濃い柿色に染まり、これぞ源流岩魚と呼ぶにふさわしい個体だ。龍又の沢は、キャパシティも小さいだけに、キープは最小限にとどめ、リリースを心掛けたい。
 どこまで岩魚が生息しているのだろうか・・・4m滝の上を探索してみることにした。
 体を低くし、慎重に滝上を探る中村会長。小滝が連なる源流部は、どこまで行っても岩魚の魚影、アタリはなかった。それもそのはず、厳しい渓谷を見れば、とても岩魚の楽園とは呼べない渓相が続いていた。
天狗の沢探索行
 引き返し、天狗の沢入り口に懸かる7m滝上部へ。この滝上には、釣り人たちの手によって放流された岩魚が生息していることを何度か聞いていた。ここは左を巻く。
 トヨ状の滝を登る。天狗の沢は、ナメと小滝が連続していた。
 龍又の沢とは一転、美しい岩魚が生息していた。しかし・・・。
 凹凸のある赤茶けたナメは、歩きやすい。遠くに朝日岳稜線が見える。滑床の小滝が続く渓は、川虫も岩魚も隠れる場所がほとんどなく、岩魚の生息を確認できた距離は、何とわずか数百mに過ぎなかった。天狗の沢は、マンダノ沢へ岩魚を供給する種沢的存在で、キャパシティも極端に小さいことから、例え釣り上げたとしても全てリリースするのがベターだと思う。持続的な釣りのために・・・。
 キンバイソウ・・・金梅草の名にふさわしく、黄金色の花を咲かせる。一般に山地帯〜亜高山帯の林縁や草地に生える大型の多年草。清冽な流れの岩盤に生えたキンバイソウは、一際美しい。
 当初の目標は、明日食べる分も含めて、8寸以上の岩魚一人4尾、4人で16尾の設定をしたが、龍又の沢、天狗の沢とも意に反してキャパシティが小さ過ぎた。結果的に目標の半分・8尾をキープするにとどめた。
 この時期は、ウルイの旬はとうに過ぎている。ところが残雪が遅くまで残る斜面には、まだ葉が開かない旬のウルイが生えていた。小雨が降り続く中、山野草にカメラを向け、山菜を摘みながら天狗の沢をのんびり歩いた。
 清冽な流れの岩盤に瑞々しいダイモンジソウの葉が連なっていた。
 ガクウラジロヨウラク(ツツジ科)・・・花が下に鐘状に垂れて見えるヨウラクツツジ類は、ツリガネツツジとヨウラクツツジの二つがある。よく似たウラジロヨウラクは太平洋側に分布している。
 天狗の沢には、ガクウラジロヨウラクの低木がたくさん見られた。一般に湿原がチシマザサ群落に移り行くあたりに多く見られるという。ここでは、沢と緩い草原の斜面との境目に多く見られた。
 日当たりの良い草原状の斜面には、ウルイの花やニッコウキスゲが咲いていた。
 7mほどの滝。ここは左を大きく高巻く。この上流も2mほどの小滝が連なっていた。
 午後3時、まだまだ時間はあったが、岩魚のいない渓を歩くのもつまらない。降り続く雨に正面の山も煙って見えない。テン場をめざして足早に下る。
借景の文化と源流酒場
 今夜はマンダノ沢最後の晩餐。焚き火を囲みワイルドな料理を楽しむ。手前の中村会長は、フキの炒め物、奥の金光氏は岩魚の皮と頭、骨の空揚げ料理をしているところ。キープした岩魚8尾だったが、うち1尾はリリース(手が滑って逃げられただけだが・・・)焚き火手前の塩焼き岩魚は、明日の昼用。夕食は岩魚3尾の刺身と、その残りの空揚げ料理にとどめる。
 外は小雨が降り続いていたが、盛大な焚き火を囲み、現地採取・地産地消の料理に舌鼓をうち、熱燗を飲む。山釣りのクライマックスは、何度やっても中毒になるほど楽しい。日本には、美しい原始庭園を露天風呂や川床料理などに取り込む「借景の文化」があるそうだが、源流酒場は、その最たるものだろう。中毒になるのも当たり前か・・・。
翌朝濁流・・・雨が降れば地獄
 翌朝5時、外は小雨程度だったのに、急に沢が増水、あっと言う間に濁流と化した。恐らく山の頂上付近で大雨が降ったのだろう。4日分の食料も底をついていただけに、仲間の誰もがマンダノ沢に閉じ込められたような不安に襲われた。「山は天気が良ければ天国、雨が降れば地獄」の言葉を思い出す。まぁ、酒はなくとも、山菜と岩魚を食えば死ぬこともない。

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