津軽陣屋

概説 ふつう津軽陣屋というと、千代ケ台陣屋がよく知られているが、それ以前の津軽陣屋は今の西小から西中にかけての一帯にあった。幕府直轄になる前である。
 北方問題がきびしくなったため、幕府は蝦夷島を松前藩だけにまかせておけないとして、寛政9(1797)年9月、津軽藩に出兵警備を命じ、同藩は翌10年1月、約300人の兵を箱館に到着させ、寺院などに分宿して任務についた。当時はまだ松前藩時代だったが、同11(1799)年から幕府が直轄を始めたので、津軽藩は千代ケ台に元陣屋をつくり、砂原と択捉に勤番所を置いた。[はこだて歴史散歩P76より]
松前藩時代の津軽陣屋があった場所
訪問記[2001/07/14]称名寺の向いにある西小と西中。今日はお盆の期間のため墓参りの人出が多く、お寺の周囲には花屋さんなどの露店も出ていた。
所在地北海道渡島支庁函館市弥生町。函館市立西小および西中の校地
参考書『はこだて歴史散歩』