やっぱり田舎です。 観光の人がちらほら土産物屋をのぞいています。 ほとんど私に注意を払わず、とても気軽です。 私の方も、悪人に注意を払わずにすむので、退屈ですがここで夕方まで過ごします。 お昼も何かおいしいものを食べます。 崖上の教会はケーブルで85エスクードです。 昨日行ってみたのですが、ナザレの街と波の寄せるのを見ただけです。 YOさんが、教会が「タイル張りできれいでした」と言うので、また登ってみました。 内部は、前方はこちら特有のものでしたが、後方のドアを入っていくと 全部、壁、天井までタイル張りできれいでした。 タイルといえば、スペインもポルトガルもいろいろあって欲しいのですが、 荷物になるので買うのを悩んでいます。 ポルトガルは英語が通じます。なぜなのでしょうか? 船乗りも多いことのひとつですし、国が小さいので、 やはり英語を話せないと生きていけないのでしょうか? たぶんそう思います。
ここ、ナザレに来るまでもかなり田舎を走りました。 とてもいいところです。都会は飽き飽きしました。 当たりに気をつけて過ごすのが、とても気疲れです。 おまけにマドリッドでは、刃物を持ってモノを奪うそうです。 しかも、空港行きのコロン広場付近で何人も被害に遭っているとか。 日本人だけではないそうです。 警察はもっとちゃんと見てくれればいいのに。 今からとてもこわいです。 SOさんの忠告通り、タクシー代はかかりますが、 ホテルに頼んでもらって安心を買った方がいいですね。
ちょっと観光地化したきらいはあるのですが、 それでも人の人相をうかがいながら過ごさずに済むので心が落ち着きます。 日本人が珍しいのか、田舎の人のためなのか、よく見つめられます。 以前、ナザレのことをテレビで見ましたが、こちらの未亡人は黒の服を着ているので、 それがとても多く、異様に感じます。 おばさんはどこの国でも長生きなのでしょう。 昼間は短パンでなくてはとても過ごせないのに、午後6:30ごろ宿から外に出ると、 肌にひんやりとした風が当たり、涼しいというより肌寒さを感じました。 みんな浜に出てみるでもなく、波の押し寄せる様をジッと見ています。 非常にのんびりとしています。 カーペット屋もいますが、トルコのように声かけしません。 スズキとタイの大きな切り身と大切りのポテトを、 こちらのスープ(ちょっと酸っぱい)で煮てあるのですが、おいしかったです。 ビールを飲んで、パンを食べて900エスクードです。 夕食は、イワシの塩焼き(天火)とサラダ、 そして野菜スープ、パン、ビールで800エスクード、560円でした。 たっぷり食べて、食べきれないので残しました。 イワシ4匹はみんな食べました。 油がよく抜けておいしかったです。 昼食は、リスボンから同じバスに乗っておしゃべりした、 奥さんが日本人、ご主人が外国人の2人連れと一緒に食べました。 お互いに写真を撮り合いました。 ご主人は日本に何年も住んでいて、日本語はペラペラです。 スペイン語と英語が話せるそうです。
ポルトガルならここ、と言われるぐらい よくテレビで紹介されていたモニュメントがリスボンにあることがわかり、 急遽そこへ行くことにしました。 このはがきを買ったキオスクのおじさんが「15」のバスで行くといいと教えてくれました。 ほとんど観光バスツアーの人たちばかりで、ドッと来てサッと消えてしまい、 私の歩いて帰る道は再び公園の側を通るので、人通りも少なく大急ぎで歩いて往復しました。 とても大きなモニュメントで、ロケーションはヨットハーバーでした。 今日1日暑い日でしたが、パーカーを腰に巻き付けてお金のあり所を隠していました。 両替所で待っていると、人相の悪い黒人男性が私の前に割り込んできました。 しかし、危なそうだったので先を譲りました。 カウンターの職員も警戒しているようでした。 お城行きも、安全を考えてタクシーとバスで往復しました。
どちらも乾いた赤い大地、丘陵の起伏が果てしなく続き、作物もわびしく、 オリーブの木がどっさり、という感じでした。 建物も、白壁に赤い(赤土)屋根でした。 ところが、リスボンからポルトへの移動で窓外に広がったのは、緑多い丘陵地。 しかも松林がほとんどでした。 その他の木もありましたが、私にはわかりません。 スペイン(アンダルシア地方)ではかなり暑かった(コルドバで37℃)ですが、 リスボンでは、日中でも日陰はちょっと肌寒く、長袖を着ている人もいます。 ポルトはさらに涼しい、というふうに感じました。 日の当たるところは暑くて、上衣を着たり脱いだりしました。
ガスパチョ(野菜スープ)は、アンダルシア地方の料理です。 マラガで一番おいしいのを飲みました、セットメニュー875ペセタ=700円。 スープ又はサラダ、メイン(野菜入りオムレツ)(サラダ付イカリング上げ)(サラダ付ポークカツ) を選ぶ。そして飲み物はワイン、ビールの中から1つとデザートです。 「これは、日本で700円では食べられないよね!」と言いながら食べました。 ガスパチョもずっと飲み比べてみました。セビリアのも良かったです。 トマトをベースに作ったスープで、皿に盛ったトマト、ピーマン、ニンジンパンをそれぞれ 7mm角に刻んだものがスープのカップに乗せられてきます。 パエリアは、魚があまり好きでない私にはちょっと生臭くて、 ご飯が十分炊けていないので芯があり、2度ほど食べてやめました。 スペイン料理には酢がうまく使ってあるので、私の口に合い、おいしく食べることができました。 ポルトガルに入ると、ファーロではレストランをたくさん見かけ、魚料理もたくさんあるようでしたが、 リスボンとポルトでは、バルはほとんどショートケーキとパン、コーヒーその他の飲み物を売っていて、 本格的な料理を見かけません。
宿探しもだいぶ楽になりました。 今回スムースに宿が決まったのは、前もって訪れるところのマップとホテルリストを 前の街で入手していたことです。 スペイン、ポルトガルではバスの移動をしていて、到着場所がわからずオタオタしていました。 しかし、ここポルトに関してはバスガイドさんに地図で確認しておいて、 ホテルリストでその場所を探して4、5軒見つけておきました。 ちょうどホテルがバスターミナルの見えるところにあったので、条件も良くすぐ決まりました。 次回はマドリッドですが、街のどこに着くか、リスボンの案内所に聞いておけば 大体予想もつくので安心です。そうするとホテルは探しやすいです。 リスボンでは、ヘンなおばさんのおかげで宿もすぐ決まり、今回もうまくいきました。 小さな街でしたらいいのですが、リスボンとかポルトのような大都会では、 前もっての情報集めも大切でしょう。 ポルトの宿はご夫婦そろっていい人です。 バス・トイレ、テレビに広い部屋付きで、1泊3000エスクードです。 バス停の近くなので、バスで移動の人には特にいいと思います。
ポルトを訪れた還暦"猿頑石"からTELが入った。 セビリアでのひったくり事件の後遺症もなく、落ち着いていたのでひと安心である。 体調は問題なく、ほぼ予定通り旅を続けているとのこと。 ポルトガルには9/24に入国し、リスボンからロカ岬(ユーラシア大陸最西端)と ここポルトを訪れているらしい。 明日(9/28)、再びリスボンに戻り市内観光。 その他、ナザレとオビドスに寄りたいと話していた。 スペインのマドリードへは、10/1深夜発の夜行バスを予約したとのこと。 毎日運行していないので、マドリードでの滞在日数が少なくなったとぼやいていた。
今日は、シントラ、ユーラシア大陸最西端のロカ岬、カスカイスの海岸線を観光しました。 いつも感じることは、観光バスは時間に追われてゆっくり心ゆくまで見ることができないのと、 ツアーの人たちとはぐれないことが気がかりで、物足りないのです。 今日もロカ岬の到達証明証を手に入れようとしたのですが、 景色をゆっくりと見ていたら時間が来て、とうとうあきらめました。 ノルウェーにあるヨーロッパ最北端のノールカップ岬にも到達証明証はありましたが、 絵はがきだけで済ませ、また、そこで撮影したフィルムの郵送便が紛失したこともあり、 せめてロカ岬と思ったので、残念でした。 岬はどこも殺風景です。 しかし、海の色は美しいエメラルド色で、あの果てが大西洋なんだとしみじみ感じました。 暖かいところなのでしょう。 たくさんの植物の花が群生していました。 シントラはだれかが「エデンの園」とか、言ったとか。 赤土の丘陵地帯ばかり見て来た私の目にも、やさしい緑が新鮮に映りました。 日本ではざらに見られるのですが。
バスターミナルに着いて案内所を探しあぐねて、ポスト・オフィスに入ってみました。 案内所はどこですか?と尋ねてみますが、英語は通じません。 英語で職員に尋ねていたら、身なりの派手なおばさんがホテルの場所を教えてくれました。 よく理解できない私に「ちょっと待ってね」と用事を済ませた後、 ホテルまで案内してくれ、交渉までしてくれました。 フロントの値段と条件を私に英語で伝えて、私が了解すると 一緒に部屋に入り、トイレの電気から室内灯、テレビのスイッチなど色々とチェックしています。 「朝食は運んでもらうの?」と私に尋ね、その条件まで電話で確認してくれたのです。 ちょっとわからないところもあり、あまりにお節介なので不安感を抱きましたが、 今のところお節介おばさんのようです。 私とメール交換をしたいらしく、メール交換をしました。 メールをあげますと言うと、大変喜んでいました。 アジア人と文通しているとか、夫がノルウェー人だとか言っていました。
遠くから眺めると美しい街並みでしたが、至る所荒れた建物もあり、工事中だったりして お世辞にもきれいとは言えません。ゴミゴミしています。 ちょっぴりだけど、急傾斜の電車に乗ってみました。 片道150エスクードでした。 観光客が嬉しそうに乗っている姿を見受けました。
ファーロに着いて不安な私は、日本人の若い男性を見つけました。 「日本人ですが、情報を下さい」と言ってホテル事情や両替について聞きました。 不安そうな私に付き添って銀行まで送ってくれました。 両替を済ませ、お昼を食べて広場に行くと、先ほどのSOさんがベンチに腰掛けていました。 今から私も行こうとしていたカテドラルに行くというので、同行しました。 入場料200エスクードで、美しい装飾のカテドラルでした。 これまですっかり神様のことを忘れていたので、 さっそく10エスクードでローソクを点灯し、お祈りしました。 結局彼は夜行でリスボンに入るというので、夕食を一緒にとり、宿まで送ってもらいました。 「マドリッド空港へは少々高くつくけどタクシーにした方がいいよ」とアドバイスをもらいました。 空港へは、地下鉄とバスを乗り継いで結構危ないところを通っていくようです。
昨日(9/24)、敦子さんとさよならして、ポルトガルのファーロへ着きました。 風景もあまり変わりませんが、国境近くのヴィラ・リアル・デ・サン・アントニオはさびしい街でした。 当初、そこへ降りる予定にしていましたが、バスの行き先を見るとロゴスまでになっていたので、 急遽、チケット売場へ急ぎ、行き先をファーロに変更しました。 1時間ばかりバスで走ったところですが、小さい街です。 しかし浮浪者はいるし、あやしげな男たちの5〜6人連れがウロウロして目が離せません。 結局、貧しい街でした。 1泊でリスボンへ移ることにしました。 宿はバス・ステーションの前にとっていたので、リスボン行きのバスをバス停で待っていたら、 日本人の若い2人連れの女性がいたので、気をつけるように私のひったくり体験を話しました。 疑うとキリはないのですが、3人で話し始めたら、荷物も持たずバスに乗るまでもなく ウロついていたおじさんが隣の待合い席に来たので、気持ち悪くなり移動しました。