コラム・71 ボクが出合ったハガネのごとき牛肉の話
      
ずいぶん昔の話になりますが、ボクが「アメリカでは、噛みきれないハンバーグ・ステーキがあるんやで」と家族に言うと、みんなが「また、おとうちゃんのホラ話がはじまった」と、だれも信じなかったですね。
それから10年ほどして、子供達と一緒に、グアムへ行くことがありまして、「粗挽きハンバーグ・ステーキ」を、一皿だけ注文しました。
これを、一口づつ試食した子供達は、「ホラではなく、世の中には噛みきれないハンバーグがあるんだ」と認めてくれましたね。ええ、一つだけ注文したのは、カミさんや子供達の咀嚼力では、喰いきれるものではなく、残りをボクがさらえる羽目になることがわかっていましたからね。
ハガネのごときハンバーグ・ステーキから、アメリカ人の歯と顎の力に、驚愕していたのですが、その後マクドのハンバーガーがはやりだしてみると、あれは二度挽きどころか、肉を粉末にしてありますよね。
いくらアメリカ人でも、みんながみんな強靭な歯と顎の持ち主でないことがわかりました。柔らかいのを好む人も多いらしいとね。
    
1990年頃、マドリッドに行ったときの話。
フラメンコを見ながら、食事をすることを思いつきまして、まあ、いわゆるシアター・レストランに行くことにしました。ホテルには、コンシェルジュと呼ばれるレストランの予約とか劇場のキップの手配をしてくれる世話係がいますよね。コンシェルジュとは門番の意味らしいけど、まあ、よろず世話係。
こんな夜の観光は、ホテルへバスが回ってきて、ピックアップしてくれるものですが、近くなので、タクシーででかけました。
着いたときは、がらがらでしたが、5分もしないうちに団体客で満席。ボク達が座れた席は舞台正面に向かった長テーブルの端でした。
客席は100はありましたが、シアター・レストランと言うにはおこがましいような、場末の雰囲気。
まず、食事が荒々しく運ばれてきました。メイン・ディシュは牛肉の塊の炙り焼き。
ボーイは、入れてきた大皿から、無造作に配ってくれるんですが、一切れが150グラムから400グラムまでで、大きさばらばら。
うちのカミさんはおそれをなして、小さな150グラム大のを入れてもらい、ボクも中ぐらいなのを。
始めに配られていたナイフが、メスのような形で鋭いんです。このメスで肉塊を切りはじめたんですが、日本で普通やるように2センチ巾に切って、口にいれると噛みきれない。悪戦苦闘のすえ、燕下。
カミさんは、ひと切れ目でギブアップ。
左となりに座っているのはスペイン人らしい夫婦連れで、手前がワイフ、その隣り向こうがハズバンドらしき男。この二人が、どんな風に食べるのか、窺っていると、300グラムはある肉塊をハズの方が、こくめいに2ミリ巾に切り分けているんです。この肉塊をキレイに帯状にしてから、ワイフの皿と入れ替え。一息いれもしないで、今度は自分の分を同じように2ミリ巾に切り分ける作業に没頭。
その手さばの繊細さに感心して、ボクは隣りのワイフの方に、冗談のつもりで、「あんたのハズは外科医か?」と口走ったんです。なんとそのワイフは、驚きもしないで、「ええ、そうです」との答え。あまりの的中に、ボクの方がビックリ。
うちのカミさんは、「あの肉は闘牛場の払い下げ」といまだに信じています。
いやー、世界は広い。外科医でないと切り分けられない牛肉ってあるんですよ。