コラム・50
 
リコリスの話
リコリスなんて、耳なれない名を書きましたが、何のことはない、白いマンジュシャゲ(曼珠沙華)。ピンク色もありますね。
わが家の雑草園のすみに赤と白のマンジュシャゲを植えていたんですが、いつの間にかハギにおおわれて、消えてしまっていました。ところが、この秋、少し離れたところに白が一本だけ花をつけましてね。うれしい発見。
雑草園といいましたが、無精で雑草がはびこっているわけではなく、カミさんが雑草を植えているんです。お茶事につかうお茶花は、ボクにいわせれば雑草。
ところで、マンジュシャゲは梵語(サンスクリット語)で「天上に咲く赤い花」の意味だそうですね。
曼珠沙華といえば赤色ですよね。赤い曼珠沙華が絨毯のように、一面に咲いているのは、「天上に咲く赤い花」のような神秘的な風景。
ところで、曼珠沙華は彼岸花(ヒガンバナ)ともいいますね。
曼珠沙華の根は猛毒のアルカロイドのリコリン。それで、墓地に植えて、土葬の亡骸(なきがら)を害獣からまもったらしい。墓地を不吉で、忌み嫌った人達がでた時代があって、それで、曼珠沙華、イコール、墓地、不吉との連想になったらしい。
亡くなった父母や夫を慕って、毎日のように墓地で数時間を過ごすのが、普通の人の感覚だと思うけど、都会人のなかにはセンゾ思慕の情も失ったデラシネ(根無し草)がふえてしまった時代がありましたね。今もありますかね。
小鳥の鳴き声がうるさいとか、枯れ葉が汚いなんていう、すさんだ化け物がね。
江戸時代では、曼珠沙華を不吉として忌み嫌ってはいなかったようで、屋敷の中心の土蔵の壁土に混ぜてネズミ防ぎに、座敷のふすまの糊(のり)にして虫防ぎにしていました。モグラ防ぎに田の畦(あぜ)に植えたりしてね。
    
ところで、曼珠沙華の話に登場する定番は、与謝蕪村(よさ/よざぶそん)の
 「曼珠沙華 蘭に類(たぐ)いて 狐鳴く」
ですが、これはノギ(芒)ランを別名「狐の尾」と言うことからの連想らしい。
俳句には、
曼珠沙華咲いて ここがわたしの寝るところ      種田山頭火
つきぬけて 天上の紺 曼珠沙華           山口誓子
草川の そよりともせぬ 曼珠沙華           飯田蛇笏
曼珠沙華 落暉(らっき)も蕊(しべ)を ひろげけり 中村草田男
(注・落暉は入り日、落日)
西国の畦 曼珠沙華 曼珠沙華            森 澄雄
曼珠沙華 どれも腹出し 秩父の子          金子兜太(とうた)
がありますが、さすがに、俳人は曼珠沙華を不用意に彼岸花とは使っていませんね。
曼珠沙華は、「天上に咲く聖なる花」ですもんね。