コラム35
      
コヨミ(暦)のことなど
ボクはいまだに不思議なんですが、オセチにタヅクリがはいりますよね。
地方によってはゴマメと言いますが。タヅクリは「田作り」ですから、水田耕作のことですね。ええ、水田耕作をはじめる儀式とか祝いのゴチソウの名前がついています。
オセチは正月のゴチソウなのに、どうして、水田耕作の祝いをたべるんでしょうね。
柳田国男を読んでいたら、こんなことが書いてありました。で、読書報告。
イワイには、海産のゴチソウが必需なんだそうで、貧しい山村では、手に入る海産物は、ゴマメぐらいしかなかったそうですね。水田耕作をはじめる儀式は「田の神」を迎える行事ですから、海産物を供え、一家そろって食べる必要があったとか。だから、メザシでもよかったらしいですね。お金持ちは塩ブリってことになったらしいけど。
また話が飛ぶんですが、オセチに塩ブリとか、ハムなんてゴチソウが入れば、タヅクリは二重になるんでしょうね。
ところで、なぜ水田耕作の「田の神」迎えを冬の真っ最中の正月にするのか、ですが、これは難問。柳田説では、田作り儀式は旧暦の4月15日か、北国では5月15日にやっていたので、この日が農村では正月1日だったのではないか、と言っています。
話がややこしいので、まず何故15日か、なんですが、今でも1月15日を小正月、女正月として祝うところがあるそうですね。ええ、よほど古い信仰をとどめている農村なんかではね。旧暦での15日は満月ですね。どうも、農村では満月が月のはじめであったようですね。アラビアでは新月が月のはじめですね。ええ、新月旗でお馴染みですね。
西暦でも、1日が月の始まりになっていますね。満月が月のはじめだと、山あいの多い日本では、専門家がいなくても、誰にでも一目瞭然だったんでしょうね。それに、月の満ちるのを見ているから、あと何日で朔日(ついたち)だとわかりますから、イワイの用意もしやすかったでしょうね。
  
ところで、ボク達が今使っている西暦といいますか、キリスト暦は不思議な暦ですよね。
どうして西暦では、今の元日を年の初めとしたんでしょうか? 冬至の9日あとですしね。キリスト暦だから、キリストが生まれた日を年の初めにしたようにも思うけど、キリストの誕生日は12月25日のクリスマスではないのかな?
ものの本で調べると、西暦の紀元は525年にローマのディオニシウス・エクシグウスが太陽暦として創設したものらしい。太陽暦と称するかぎり冬至を正月になぜしなかったか不思議ですね。冬至を過ぎると「畳の目の一つずつ」陽足が伸びるなんて、日本には昔から実感としてあったのにね。ローマのディオさんとこには畳がなかったせいかなぁ?
で、何で今の1月1日の日を年の初めにしたか、って何もわかっていないらしいですよ。
           
ディオさんはキリスト生誕の年を西暦元年にしたつもりだったらしいけど、キリスト生誕の実際よりはすこし遅らせているとか。マタイ伝福音書によると、イエスさんはヘロデ王の統治下で生まれたことになっているらしい。ヘロデ王の統治は、紀元前4年までだそうだから、キリストが生まれたのは紀元前4年まで、ってことになるそうです。でも、ルカ伝福音書ってのによると、皇帝アウグストゥスによる人口調査の勅令発布の年に生まれたと言っているから、紀元後6,7年ってことになるらしい。ディオさんが西暦元年として数えることにした根拠は、今になると、だれにもわからないらしい。ながらく、そうきめて来たんだから、詮索しても意味がないのですがね。
              
これがイヤだったら、イランみたいに3月21日前後の春分の日を1月1日とすれば、いいことになるけど、こうなると西欧の日時と違って不便になりますから、イスラムでは日常生活はイスラム暦、ビジネス生活は西暦でやっているようですね。
でも、まあ、イスラム暦でやっても、昭和・平成なんて元号を使っているのと似たような不便さかなぁ。
元号を使うのなら、4月15日を正月とする日本暦でもいいような気もする。元号が日本の伝統だと、こだわるんだったらね。