コラム・25
  
雪見障子派と半蔀(はじとみ)派
神戸はグリーン作戦とか申しまして、街路樹の枝打ちをしないで、伸ばしほうだいにしましてね。費用もいらない作戦。
ところが、この伸ばしほうだい作戦は苦情がおおいんですよ。街路樹はどこの街でも落葉樹ですから、冬になると葉は落ち、温かな日射しをさえぎることなく、夏は日陰をつくってくれますので、何の苦情があるのか、と思いますが、あるんですねぇ。
枝が繁っていると陰気、鬱陶しいって苦情。地元の地方新聞では、市民の間で大論争が定期的におこります。ええ、街路樹の枝打ちの是非でね。
それを読むといつも思うのは、砺波(となみ)平野から出雲へかけての屋敷林。はじめて、砺波平野を通ったときには「何と鎮守の杜のおおいところだなぁ」と思いました。屋敷林は冬の北風から屋敷を防ぐ昔からの工夫だそうですね。ところが伝統では、あの屋敷林は南側も常緑樹らしいですね。ええ、杉一色ときめている地方がおおいらしいですよ。南面ぐらいは日射しをとおす落葉樹にすればいいように思うけど、伝統的に杉一色らしい。
    
神戸の街路樹の枝打ち論争にもどるんですが、神戸は新しく開けた港町ですから、地方からの流入者の混在都市でしてね。その中でも岡山とかの西方の出身の人が多いんですよ。西方の中国地方は歴史的にいいますと、キビ(吉備)。キビ族は稲作をもってきた弥生族らしい。ですから、祖先は平原の民。
もう一方は、富山とかの北方からきた森の民。まあ、大分類をすると縄文文化を色濃くもっている人達なんですわ。
神戸は平原の民と森の民の混住ですから、街路樹の枝打ち是非の大論争がおこるような気がするんですがね。そういえば、神戸近在のお宮さんは深い鎮守の杜で囲まれているのではなく、松の疎林がおおいですね。
     
日本人を平原の民と森の民に分けましたが、これはまんざら根拠のない空論ではないとボクは思っています。
日本人はほとんどがモンゴロイド人種に属するらしく、そのうちでもツングースがおおいらしい。俗にツングースというけど、学問的にはエベンキ。針葉樹林帯のシベリア、中国東北地方北部でながらくくらしていた種族。
騎馬民族とはかぎらないらしいけど、森林族が日本列島に移ってきても、やっぱり針葉樹林の多い日本海側、東北地方へいきなり行ってしまった、っていいますね。
何時の頃の話かというと確たる年代があるわけではなく、紀元前のこととしか言えないけれどね。
そうそう、雪見障子の好きな人っていますよね。あれ障子の下半分だけ開けますから、あれを鬱陶しいって感じる人もあって、上半分を開ける半蔀(はじとみ)のほうがいい、って人もあるとおもうなぁ。雪見障子の好きな人は、きっと谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」を礼賛する人。こんな人は「森の民」の遺伝子が色濃く、陰翳なんて鬱陶しい、明るい方がいい、って人は、きっと「平原の民」の遺伝子を色濃くもっている人にちがいない。
フランスでは日当たりのいい東南角の部屋は家賃がやすいそうですがね。