コラム・17
     
紳士は三枚舌
映画「アラビアのロレンス」の話ですが、ピーター・オトゥール演ずるトマス・エドワード・ロレンスが砂漠をアラビア遊牧民・ベドウィンをひきいて砂漠を疾走する、あの映画は忘れられないですね。
ええ、監督はデヴィット・リーン、ファイサル王子はアレック・ギネスでしたね。それに、アウダ・アブ・ダイはアンソニー・クイン、アリはオマー・シャリフでしたね。
人気の高い映画でしたから、いまでもリバイバルで、よくやっていますから、映画の説明もいらないのでしょうが、テレビは一切見ないなんて人もいらっしゃるのですから、まあ念のために粗筋を、
時は、1914年に勃発した第1次世界大戦中。舞台はアラビアの砂漠。
ドイツ、イタリアはアラビアに勢力を持つトルコと同盟を結んでいました(枢軸国)。
1915年、イギリスの高等弁務官マクマホンは、アラブ一族の首長フセインに、トルコに反乱を起せばアラブの独立を承認し、支援することを文書にしてまで固く約束しました(マクマホン書簡)。
そして、イギリスは、たまたまカイロの英陸軍司令部に勤務していたロレンスをアラビアに派遣しました。ロレンスはウェールズの名門の生まれで、オクスフォード大学で考古学を学んだ青年で、トルコの圧政に苦しむアラビアに深く同情していました。
   
そして、紅海に面しているトルコの要塞アカバを攻撃します。アカバ要塞は難攻不落といわれていましたが、その防衛は紅海に向けられており、背後の砂漠地帯は無防備でした。背後から不意をつかれたトルコ軍はなすすべなく敗走しました。
ところが、イギリスはマクマホン書簡を守りません。実は、ロレンスが派遣される前の1916年に英仏間で戦後、アラブとトルコの地を、イギリスとフランスで分割しようとするサイクス ・ピコ協定が秘密に締結されていたのです。
祖国に裏切られたロレンスは、激しい怒りを感じますが、その後も悲しみをこらえてトルコ軍と戦い、英軍に先だってダマスクスを占領することに成功します。何も知らないアラブ人は狂喜してロレンスを英雄と讃えました。
祖国イギリスに裏切られ、ファイサル王子達に約束を守れなくなったロレンスは失意の内にイギリスに帰り、もんもんとする内に、1935年5月13日、オートバイ事故で亡くなりました。ええ、この最後のオートバイ事故が映画では冒頭のシーンでしたね。
     
以上が映画「アラビアのロレンス」の話。後は蛇足
アカバ要塞は紅海に向けられた、イギリスのスエズ航路を遮断する要衝。このためイギリスはアフリカ南端の喜望峰まわりでアラビア半島の石油、インドからの物資を送らざるをえなくなっていました。ドイツの遊撃巡洋艦が遠回りになった商船路を狙って通商破壊しましたね。
アカバ要塞はイギリスの死命を制する重要拠点。それに、トルコは当時、アラブ全域を支配する大国でした。それに奇襲したといいますが、映画でもトルコ軍の飛行機が、砂漠を疾走するベドウィン・ゲリラを空爆しますよね? だからゲリラが砂漠から進撃してくるのをアカバ要塞のトルコ軍はあらかじめ知っていたんですよね?
それに、ベドウィン・ゲリラはラクダに乗って旧式銃だけの装備。トルコは飛行機までもった近代軍隊。
それが、アラブ側の死者2名だけで、トルコ軍はなすすべなく戦死者・負傷者は1,200名で背走。何か不審。
ええっ? 映画は無邪気に楽しみましょうね。映画ほど素敵なショーはないんですからね。
     
でも、ロレンスは事故で死んだ1935年までの戦後15年間、何をしていたんでしょうね。実は、ロンドンの植民局でJ・H ・ロス、T・E・ショウと名前を変えて勤務していたそうです。
ロレンスは上級諜報員ですから、サイクス ・ピコ協定を知っていたはずです。
「ええっ? でも、ロレンスはウェールズの名門の生まれで、オクスフォード大学出の紳士でしょう? 紳士がウソをつく?」ですって? ええ、紳士はウソをつく。
サイクス ・ピコ協定を締結しながら、素知らぬ顔で、アラブにはマクマホン書簡を出していたんですからね。これが歴史上有名な「イギリスの二枚舌」。
いや、1917年にパレスチナの地をユダヤ人に与えるというバルホォア宣言が三枚目の舌でした。
それにしても、パレスチナに火種になるイスラエルをねじ込んだのは、何やら兵器屋達のたくらみのような気がする。