イソップの宙返り・235
       
ある男が浜辺に座って、打ち寄せる波の数を数えていました。数えそこなって落胆して悲しんでいると、キツネがやって来て、こう言いました。
「どうして、過ぎたもののために悲しむのかね? そんなものは忘れて、今ここから数えはじめるべきなのに」
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もう取り返しがつかないことを後で悔いるのを「後悔先(さき)にたたず」とか、「後悔臍(ほぞ)を噛(か)む」とか言いますね。「臍(ほぞ)を噛(か)む」は、自分の臍(へそ)を噛もうとしても届かないように、悔やんでも及ばないことですね。
      
「臍(ほぞ)を噛(か)む」話といえば、むかし法律相談でよく見聞きしたのは知人友人にオカネを貸した話。ええ、そして返してくれない話。
「一ヶ月後には、必ず返す」と言われて、預かっていた娘の結婚資金を貸してしまった母親までありましたよ。それも、数ヶ月後にせまった結婚の資金をね。
借りる方は「必ず返す」つもりだったのに、返せないってよくある話。
借りる人は、オカネがないから借りるんですよね。それに、「つもり」どおりやれないから、知人友人にオカネを借りるほど切迫するんですよね。
貸してしまった母親は、しなくてもいい人生の苦を背負い込んでしまったんですよ。
それに友人も失い、娘の新婚生活の新居の頼りの敷金用資金まで失ってしまったんですねぇ。
ああ言うのこそ「臍(ほぞ)を噛(か)む」思い。
          
もう一つの「臍(ほぞ)を噛(か)む」話は、自宅の敷地に賃貸アパートを建ててうまくいかなかった話。
「自己資金不要。高収入を!」なんて調子のいいアパート用建物の建築業者がいます。ええ、よく広告で見ますね。
ところが、「家を貸すのはカネを貸すより煩わしい」って言うのはプラクティス(実務法律家)の常識。
「金利を取ってカネを貸す」となると恐くて素人には手が出せませんが、やや広い自宅の敷地を利用して、それも「自宅の建て替えの際にアパート経営を」は考えますねぇ。
それに、今は金利ゼロですから、「今しばらくは遊んでいる老後用預金を一部使って、後は借り入れで」と考えるのは、地道で合理的な計画。
       
ところが、どっこい、頭で考えるほど簡単ではないんですよ。
ボクの散歩道での見聞は、全国どこの市街地でも同じようなものだと思いますが、通勤買い物に不便な場所での小規模アパートは空室だらけ。
「住めば都」ですから「自宅を貸しアパートに」と思う人は、自宅の場所がそれほど不便なところとは思わないのでしょうが、借りるほうとすれば通勤買い物に不便な場所。
満室になるのはまれ。満室にならなければ返済計画が狂う。
それでなくても、空室だらけで、ウンザリしているところへ、クリカラモンモンが入り込むともう手がつけられない。
倶利迦羅紋紋が入り込む手口は、「はじめ女の名前で契約。いつの間にか同居人が出入り。そのうちに同居人の友人がしばしば訪れる。それが大声を挙げて、他の居住者がいなくなって、ヤクザだとわかる」って仕組み。警察に助けを呼んでも「民事不介入の原則」で頼りにならない。
弁護士会の法律相談に行っても、色よい返事は期待薄。弁護士にすれば、危険を冒しても、ほとんど報酬が期待できない事案ですからね。それに、「女独りだとおもったのに同居人ができた」なんて契約解除の理由にはならないでしょうしね。
それに裁判所に行っても、「ヤクザにだって人権がある」ってことになりますしね。
     
行き詰まって、敷地を売ろうとしても、ヤヤコシイ占拠者そのままの居抜きでは相応な値段では売れませんから、一軒だけ残っている店子には言いなりの立ち退き料を払わなければなりません。家主が困っていることを知って頑張っている人ですから「住み慣れたここで死にたい」なんてセリフがすらすらと出てきます。
         
貸した金なら諦めればすみますが、自宅敷地に建てたアパートは諦めてすむものではない。
「家を貸すのはカネを貸すより煩わしい」。