イソップの宙返り・211
      
病気のロバと狼の医者
病気のロバを狼が往診して、まず身体中を触りながら、どの辺が一番苦しいか、と尋ねました。
ロバは「あんたが触っているところだ」と答えました。
寓意・悪人は助けているつもりでも、害するほうが大きいのだ。
☆     ☆
往診をした親切な医者に、ボク個人としては悪意はありません。たまたま、イソップにあったのをまる写ししただけなんです。
で、本論は病気見舞いの話。
ボクが住んでいる所は下町なんです。人情はこまやか。地域婦人会も活動的。ですから、近くにある公園の砂場は、いつも清潔。
古くからの住宅地のはずれにある下町なんです。エヘッ、国際都市神戸にあるイナカ。
         
そんな義理堅い町の世話好きな初老のオバサンがガンが再発して入院しました。
家族も「苦しんでいます」と言っていました。
でも、見舞いをしなければ、と言う人達が連日病院へ押しかけました。
とうとう、息子さんが怒り出したらしい。「ひとが苦しんでいるのが、そんなに面白いか?」って。
入院しているのは、何しろ愛想のいいことで評判の女性。苦しんでいながらも、ベッドに起きあがって、話し相手になっていたらしい。こんな非常識な見舞客は、無神経に永居するものらしい。
見かねた主治医から家族に、何とかするように、との話があって、その結果、息子さんが怒り出したらしい。
          
病気見舞いって、よほど考えないといけませんよね。
顔を見て、慰めたい、元気づけたいと思っても、面会出来るか、面会しても悪化させないか、をご家族に聴いてから出かけるものですわな。
ガンの末期症状で苦しんでいる人のところへ出かけるのは、ひとが苦しんでいるのを楽しみに行くとまでは思わなくても、非常識。
入院はじめの2週間は苦しい検査に明け暮れているもんですから、見舞いはひかえるのが常識でしょうねぇ。
        
ご家族に様子を聴いて、「退屈している」とならば出かけるとして、さて見舞いの品。
はっきり言って、現金がいい。花を持っていく人があるけど、匂いの薄い花でも、狭い病室では匂いと花粉で息詰まるし、花ビンの用意、水たしが要りますからね。
退院間近の友人を見舞ったら、部屋中花だらけ。何やら、葬式じみていましてね。
本人は「棺桶に入った感じ」なんて喜んで(?)いましたがね。
        
なかには、食べ物をもって行く人があるんですってね。それも、胃潰瘍の手術の後にね。
「旨い物をながらく食べていないだろうから」なんて親切でね。
病気見舞いは現金がいいことは常識。現金以外はダメ。
入院すると、想像できないほどの出費になるらしいですね。そこへ何の役に立たない見舞いをいただいても、快気祝いをかえさなければならないでしょう? 二重の出費。
これを考えただけでも、病状は悪化する。
1万円の現金なら、3千円ていどの快気祝いですむから、7千円は手元に残りますよね。
これはありがたい見舞い。
エヘッ、こんな計算をするのは、関西人だけのことかなぁ。
       
相手が大富豪でオカネを持っていくのは気がひける場合は、パジャマとガウンがいいって聞きますね。それも、ちょっとオシャレなブランド物がね。
それに、神戸の特殊事情なのかも知れないけれど、見晴らしのいい病室に入院している時にはオペラグラスのような軽い望遠鏡がいいとも聞きますね。
まあ、入院の後半は検査だけになるから、病院じゅう歩きまわっての暇つぶしが多くなるんでしょうねぇ。
       
先日、老年の友人で、大富豪が入院したときには、ボクは絵葉書を送り続けました。それも自宅宛てにね。「返事はいりません」って露骨に書いてね。
元気になって退院してきたのに出会ったら、「あんたの絵葉書を一日中見ていて、生きようと思った」て言ってくれた。ボクまで生きる喜びに浸りました。