イソップの宙返り・209
     
ヤブ医者
或る藪医者が病人に「お迎えがくるから用意しておいた方がいい。明日はもっても、長くはないだろう」と言って、往診にもこなかった。
ところが暫くして、この男は病が癒えて足取りは覚束ないながら人前にでてきた。
医者が彼に出会ったので、「やあ、ごきげんよう。あの世の人達の様子はどうだった?」と言いました。
男は「レーテー川の水を飲んで安らっています。ところで最近、冥界のプルトン大王と妃のコレー様は、医者が病人を死なせないから恐ろしい目にあわせてやると言っていましたので、『あなただけは違う。病人をたくさん死なせるから、冥界にとってはいい医者だ』と言っておきましたよ」と言いましたとサ。
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レーテー川は冥土へ渡る川のことだそうです。ええ、三途の川。
日本では、お棺の中に渡銭(わたしせん)を入れる風習が未だにあります。
今のことですから、三途の川もフエリーになっているだろうから、プリペイドカードか、ETCを入れた方が便利なように思えますがね。
ところが、こんな話があるんですよ。
三途の川を渡るのは、死後7日目に冥土(めいど)の閻魔(えんま)庁へ行く途中で渡るんだそうで。
この川には三つの渡しがあって、生前の行いによって渡るところが異なることから、三途の川といわれるそうですね。
川岸には衣領(えりょう)樹という大木があり、脱衣婆(だつえば)がいて亡者の着衣をはぎ、それを懸衣翁(けんえおう)が大木にかける。生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が違うので、それを見て、緩急三つの瀬に分けて亡者を渡らせるということになっています。
      
だから、渡銭(わたしせん)を持っていなかったらといっても、追い返してくれるものではないようですね。そうなると、懸衣翁(けんえおう)にわたすワイロを持たせた方がいいみたい。
ワイロにプリペイドカードや、ETCでは都合がわるいだろうから、やっぱり現金かなぁ。
ところで、こんな俗信は平安時代につくられた地蔵菩薩発心因縁十王経って言う名前だけは長いお経に書いてあるそうですよ。お経といっても、だれかが後から作った偽作のお経でしょうがね。
三途の川の話が平安時代につくられたとなると、このイソップに書いてあるレーテー川の話の方が先のようですね。
平安時代につくられた、この偽経(ぎきょう)は西洋のレーテー川の俗信にヒントを得て作られたような気がしません?
それに、冥界の王プルトン大王は閻魔ですよね。それにしても閻魔王にコレーなんて妃があるところが西洋的。
でも、この冥界(めいかい)の王・閻魔の話は、古いベーダ時代のインド神話にあるそうですよ。妃(きさき)はヤミー。
だから、イソップの妃(きさき)コレーと、インド神話の妃ヤミーとは元は一つかも知れませんねぇ。
     
プルトン大王にしても、閻魔にしても、生前の悪行と善行を調べて勧善懲悪を判んじることになっています。
えへっ、ここでワルは考えるんですねぇ。閻魔王にもワイロがきくってことにすると金儲けになるでしょう?
これで考えつかれたのが戒名商売だと思いません?
戒名に院殿号(いんでんごう)ってのがありますよね。ええ、布施が、どんと高くなる。
院殿って、このホトケは生前に院や殿を寄付したことを現しているんですよ。
院や殿の寺院を寄付するなんて出来るはずはないから、戒名の院殿号(いんでんごう)なんて真っ赤なウソ。戒名にウソを書いたパスポートを閻魔に見せて効果があるんでしょうかね。
でも「地獄の沙汰もカネしだい」って諺があるんだから、閻魔庁でもワイロはきくのかもしれない。
あの世に往っても、「カネしだい」だなんて、「死にたくもなし秋の暮れ」。