イソップの宙返り・145
 
二羽の兎
 子供を孕んだ兎が、動き回れるようになるまで、小屋を貸してくれるようにと、別な兎に頼みました。
頼まれた兎はこころよく頼みを聞いてやり、自分の住んでいた小屋を明け渡して貸してやりました。
そして、時が来たので、「もうよくなって起きあがれるようになったようだから、小屋を返してほしい。自分としては大変不便で、これ以上はどうにもやっていけない。だから、出来るだけ早く、よその住処を見つけて、出て行って欲しい」と言いました。
すると借りた兎は、「こんなに長い間、家から締め出して本当に済まなかった。でも、子供たちがまだ、大変弱く、自分についてこれないのではないかと、心配なのです。あと二週間だけお願いします」と答えました。
貸した方の兎はとても親切でしたので、この頼みも快く聞いてやりました。
ところが、二週間たったので、「もう一日たりとて猶予はできないので、出ていってくれ」と、きっぱりと言いました。
すると相手はこう答えましたとサ。
「出て行けですって! あなたが、あたしと、あたしの子供たちを、みんなやっつけられない限り、あなたは、ここには入り込めないということをね……」
☆     ☆
イヤー、ボクも法律家ですから、たまには法律の話でもはじめましょうか。
ウサギに借家法の適用があるわけではありませんが、この話は「動き回れるようになるまで」という期限付きの使用貸借なんでしょうねぇ。
ええ、賃料なしの無償で貸すのを使用貸借。賃料をとって貸すのを賃貸借といいます。
このウサギの貸借は好意による無償ですから使用貸借。
これは、「動き回れるようになるまで」という期限付きの約束ですから、期限が来たら明け渡してもらえます。
で、この条件って「動き回れるようになるまで」ですが、母ウサギが「動き回れるように」か、生まれてくる子供達全員が「動き回れるように」かはハッキリしていませんねぇ。
        
ところで、書面につくらない口約束でも、契約なんですよ。
契約書と題した書面を作っていないから、「契約がない」なんて言う人がありますが、口約束でも、契約に変わりはありません。
でも、契約書がないから期限のことについても、ハッキリしないことがおおいですねぇ。
このケースでは、どうなんでしょう?
明け渡しの条件といいますか、これは期限だと思いますが、巣を明け渡す条件としての「動き回れるように」ですから、母ウサギだけではなく、子供達全員が「動き回れるように」と解釈されてもしようがないでしょうねぇ。
契約の解釈はいろんな事情を考えて解釈すべきものですからね。
ですが、貸したウサギが自分が住むところがなくて、不自由しているのですから、子供達全員が動き回れるようになっていなくても、無償の使用貸借では明け渡しを求める権利はありましょうね。賃料をとっている賃貸借ではありませんがね。
            
でも、この「明け渡しをしてもらえる権利」を実現するのには、裁判所で判決をもらわなければなりません。
エヘッ。ウサギに裁判を受ける権利があるのかは、問題でしょうがね。
まあ、話はいつの間にか人間の話にすり替わっていましたね。
       
家を明け渡してもらう裁判って、弁護士に頼まないとむりでしょうねぇ。
日本では、弁護士に頼まなくても本人で裁判ができるたて前になっていますが、こんなケースのように「動き回れるように」も曖昧ですし、貸し主に明け渡しを求める正当事情があるかないかの争点がありますからね。
正当事情があるかないかの立証は複雑なんですよ。まず、プロでないと無理。
         
で、弁護士に頼むと、普通の仕舞た屋ていどでも着手金・報酬の合計費用は150万円はかかるでしょうねぇ。
法律扶助って制度がありますが、国が出捐している予算は20億円に満ちません。
そうですから、生活保護レベルの人以外にまわす余裕はありませんねえ。
それに、これは費用を貸し付けてくれるだけですから、あとで返さなければなりませんから、おんなじことでもありますが。
          
こんなウサギのバカ話だけでは、読んでくださった貴方にわるいから、少し役に立つ話。
敷金っていうものがあるでしょう?
あれは、敷金を返してもらうときに損金を差し引くことになっています。
で、損金ってなに?
家主のなかには、ヒドイやつがいまして、次の人に貸すために、畳を換えたり新調する費用全部を差し引くのがいます。
普通に使っていて損耗する分は賃料には入っているものです。
ですから、家主は次の人に貸すために、畳を換えたり新調する費用までを差し引く権利はありません。
      
ですが、敷金を返してくれないのですから、裁判ってことになると、この費用が莫大。
素人でできる方法は、簡易裁判所へ調停を申し立てすることだけ。
そこでですが、裁判の場合の弁護士に頼んだ費用を相手方に負担を求めるのは、ほとんど不可能。ですから、仕事を休んで調停に出かけても、家主に損害賠償を求めることはできません。
それに、家主の理不尽な強欲にでも、日本には懲罰賠償の制度はありません。
憲法に言う裁判を受ける権利って、何なんでしょうねぇ。
ええ、絵に描いた餅とまでは言いませんが、頼りないかぎり。