イソップの宙返り・110
         
目の見えぬ人
目の見えぬ人がいて、どんな生き物でも、手の上にのせると、触っただけで言い当てました。
ある時、山猫の仔を渡すと、撫でてみてこういいましたとサ。
「狼の仔か、狐の仔かわからないが、羊の群れに入れると具合がわるいことはわかる」
寓意・悪人の性質は体つきからもわかる。
☆     ☆
精神病者が、発作的な犯罪を犯すと、「通院していた精神病院は何をしていたのか」、とか「病院の責任ダ」とか思いますねぇ。
でも、あれはわからないものらしい。
精神分析医の本を読むと、「人の心はわからない」とわかっているのが精神分析の専門家の常識である、とか、専門家の資格である、とか書いてありますねぇ。
            
ボクは、この話は本当だと思う。
と、言いますのは、精神病院で退院直前に、社会生活に慣れさせるために外部を散歩させることがあるらしい。
まあ、いきなり社会復帰ってことも突然でしょうからね。
          
ところが、この外部での散歩のときに、よく事故が起こっているんですねぇ。
あるケースでは、5人の患者に2人の看護人がついていたのに、その内の一人が突然近くの民家に飛び込んで、台所の包丁を持ち出して来て、いきなり通行人を突き刺しました。
ええ、法律家が使うコンピューターの判例集にも、この種の事故は、よく登載されています。
判例集に載るってことは、被害者から病院へ損害賠償請求訴訟が起されてのことなんですねぇ。
          
話の運びが理屈っぽいことになりますが、何年か入院させた上で、精神病院が退院をさせようとしたんですから、完治した、と判断したんでしょうねぇ。
ええ、専門の精神分析医が日常を十分観察していてね。
それに、この完治は、よほど確かな診断なんでしょうねぇ。
ちょっとエゲツナい表現になりますが、病院にしたら、患者を退院させるのは顧客を一人失うことでしょう?
まあ、経営的にはね。
         
でも、これ以上入院させると、人権問題になるとかで、まあ、誰が見ても完治なので、やむを得ず退院させるようなケースのように思える。
一般の病院では、軽傷者は濃密医療ができないので、経営的見地から、ややもすると早期に退院させることもあるとしてもね。
だから、社会復帰を前提とする外部での散歩は、病院とすれば自信があると言いますか、まあ、入院させておく弁解もできない完治者ではありません?
           
それでも、散歩中に事故が起こる。
病院に被害者から賠償請求の訴訟が起こされますと、散歩治療中とはいえ入院患者の起こした犯罪ですから、責任を負わされることが、多いですしねぇ。
まあ、訴訟の被告にされるだけでも、応訴費用だけでも負担になりますからね。
          
こんな判例を見ると、精神分析医が「人の心はわからない」と言っているのは、無責任ではなく、現代精神分析学の科学としての限界だろうと思う。
           
精神病のほとんどは完治するってのが精神医学界の定説なようですね。
昨年(02年)には、分裂症を統合失調症って呼ぶことにしたらしいですしね。
          
でも、完治するとか、完治したと言われても、ボクら素人は、心から「そうか」とは信じられないんですよね。
ええ、こんなことがありました。
近くのT市で、児童にイタズラした小学校教員がいましてね。
これが、分裂症と診断されまして、治療期間中は、教委付きって身分で休職扱いにされていました。
病院から完治したとして職場復帰を求めたんですねぇ。
それも、もとの同じT市の小学校にね。
教委は、まあ暫くこのままの教委付としていました。
その内に、弁護士会の人権委員会に救済の申し立てがありまして、人権委員会は、もとの職場への復帰を勧告しようとしました。
        
PTAからは熱心な陳情がありましてね。
ええ、復帰はやめて欲しいって陳情。
ボクは「人権委員の皆さん、あんた方の子供をこの担任へ預ける?」って言ってしまったのよ。
エヘッ、人権感覚に乏しい非常識なヤツ、って非難された。
でも、子供を持つ親としては、精神分析医の完治の診断書が、いくらあるからと言って、子供を預けられる?
ボクは、救済の申し立てをしている教員にも人権があると認めるけど、通学させる親や子供にも人権があるんだから、不安に駆られる親の気持も理解をしてほしいと思うなぁ。
            
で、この紛争の結論は、板挟みになった県教委が、他の学校に現場復帰させることで、申し立人の同意をえました。
何も、知らないで受け入れした、その「他の学校」も、知ったら不安がるだろうなぁ、と思いましたがね。
        
ところがですよ。この教員氏。その後20年間、教育熱心な評判のいい教師として、過ごしていると聞きます。
         
ウウーン。ヤッパリ分裂症は、完治するんでしょうかね?
でも、自分の娘を預けるか?と自問すると、イヤですねぇ。
ええ、きれい事はべつにして、本音はねぇ。
それに、精神病者と山猫の仔を一緒にするあたり、人権感覚的に、どうかなあとも思える。
我ながら。