イソップの宙返り・111
      
兵士とヘビ
兵士が、馬に乗って森を行っていると、二匹のヘビが闘っているのに出会いました。
すると、やられそうになっている方のヘビが、兵士に助けを求めて、言いました。
「助けて下さい。後でお礼はしますから」
兵士は勝っていた方のヘビを追い払って、弱い方のヘビを助けてやりました。
すると、助けられたヘビは、兵士の槍を伝わってのぼって、兵士の首に巻き付いて、絞めつけました。
「この恩知らずめ! 助けてもらったことへの恩返しが、首を絞めて殺すことなのか?」と兵士が言うと、ヘビが言いました。
「そうですとも、私は約束を果たすつもりなのですよ。善いことをしてくれたあなたに、悪で報いるのは、私にとっては当然のことなのですからね。これが、世の中の摂理なのですよ。これから出合う三匹の動物に、判定を仰ぎましょう」
         
兵士はこれに同意しました。
彼らが最初に出会った動物は年老いた馬でした。
馬は、いきさつを聞くと、「私は、かつて王様のお気に入りだったが、十分に尽くした後に、軽んじられて棄てられてしまいました。これからすると、善に対して悪で報いるのが、世の中の掟であるから、ヘビと人の間でも行われるべきである」と言いました。
        
次ぎに出合ったのは、憔悴しきったオス牛でした。
オス牛は、ながねん主人のために、くびきに繋がれ働いたのに、太らせて屠殺するようにと、牧草地に放たれたのでした。
「私が一生かけて人間に従ってきた労働の見返に、最後に受け取るのがこのような報酬です。これからすると、善に対して悪で報いるのが、世の中の掟でありますよ」とオス牛は言いました。
            
三番目に出合ったのは、キツネでした。
キツネは、議論の趣旨を聞くと、判決を言い渡すことに同意しました。
「まず、ヘビさんにお尋ねします。あなたと兵士が最初に話したのは、何処ですか?」
「無論地上です」とヘビは答えました。
すると、キツネがヘビに言いました。
「では、兵士の首を外して、もう一度地上に降りて下さい。私は、今回の件について、それぞれの立場で、別々に判断しなければなりません。そのためには、あなた方が、離れている必要があるのです。こうしなければ、この件について正しく判断することができませんから」と。
ヘビは絞めていた兵士の首から地面に降り、キツネの判断を聞こうと待っていました。
すると、キツネが兵士にこう尋ねました。
「最初にヘビさんに会った時、あなたは何処にいましたか?」
「馬に乗っていた」と兵士が答えました。
「そうですか、ではもう一度馬に乗ってみて下さい」とキツネが言うと、兵士はその通りにしました。
           
そこで、キツネが言いました。
「さあ、あなた方二人は、前と同じ状態になりました。では、判決を言い渡しましょう。兵士さん、あなたは馬に乗って、どこへでも自由にお行きなさい。そして、以後、悪い者と関わらないようにして下さい。
こういった連中から得られるものは、悪以外は何もありませんからね。
そして、ヘビさん。あなたは、茨を這い、土を喰らい、穴の中に生き、惨めな死を迎えるのが運命なのです」
☆     ☆
この話を聞きますと、大岡越前守の名裁判を思い出しますね。
ええ、講談、落語に出てくる名奉行の話ねぇ。
あの話はうまくできすぎているようなので、架空の人物の話かと思っていたら、大岡越前は1717年から、江戸の町奉行だった実在の人物だそうですね。
        
まあ、あの講談、落語に出てくる話は、中国やインドの故事、それに大岡越前守以外の奉行の逸話も入っているらしいけどね。
でも、実録も、大岡越前守は立派な人物で、優れたシンク・タンクを抱えていたらしい。
国学者の加藤枝直(えなお)、蘭学者の青木昆陽(こんよう)、数学者の野田文蔵、農政では田中丘隅(きゅうぐ)、それに、簑(みの)正高とかをね。
奉行ってのは、裁判だけではなく、行政官だったそうですから、とても一人で判断がつくものではなかったでしょうからね。
         
職業裁判官、まあプロの裁判官に参審員が加わって合議体を構成して、審判に関与する参審裁判ってのがあります。
ええ、陪審制ってのもありますが、これとは別。
いま参審を実施しているのは、ドイツで、しかも刑事事件だけのようですよ。
もともと、ドイツでは、裁判に民衆が参加するのが、民主主義の基本だとの考えから、英米の裁判制度を取り入れて、陪審制をやっていたようですが、これにも問題があったようでしてね。
まあ、あんまりうまくいかないので、民衆参加の形式を維持するために、陪審制の補充と言いますか、代用として参審制が採用されましたが、参審員が職業裁判官の意見に従うだけだと、評判がわるいようで・・・
        
日本では、海難事件を専門的に扱う海難審判所では、海事の専門家を参審員にしています。
まあ、専門分野の問題について、専門家の智恵を借りるぐらいが、合理的のような気がしますがね。
大岡越前守が、シンクタンクの智恵を借りたみたいにね。