イソップの宙返り・25
      
イルカとハゼ
イルカと鯨が戦っていました。
争いは長引き、激しくなる一方ですので、ハゼが仲裁をしようとしました。
イルカが言いましたとサ。
「おまえごときに仲裁されるのなら、戦って殺されあう方がましだ」
寓意・このように、人間のなかでも、乱を見ると数ならぬ身のほどを忘れて、ひとかどの者だと思い上がる手合いがいるものである。
     
極東の凡俗が考えまするに・・・
仲裁って、難しいですね。
特に、夫婦喧嘩はね。
両方の言い分を聞くばかりだと仲裁にならないでしょう?
それに、外から見ると、どうでもいいようなことをグジャグジャ言いつのるでしょう。
          
でもねぇ、あれで、やってはならないことは、詰問すること。
ボクは不幸にも、20年ばかりも家裁の調停委員をやらされていたのよ。
そのうちに覚えたコツの話を聞いてください。
           
まず、ゼッタイやってはならないことは、告げ口。
あんまり、勝手なことを言い募られると、つい「アンタはそんなことを言うけど、相手はこんなに言っていますよ」って詰問したくなるもんでしてね。
これは立派な告げ口になるんですよ。
そうすると、火に油を注ぐことになります。
仲裁どころではありません。
ただただ、聞き役を続けるのが、一番無難みたい。
でも、聞き役を根気よく続けるのはシンドイよ。
         
この聞き役に廻るのは、言うなら、イルカと鯨の戦に、何時までも弱いハゼ的な立場をとることでしょう。
これじゃあ、役に立ちませんから、つい高圧的になろうとしますよね。
ハゼが、オルカ(鯱)みたいに変身しようとしてね。
この高圧的態度と、告げ口が重なると、両方から攻撃を受けることになってしまいます。
ある熱心な初心者の調停委員が、当事者と、その応援団に部屋の中で、取り囲まれたことがありましてね。
これを鎮めようとした事務方まで、ネクタイを引きちぎられる騒ぎになりました。
        
そうそう、聞き役をやっていると、こんな話に出会ったことがありました。
共稼ぎの若夫婦と、舅、姑の同居からの紛争でしてね。
お嫁さんが「せっかくの休みの日曜日なのに、姑が朝早くから、嫌がらせに下駄の音をさせて、タタキ通路を歩き回る」ってうったえるのよ。
姑の方に、それとなく訊いてみると、「せっかくの休みの日曜日だから、嫁が朝食を作らなくていいように、台所仕事をしていたのに感謝もしない」って。
ここまで、拗れて好意が悪意にしかとれなくなった関係は、もう、修復の方法がないよね。
         
このことを婿さんに話して、別居することにアドバイスするしかありませんでした。
まあ、両方から、「母親の肩をもって」とか「嫁の肩ばかりもつ」とか言っていたから、この婿さん、永年苦労していたんでしょうね、って思うでしょう?
違う。
無関心で、知らなかったらしい。極楽トンボ。
知っていたら、ここまてはこじれなかったんでしょうね。
          
それにしても、ハゼじゃあないけど仲裁って難しい。