イソップの宙返り・17
         
北風と太陽
北風と太陽が、どちらが強いか、言い争いました。
道行く男の服を脱がせた方を、勝ちにすることにしました。
北風が強く吹きましたが、どんなに強く吹いても男は服をしっかりと押さえましたので、脱がすことができませんでした。
太陽が照りつけると、暑くなって男は服を脱ぎ、さらに強くすると、裸になって小川に飛び込んでしまいました。
寓意・説得は強制よりも有効である。
     
この話は、イソップ物語のなかでも、有名ですね。
でも、夫の浮気をやめさせた紀有常の娘の話は、もっと教訓的。
        
伊勢物語23段の話。
夫というのは、かの有名な在原業平。
夫業平と妻紀有常の娘は幼馴染みでした。
筒井つの井筒にかけし まろがたけ すぎにけらしな 妹見ざるまに
井筒は井戸の框ですから、その傍で「よく遊んだね。井戸の框とよく背比べしたっけ」
という仲でした。
男どうしの場合は竹馬の友っていいますが、男女の仲では筒井筒(つついづつ)っていいますね。
とくに、幼馴染みが結婚している場合に遣います。
        
まあ、説明がながくなりました。
夫在原業平は光源氏をしのぐ、史上最大のモテモテ男。
これが、河内にいい女が出来て、奈良から夜ごと河内へ通います。
ここで、妻紀有常の娘はこんな歌を詠みます。
        
風吹けば 沖つ白浪 立つた山 夜半にや 君がひとりこゆらむ 
意味は、「風吹けば立つ白浪の、その名のとおりの龍田山 あの人は夜中に独りで越えて行くのか。さわりはないか、どうかご無事で わが思いで、ひそかに守りましょう」
        
浮気者の業平も、これにはまいって、河内の女のところへ、通わなくなってしまいましたとサ。
       
何という高等戦術!
さすが、と思いますが、こんな戦術を使うとだれにでも成功するわけではないでしょうね。なにしろ、業平は史上最大のモテモテ男でしょう。
妻はこれまでに何十回も泣かされてきたんでしょうね。浮気防ぎの大ベテラン。
それに、筒井筒ですから、夫の性質をよくよく知っているんですよね。
それに、河内の女も調査をしていたんでしょね。
自分に比べれば、たいした女ではない、って。
だから、遣えた高等戦術。
      
ここで、なんかイソップ的に、普遍的な夫の浮気防ぎの教訓を垂れなければ、とも思うけど、そんなものはあり得ない。
ケースバイケース、千差万別。
でも、夫を浮気に走らせる原因の一つは、こんな共通要素にあります。
    
夫への無関心。
男って、無視されると、淋しいのよ。
ここらへんは、犬と同じ。
犬って無視されると、人が関心をもってくれるように、スリッパをくわえて、ワルサするでしょう。
あれ、人の関心をひいているんですよね。
        
「人間と犬とを、一緒にするナ」って、あなた思うかもしれないけれど、人間の染色体の97パーセントは、人間が人間らしくなる前に組み込まれた遺伝子なんですからね。
ですから、万物の霊長なんていう人間にも、本能には動物と共通するものが、沢山残っていますよ。
      
それにイソップ寓意の「説得は強制よりも有効である」なんて、子供の教育の話でしょうしね。