30万トンのタンカー
          
造船は我々庶民が接触する機会ってありませんので、ひょっとして貴方にも珍しい話題かも知れませんので、ご紹介します。
           
四国に今治造船っていう会社があります。
この会社、僕たちにはお馴染みがない会社なんですが、造船量は世界一。
まあ、言うなれば、世界一の造船所なんです。
        
貴方知らなかったでしょう?
地元でも知らない人が多かった。
それほど我々庶民が知らない業界。
そらあ、僕たちがタンカーを買うことってありませんものね。
         
その今治造船が四国の西条に新鋭の造船所を造りまして、
「30万トン・タンカーを造っているから、見に来い」
ってお声が掛かったので好奇心半分で行ってきました。
このドックは50万トンまで建造可能でして、こんな大型のドックが造られたのは25年ぶりのことなんですね。
新興の韓国に追われて、日本の造船界は過剰設備に泣きまして、永年設備縮小をしてきました。
当然、日本中の設備は旧式化しています。
25年前の日立造船有明工場で造られて以来、国内でドックは建造されていませんから建造技術は途絶えてきました。
ドック建造の難しいところは、ドックの下に水が入りますと、浮力がつきますから押し上げられて破壊するんですわ。
なぜ、私ごときエッセイストが知っているか怪訝でしょうが、私はトラブル屋でございまして、まあ、早く申しますとローヤー。
造船を得意分野にしてきたローヤーなんです。
           
ドック(船渠)の深さは、この今治造船西条ので11.9メールあるそうですから、水圧が凄い、ってことはこの力で押し上げられることになるんでしょうね。(平方メートルあたりの押し上げ力を計算し始めたけどギブアップ。貴方計算してぇ。何とも頼りない専門家。)
海際を掘り下げて据えるんですから、下からの破壊力はすさまじいことになります。
これは海水が下にしみこまないように上手く工作すればクリアーしますが、西条市といえば地元の方はよくご存知でしょうが、湧水に「恵まれた」土地でして、この湧水が下から押し上げるのですから、難しい工事でしたでしょうね。
          
とつぜん気楽な話をはじめますが、西条市って中都市なのに上水道がないんですってね。すぐ裏の石鎚とかの四国山脈に積もった雪が伏流水になって西条の街中に湧き出ています。
何しろ、市の中心地に「日本100名水」の一つがあるんですからね。
何千年か山の岩で濾過され、磨かれた名水ですからね。旨い。
              
余談ながら、松山に行く時はポリタンクを忘れないで、帰りに西条で汲んでくること。
湧水が豊富ですから地下すぐに伏流水が流れており、どんな家でも3メートルも掘れば「名水」が湧き出てくるそうです。
            
閑話休題。
ドックの話。
深さ11.9メール、長さ420メートル、幅89メートルなんですが、この上にスパン(幅)168メートルのゴライアス・クレーンが跨いでいるんです。
ゴライアス・クレーンって鳥居型とも言うべき何でしょうが、言葉では説明しきれませんので、末尾に写真を載せます。
             
「幅89メートルのドックに、何で幅168メートルのクレーンを跨がしているのか?」って疑問を感じた人は鋭い。
その差79メートルの分、横に余裕が出来るんですね。ここがミソ。
ああ、そうそう、このゴライアス・クレーン2基はそれぞれ800トンの吊り能力があります。
ところで、普通のクレーンって語源のとおり「鶴」の嘴のようになっていて、ジブクレーンって呼んでいます。
で、船ってロゴみたいに、先ずブロックを造って、船台の上で組み立てるんですね。
ですから、ブロックが大きいと組み立てが簡単。
しかも、ブロックは屋根のある工場内で造ると自動工作機械が使えますから精密で効率よく造れるってことになります。
800トン吊りのゴライアス・クレーンがありますと1つのブロックが800トンまで用意できる勘定になりますね。(2台重ねると1700トンまで使えるらしい。)
ドック横のスペースで800トンのブロックが造れると、後は簡単。
ジブクレーンはせいぜい200トン程度ですし、大きなブロックはつり下げ移動時に歪むんですね。
ゴライアス・クレーンだと跨いでいるので何十カ所でもつり下げロープがつかえますから歪むことがありません。
例えば、居住区って彼らは呼びます、船橋のある部分も1ブロックとして造ります。
工場内で洗面台から木工部分まで全部、セット。
このビルなみに大きいブロックを、ドーッと船台の上にある船体の上に持っていって乗せるんですね。
この時に街で見るクレーンみたいに、下から「もうちよい右、オッケー、オッケー」では上手く乗らんでしょうね。
ゴライアス・クレーンだと線路に乗って跨いでるんですから、コンピューター制御できる。一発で正確に乗るんでしょうね。
これが、最初に言った「世界最新鋭」の造船設備ってことになるらしい。
        
ところで、ブロックの数ですが、30万トン・タンカーの30万トンって言うのは積載量のことでして、船自体の重さは約3万トン。
1つ800トンのブロックにすると、単純な割り算ではブロック数は37.5個になるはずですが、技術的には50個にはなり得るんだそうです。
          
今回の建造は始めてのことでもあり70個のブロック数にしかならなかったそうですが、普通のドックでは140個ぐらいのブロックになるそうです。
で、船ですが今進水して艤装岸壁にありました。
僕ら素人はタンカーなんてタダの函だと思うんですが、配管とかが複雑らしい。
それに試運転。
造船所として神経のいるのは契約で定められた燃費効率。
何しろ燃費ってすごい。一日50トンの燃料。
          
自重3万トンって言っても今の船は事故時の公害防止のためにダブルボトム。
二重船底、二重側壁ですから運行する海運会社は燃費に神経質になります。
この船のような最新鋭船になりますと、動き初めはC重油を焚きますが、しばらくするとD重油ってアスファルトに使うピッチ並の重油で走るそうです。
            
タンカーって言えば昔、40万トン、50万トンが造られたことがありましたが、マラッカ海峡での吃水制限の関係で、日本へ石油を運ぶのは30万トンが最大になるそうです。
言葉で説明しても実感がでないでしょうから、写真を載せました。
            
今治造船建造番号2005番船です。
走るときの名前は船主さんへの引き渡しまでは呼ばないのが、造船所のエチケットですので、ここでも差し控えますが、何しろデッカイ。
         
蛇足ですが、ウチのカミサンの感嘆
「ああ、これは男の仕事だワ」
でした。
                
ドック全景
艤装中の
30万トン・タンカー
ドック隣の工場
(企業秘密部分があるため
ボカシました)
艤装中の2005番船