異な事を申される
           
万葉集の歌を、ご一緒に鑑賞しましょう。
予備知識まったくなしで、次の歌を詠んでいただきたいのです。
高校で古文の成績のよかった人も、講義を思い出さないで、そのまま受ける感じを。
その感じも、明るいか? 暗いか? の単純でいきましょう。
細かい文字の解釈なんて、どうでもエエことにして。
          
初めは長歌。
長すぎるので最後のところだけ書きます。
妻に別れて、山を越えてきました。
(一部現在仮名遣いにしています。それに妹を妻と翻訳しています。ですから、ここでは「妻」と書いているところも「いも」と 読んでください。)
     
・・・・夏草の思い し萎えて (妻は)偲ぶらむ 妻が門見む 靡(なび)けこの山
        
これに短歌が2首ついています。
     
石見のや 高角山の 木の間より 我が振る袖を 妻見つらむか
       
笹の葉は み山もさやに さやげども 我は妻思う 別れ来ぬれば
      
あなた、どんな情景を思い描きました?
では、正解を、と言いたいのですが、歌からどんなイメージを感じたかに正解なんてないですよね。
            
偉い先生のお書きになった古典集成の解釈。判りやすいように、関西弁でかきます。
        
赴任先での現地妻を捨てて、下級官僚が都に栄達して帰って行くときの歌、ということになっています。
あなた、こんな風に感じたんなら、秀才(?)。
           
この現地妻も、峠にまですら送って来ないで、家の前で袖をふっているだけ。
現地妻を捨ててくる、実は柿本人麻呂も、ええかげんな奴ですねぇ。だのに、「山よ靡(なび)け」なんておおげさ。こんなことで山に靡かれたら、えらいことになりません? 迷惑な大震災。
        
こんな解釈といいますか、鑑賞をしなければなりませんから、人麻呂には現地妻が各地にタンといたことにしなければ辻褄があいません。でも、妻は2人しかいなかったらしい。初めの妻は亡くなっています。
これは葬式の歌(挽歌)が残っていますから、先妻を亡くしたのは確か。だから一度に2人いたわけではない。
       
ボクは、こんな風に感じました。
愛する妻を連れて行けない、自由のない立場。しかも、再び出会えないかもしれない状況。
とても、現地妻を捨てて、せいせいした男の詠んだ歌とは、感じなかった。
         
妻も、峠にすら送ってくることができない、或いは同行する事が許されない、状況。
例えば、政治犯として護送される夫との悲しい別れ。
島根県の石見(いわみ)からわざわざ護送されるのですから、人麻呂は下級官僚とは思えない。
下級官僚だったら、そんな手間をかけず、その場で首を刎ねられるはず。
   
しつこくってすみませんが、もう1首
人麻呂の明石の歌
          
天離る(あまざかる)夷(ひな)の長道(ながじ)ゆ 恋いくれば 明石の門(と)より大和島見ゆ
どんなイメージが湧きました?
    
偉い先生の解説。又、品悪く、関西弁で書きます。
えらい長い道のりだったけど、生駒山がみえるわぁ、あと半日すれば、家に帰れる。バンザイ。
ってことになっています。
あぁ、そうでっか。やっと着きましたか、ソラよかったですなぁ。
下手なトラベルライターでも書かんような感想。あほらし。
     
ボクに湧いたイメージ。
列車に乗せられてシベリア抑留に連れて行かれる人達が、遙かに日本の島影を望んだ時の「大和島みゆ」って絶唱を連想しました。(地理的にはありえなかったことでしょうけど)
人麻呂は大和には帰れるとは思っていない。あこがれた大和を目前にして。
            
なぜ、帰れないか? 何らかの事情がある。
    
僕には、絶望からの絶唱としか感じられなかった。
流刑先から連れられてきて、さらに石見へ送られる政治犯の、絶望の歌としか感じられなかった。
こんなに感じるのは、多分「学」がないんでしょうねぇ。
あなた、どうでした?

      
人間関係学科って、昔人間には訳の分からない学部が出来ています。もとの学部制では、あんまり専門化しすぎて、学問がバラバラになったので、幅広い知識で再構築する試みだそうです。
今までの万葉集の研究は、国文学のフィールドの垣根を作って、歴史学とか言語学の協力とか、研究成果に無関心だったので、現地妻を捨てて、せいせいした男が「靡け、この山」と心にもないことを歌った駄句だということになっているらしい。
でも、梅原猛みたいに「国文学者の解釈は、みんなウソ」とまでは言わないけれど。