魂を貪るもの
其の結 あなたに幸あれ
もし、幸福エネルギーというものがあるとしたら、それは今、この神代神社に満ち溢れていることだろう。
今日ここで、織田鈴音と、ロック・コロネオーレの結婚式が、行なわれるのだ。
鈴音は、葵に髪の毛のセットとメイクをしてもらっていた。
式場は神社なのだが、鈴音の衣装は白無垢でも色打掛でもない。
ウェディングドレスだ。
純白の結婚衣装に身を包んだ鈴音は、戦い続けてきた自分にもこの衣装が着られる日が来たのを心の底から嬉しく思った。
同時に、少し心配だった。
過酷な戦いに身を置いてきた自分に似合うだろうか、と。
「変じゃないかな?」
「きれいですよ、鈴音さん」
鈴音の問いかけに、葵はやさしく微笑んだ。
「そ、そうか。ありがとう」
赤面しながら前髪をかきあげようとして、髪の毛が乱れてはと慌てて止める鈴音。
葵の言うように鈴音は綺麗だった。
「そういえば、ロックは紋付袴なんだよな」
「ええ、とっても似合ってましたわ」
新郎のロック・コロネオーレは紋付袴で、新婦の鈴音はウェディングドレス。
二人で話し合って決めたらしいが、奇妙な組み合わせだった。
「式の途中で、お色直しでもすれば良かったな。でも、なぜかそういう結論にはならなかったんだよな」
鈴音は思い返してみて、何となく吹き出しそうになった。
「笑えるよな、あたしたち」
「そういうのも良いと思いますよ」
葵は曖昧に頷いた。
型破りといえば、葵も巫女装束にロザリオのネックレスという格好をしている。
祝福に決まった形式などないとでもいうように。
単に好みで勝手にやっているだけかもしれないが。
「あたしは幸せ者だ」
式には、ちとせ、悠樹、葵はもちろん、迅雷やレイチェリアたちも呼んである。
なぜか、スーや火乃や、はたまた佐野倉刑事まで混じっている。
どうやら、顔見知りは全員呼んだらしい。
「シャロルさんも来てくれましたね」
「ああ、嬉しい。本当に」
シャロルが立ち直って来てくれたことは、鈴音にとってだけでなく、ちとせや悠樹にとっても、嬉しいことだった。
頭を下げてきたシャロルに鈴音は手を取って微笑んだ。
シャロルは目を赤くしながらも、微笑み返してくれた。
良かった。
本当に、そう思う。
「良い式にしましょうね」
「ああ、思いっきりな」
葵の言葉に、鈴音は深く頷いた。
ごんごんっ。
ドアがノックされ、ちとせが顔を見せた。
制服姿で、片手に花束を持っている。
「そろそろ時間だよ。……って、うわっ!? 鈴音さん、めっちゃきれいだしっ!?」
大仰に驚きの声を上げた後、頬を紅潮させて、ぽーっと純白のドレスに身を包んだ鈴音に見惚れるちとせ。
「そ、そうか…?」
「うん、ものすっごく、良いねっ!」
ちとせは力を込めて頷いた。
そして、目を潤ませ、グッと拳を握り締めて提案する。
「鈴音さん、ボクと結婚しよう!」
「をいをい……」
「はしゃぎすぎよ、ちとせ」
「いや、だって、鈴音さん、ホントきれいだから」
「ありがとよ」
鈴音が照れ笑いを浮かべる。
「あっ、そうそう、あと、これ……」
「ん?」
ちとせが片手に持っていた花束を鈴音に手渡す。
「玄関に置いてあったんだけど」
「玄関に?」
「鈴音さんへのプレゼントかなって」
黄色の愛らしい花が、まるで鈴のように咲いている。
揺れると美しい音色が聞こえてきそうだ。
鈴音に、何となく似合う。
「あら、サンダーソニアですね」
葵が鈴音の後ろから、花束を認めて言った。
「この花の名前か?」
「ええ、花言葉は、『祝福』。結婚式などでは贈答に人気なのですけれど、誰からでしょうね」
小首を傾げる葵。
鈴音に直接渡せば良いのに、誰だろうか。
「これは……」
その花束の間に、一枚のカードが差し込まれているのに鈴音は気づいた。
『花嫁に多くの幸あらんことを』
文面はその一行のみで、他には何も書かれていなかった。
鈴音はしばらくそれを見つめていた。
カードからは短い文面とは裏腹に暖かい思いが伝わってくるように感じた。
鈴音が突然、顔を上げた。
「!」
そして、廊下を駆け出す。
外へと続いている突き当たりの両開きの扉を、バンッと手荒に開いた。
誰もいない。
神代神社の庭園が見えるだけだった。
「……」
「鈴音さん?」
慌てて追いかけてきたちとせが不審そうに鈴音に声をかける。
その後ろから葵も息を切らせて追いついてきた。
鈴音はウェディングドレスのまま、外へ飛び出していきそうな雰囲気だった。
「いや、悪かったな」
鈴音はちとせと葵を振り返って、微笑んだ。
そして、サンダーソニアの花束を抱きしめた。
「このプレゼントが嬉しくて、駆け出したくなったのさ」
鈴音は目を閉じて、黄色い祝福の花の匂いを吸い込んだ。
あたたかくて、やさしい香りだった。
胸元で銀のロケットネックレスが光った。
「幸あれ、か……」
まるで、鈴音の結婚を祝福するような犬の遠吠えが聞こえた。
静寂。
多くの来賓が見守る中、鈴音とロックがゆっくりと前に歩を進めた。
葵が厳かな表情で神前から御神酒を下げ、銚子に移す。
ちとせと悠樹が三方にのせた三つ重ねの杯と長柄の銚子を持ち、ロックの前に進んだ。
三献の儀、三々九度の杯だ。
悠樹が三回に分けて御神酒を注ぐ。
「おめでとうございます、ロックさん」
「ありがとう、悠樹クン」
ロックが酒を三口に分けて飲み干すと、次に、ちとせが鈴音に御神酒を三度に分けて注いだ。
「鈴音さん、一気に飲まないでよ?」
いらないことを言うちとせ。
「わ、わかってるって」
三口に分けて飲み干して、ちとせに返した。
それから同じように、ロックと鈴音が、二の杯、三の杯を受けて、飲み干す。
静かに見守っていた来賓から、パチパチと祝福の拍手が沸き上がった。
鈴音は、決して酒のためのものではない火照りを頬に感じた。
ロックも同じように高揚しているようだ。
「では、指輪の交換を」
葵が厳かに告げると、ロックと鈴音は頷き合った。
そして、ロックが結婚指輪を手に取る。
銀色の縁取りに内側にブルーダイヤの入った指輪だ。
鈴音の左薬指に結婚指輪を嵌め。
鈴音もまた指輪をロックの左薬指に差し込んだ。
二人はほっと息を吐いて、微笑み合う。
また二人を祝福するように拍手が沸いた。
「それでは、お二人のご結婚の誓いを述べてください」
葵もまた微笑んで、その場を下がった。
「この良き日に、私たちは皆さまと天宇受賣命さまの前において結婚の式をあげます」
ロックが朗々と誓詞を読み上げる。
「私たち二人は相和し、相敬い、夫婦の道を守り、苦楽を共にし、平和な生活を営んで、子孫繁栄の道を開き、終生変わらぬことをお誓い致します」
その一言一言を、鈴音は胸の中で噛み締めるように復唱した。
「夫、ロック・コロネオーレ」
「妻、鈴音」
誓詞の最後にロックが自分の名を読み上げ、鈴音も名を付け加える。
妻という言葉を発した時、鈴音は嬉しさで目が潤んでしまった。
再び巻き起こる拍手。
新郎新婦の一挙動に惜しげもない祝福が贈られている。
良い式にしましょうね。
葵の言葉通り、本当に素晴らしい結婚式になっていた。
ロックが誓詞を葵に手渡し、拍手が止んだところを見計らって、葵が永遠の愛の誓いの儀式の開始を告げる。
「それでは、誓いのキスをどうぞ」
どくんっ。
鈴音の心臓が跳ね上がった。
ロックは鈴音のヴェールを取った。
どくんっ。
鈴音の頬が紅に染まっている。
ロックが肩に手をかけると、鈴音は瞳をゆっくりと閉じる。
どくんっ。
鈴音とロックの唇が重なった。
抱き合う二人の姿は、太陽のように神々しい。
長いキスを終え、二人は名残惜しそうに離れた。
鈴音もロックも笑顔だった。
二人の輝くような笑顔を見て、その場の全員が幸せな気持ちになっていた。
ちとせは新郎新婦の愛に満ち溢れた行為に見惚れていた。
鈴音のことだからガッツのあるキスをして、赤面しながら照れ笑いでも浮かべるだろうと思っていた。
だが、実際のそれはまったく違った。
とてもやさしくて甘い接吻だった。
「鈴音さん、おめでとう」
パチパチと、ちとせの手が自然に拍手を始める。
祝福の言葉も拍手も、ちとせ本人も意識はしていなかっただろう。
意識する必要のないほど、自然に心底から二人を祝っていた。
来賓もまた、ちとせの拍手を合図に手を叩き始める。
拍手の音はだんだんと大きくなり、この式で最高の拍手が二人に贈られた。
「この風が受け継がれていくんだね」
悠樹が手を叩きながら眩しそうに二人を見つめている。
「風?」
ちとせが悠樹の言葉に小首を傾げた。
「幸せの風だよ」
「悠樹らしい表現だね」
「ここに集まった想いは、鈴音さんとロックさんに注がれて、その子供へと流れていくからさ」
「なるほど。未来へと吹いていくから、風ね。ちょっと気が早いと思うけど」
「とりあえず、鈴音さんの前で言ったら、赤面パンチが来ると思う」
「ふふっ、今度言ってみようかな」
真顔で言う悠樹に、ちとせは悪戯っぽく笑った。
そして、無事に挙式を終えた鈴音とロックの二人が、ゆっくりゆっくりと出口まで向かう。
その二人の幸せの門出を、出席者のフラワーシャワーが見送る。
シャボン玉と花びらが舞う幻想的な光景の中を、感動した面持ちで歩む二人。
鈴音とロックは出口の階段を半ばまで下りると、その歩を止めた。
「良し、ブーケ投げるぜっ」
気合いを入れる鈴音。
挙式の締めくくり、ブーケトスだ。
花嫁の投げたブーケを受け取った女性に幸せを繋ぎ、ブーケを手にした女性は次の花嫁になれるというジンクスがある。
だが、今回は男女関係なく出席者全員が階下に集まっていた。
未婚も既婚も、男も女も関係ない。
鈴音の意向らしい。
鈴音は全員の顔を見回して、大きく頷いた。
本来なら、ここで後ろを向いてブーケを投げるのだが、鈴音は正面を向いたまま、腕を振り上げた。
「皆さん、ありがとう!」
鈴音が天高くブーケを投げる。
太陽の光が、幸せの花束を照らす。
本当にありがとう。
鈴音の素直な想いだった。
ブーケはくるくると空中で舞い、ちとせの手に収まった。
鈴音はにやりと笑った。
投げる前から、ちとせの手元に行くような気がしていたのだ。
「幸あれ、ちとせ!」
鈴音が片手を突き出して親指を立て、ちとせに向かってウィンクをした。
「鈴音さんにも、幸あれ☆」
ちとせは満面の笑顔で答えた。
ブーケを胸に抱えて一呼吸置き、その場の全員の顔を見回した。
「そして、皆に幸あれ☆」
そよ風が祝福の音色を代神社から猫ヶ崎の街へと運んで行く。
街は、暖かな日差しに包まれていた。
「魂を貪るもの」 |
終わりました。完結しました。終了しました。
長いこと連載しておりました「魂を貪るもの」本編完結です。
日課と化していただけに、嬉しいような哀しいような。
初期に想定していた「本編」なるものは一応完結です。
まあ、「二部」があるかもしれませんけど(二部開始しました)。
ていうか、「外伝」はまだ残ってますけど。
一応話は終わってますけど、実は『ヴィーグリーズ』のことは片付いてないんですよね(笑)
続きを書くとしたら、そこら辺からでしょう。
復讐に身を焦がすシギュン・グラムとの決着もその時に。
鈴音さんは、宿命の戦いの前に、自分の勾玉(葵に貰ったヤツ)を投げ捨ててるんですけど、アレ伏線だったです。
最終話でも匂わす程度で、明言は避けときした。
どっちが良いかは決められないよ。
しかし、「其の序」と「其の結」だけ見たら、同じ作品とは思えない雰囲気です。
まあ、それが「魂を貪るもの」の本質とも言えるかもしれません。
最終話が、サイト名なのは狙ったわけじゃないですよ(笑)
一番書いてて、楽しいのは、やっぱり、ちとせ。
彼女の考え方や、セリフを書いている時がスカッとします。
書いているうちに凄い成長してくれたのは、悠樹とシギュン。
ここら辺は読んでいただければ、解るでしょう。
死ぬ予定だったけど生き残ったキャラ(笑)は、ランディ、シギュン、ミリア、シャロルです。
ランディは当初のラスボスだったのですが、彼が『自由』を手に入れた直後に死んでしまうと、イマイチな感じがしたので、漁夫の利を得てもらいました。
実は彼が一番、得してるんですよね。目的を果たし、被害も最小限だった。
シギュンは、ちとせに負けた後、ヘルセフィアスを道連れ(ちとせを庇って)にして……と言う予定でしたが、上記の理由で、もったいなくなって生き残ってます(笑)
意外かもしれませんが、ミリアも死ぬ予定でした。悠樹にやられる予定だった。裏切られた腹いせに悠樹を襲撃です。
しかし、ミリアが死ぬと終盤の複雑なストーリーが、さらに意味不明になってしまうのでやめました。それに彼女自身も味があるし(錯乱)
そして、シャロル。何気にラスボス。私の作品といえば、銀髪=ラスト。あっ、シャロルは白髪だっ。
彼女は、ちとせと悠樹の攻撃で致命傷を受け、そこで人間性を取り戻し、二人に自分の命を背負わせないために自殺。
『より良き未来のために』の「赤い血……。そう、私も人間……」というセリフがその名残。
しかし、何となく「霧刃と被るかなぁ」と思い、ちとせに説得させたら、あっさり戻ってきてしまいました(笑)
すごいぞ、ちとせ。
これで心置きなく、一遍の慈悲を与える必要もないニーズホッグをボスと据えることができて、ハッピーエンドとなりました。
シャロルが死んでいたら、最終話もこうは明るくは行かなかったことでしょう。
とにもかくにも、終わりました。
そして、始まりです(笑)
宿題がいっぱいあります。
この作品のおかげで、多くの人と知り合えたこと。
それが一番の思い出です。
作者:ほまれ