魂を貪るもの
其の序 悪夢

 真っ黒な霧が立ち込め、少女の視界を塞いでいる。
 殺気が充満した冷気が漂い、触れているだけで体温と体力が奪われていく。
 戦慄。
 鼓動が激しさを増し、息が苦しくなる。
 霧の中で突然、閃光が走った。
 凍える空気を切り裂き、灼熱の激痛とともに鮮血が飛び散る。
 胸に斜めに走った紅の傷口から、熱き血潮が溢れ出た。
 流れ落ちる血液は地面に到達する前に、背筋に走る悪寒によって凍りつく。
「う……、あ……」
 苦悶の声が漏れたが、それを遮るように、今度は背中を肩口から切り下げられた。
 続いて、脇腹、そして再び胸にも鋭く熱い感触が駆け抜ける。
 身体中から真っ赤な液体が噴き出し、命が凍りついていく。
 そして、この死刑の執行人、恐るべき殺し屋が正面に姿を見せた。
 無表情に血がこびりついた鋼鉄の爪を舐めるのは、黒地にストライプの入ったスーツに身を包んだ女だった。
 淡く輝く黄金の髪、端正ながらも鋭い容貌、獲物を逃がさない紺碧の狂眼。
 そして、血の滴り落ちる鋭利な爪を生やした鋼鉄の右腕。
 その右腕こそが、女と少女を結ぶ死の契約だった。
 女は鋼鉄の右腕を振って、鉄爪についた少女の真っ赤な血を払った。
 その唇が歪む。
 人には内面から滲み出るものが確かに存在する。
 目の前の女から感じられるのは、殺気と餓え。
 それが、獲物として定められた少女を心身ともに縛り、蝕む。
「"氷の魔狼"」
 金髪の女の通り名が自然と少女の震える唇から毀れた。
 狼の目をした女の瞳が妖しく輝く。
 瞬間、少女の腹を激痛が襲った。
 魔狼の鋼鉄の右腕が腹を貫いていた。
 喉の奥から逆流してきた大量の血が、口から零れ落ちる。
 霞む視界を魔狼の黄金の髪が弄った。
 魔狼の義手が腹から引き抜かれる。
 溢れ出る真紅の液体。
 そして、再びの吐血。
 溢れ出る血で気道を塞がれ、断末魔の悲鳴すら上げることができない。
 膝が折れた。
 身体中から、力が抜けていく。
 魂が血に染まり、命に亀裂が入っていく。
 意識を漆黒が包み込む。
 迫り来るのは、死。
 確実なる、死。
 逃れる術は存在しない。
 絶望の中で少女は見た。
 魔狼が振りかぶる死神の鎌を。
 何人もの血を吸い、死に染まったそれが、少女に向かって振り下ろされる。
 鮮血が闇を赤く染めた。


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