魂を貪るもの
其の十二 魂を貪るもの
6.異形

 運命の黒き龍が残った片翼をいっぱいに広げた。
 暗黒を彩る巨体の一点に光が生まれた。
 灼熱の赤い揺らめきが、龍の牙の間からこぼれる
 ニーズホッグの喉が蠢き、轟音とともに灼熱の火炎が、目の前のちとせと鈴音に向かって吐き出された。
 それが、終わりの始まりだった。

 悠樹がシャロルを支えているところへ、ロックが駆け寄ってきた。
「ロックさん?」
「彼女のことはオレに任せて」
 そういって悠樹に代わってシャロルの身体を抱えた。
「オレは、もうこれぐらいしか役に立ちそうもないからネ」
 気を失っているシャロルの顔色は血の気が失せて、いつもよりさらに白くなっていた。
 ニーズホッグの炎を避け、反撃に転じようとしている鈴音に、ロックは一瞬だけ視線を向けた。
「悠樹クン、鈴音サンとちとせサンを頼む。悔しいが、オレでは足手まといになる」
 悠樹に鈴音とちとせの加勢を促す。
 ニーズホッグは片翼を失い、地に堕ちたが、傀儡だった女性を捨てて、本性を現した。
 霊力のないロックは、悠樹の風の力を借りて戦いに参加するよりは、傷ついた人間の介抱に全力を注いだ方が力になれることがわかっていた。
「お願いします」
 ロックにシャロルを任せ、悠樹はちとせたちの元へ向かった。
 悠樹を見送り、ロックは自分の腕の中で気を失っているシャロルに視線を落とした。
 彼女は、霧刃とは違って、戻ってきてくれた。
 同じ悲しみを繰り返さずに済んだ。
 鈴音の心の負担も、少しは軽くなっただろう。
 少なくとも、ニーズホッグとの戦いに迷いはないはずだ。
 それはちとせも悠樹も同じだろう。
 相手は悲しみを背負ったシャロルから、未来を閉ざそうとする邪悪なバケモノに変わったのだ。
 ただ、勝つだけだけで良い。
 黒龍ニーズホッグに。
 そして、未来を手に入れる。
 それで良いはずだ。

 地面を炎が焼き、大気が灼熱に揺らめく。
 立ち上る煙を散らせながら、悠樹が戦列に戻ったのを確かめて、ちとせが声をかける。
 息は上がっているが、視線はしっかりとしている。
「シャロルさんは?」
「ロックさんが見ていてくれる」
 悠樹の応えに、ちとせが鈴音に笑いかける。
「鈴音さん、シャロルさんがうらやましいでしょ」
「だ、誰が!」
 赤面して鈴音が怒鳴る。
「だいだい、さっきから、あたしをネタにして……」
「炎が来るよ!」
 ちとせは鈴音が反論し始めたのをあっさりと流した。
 こういう時の身の躱し方には、天性の才能を感じざるを得ない。
「……ったく!」
 反論を封じられた鈴音が舌打ちしながらも、ちとせの指摘通りに放たれたニーズホッグの灼熱の炎を避ける。
『なかなか、しぶといな』
 ニーズホッグが鈴音にくぐもった声を向けた。
「しぶとい? シャロルが戻ってきた今、テメーなんざに負ける理由はねえんだよ!」
 鈴音の返答に、ニーズホッグが余裕の笑みを浮かべる。
『戯言だな。大いなる時の流れの中では、貴様らの命などノルンの玩具に過ぎんのだ』
 ニーズホッグの雄叫びが天地を揺るがせ、呼応するように世界中が邪悪に脈動する。
 おぞましい気がニーズホッグを中心に充満した。
「なっ……」
 ちとせは息を呑んだ。
『人形に意志など必要ないことを教えてやろう』
 ニーズホッグの邪悪に歪んだ口の端が、にゅうっと目元まで裂け、頭から鋭い角が数本伸びる。
 両腕も掌の部分から縦に二つに裂けた
 細胞が分裂し、増殖する。
 裂けた肉が、形を変え、黒い皮膚に覆われ、新たな腕と化す。
 腹や背中からもゴツゴツとした角が何本も突き出していた。
 それはすでに龍と呼ばれるものではなかった。
 異形。
 ニーズホッグは、異形と呼称するのがもっともしっくりくるバケモノと化していた。
『滅びよ、愚劣なる傀儡ども』
「誰が人形よ!」
 ちとせが霊気を球状に収束してニーズホッグ目掛けて放った。
 だが、ニーズホッグは、それを四本の腕で受け止めると、いとも簡単に握り潰してみせた。
『今度はこちらから行くぞ』
 歯ぎしりするちとせに向かって、裂けた口を邪悪な三日月の形に歪めながら、ニーズホッグが両腕を振るった。
 瞬間、波動が巻き起こり、ちとせたちを直撃した。
「きゃああっ!」
「ぐうっ!」
「ああっ!」
 三人とも全身を砕くような衝撃に、血を吐きながら吹き飛ばされる。
 続けて、ニーズホッグが腕を振るうと、今度は黒い瘴気の渦が巻き起こった。
「風よ!」
 悠樹が咄嗟に風の壁を作って、攻撃を防御する。
 しかし、尋常でない瘴気の力に、風が腐っていくのを感じていた。
 空気そのものが腐敗していく。
「まずい。長くは持たないよ」
「放て、悠樹! このまま守っててはやられるぞ!」
「わかってますよ」
 後ろにいる鈴音の忠告に、振り返ることなく応じる悠樹。
 壁を作っていてじわじわ侵食されるなら、防御が一時的に弱くなるのを覚悟してで一気に風を放出して押し返す方が良い。
 放て、とは、壁を作り上げている風を砲弾に変えて攻撃しろと言うことだ。
「でも、ぎりぎりまで粘ってからです。鈴音さんも、飛び切りのお願いしますよ。今はそのための壁です!」
「ああ」
 鈴音が、悠樹が持ち堪えている間に細雪に霊気を収束する。
 一気に攻撃に転じる準備だ。
 風の壁が崩れ始める。
「悠樹、ボクにはお誘いなし?」
「言わなくてもわかってるんじゃないの?」
 ちとせの猫のように大きな瞳に視線を向け、口元だけで笑う悠樹。
 すでに、ちとせの霊気が臨界に向かって高まり始めているのを感じているのだ。
「もちのろん☆」
 以心伝心。
 いざという時の二人の間に、言葉など必要ない。
「放つ!」
 悠樹の透明過ぎる目の色が、感情を宿したように厳しいものに変わった。
 風の壁が瞬時に消え去り、悠樹の腕に旋風が宿る。
 抵抗を失った瘴気が怒涛の如く押し寄せてくる。
 しかし、漆黒の波が、ちとせたちを包み込む前に、悠樹が腕に宿った旋風を放った。
 瘴気は押し返され、ニーズホッグの動きが止まった。
『小癪』
 ニーズホッグが四本の腕を振り上げる。
 その一つ一つに落雷が落ち、雷光が纏わりつく。
『運命が裁きの雷光に身を焼かれるが良い』
「食らわないわよ!」
 霊気を練り上げていたちとせが叫ぶ。
 ニーズホッグの腕から電撃が放たれるよりも早く、胸の前で水平に構えた神扇に収束していた霊気で作り上げた巨大な霊光球を解き放った。
 先程、ニーズホッグに握り潰された霊光球とは比べ物にならない大きさだ。
 加えて、ニーズホッグは攻撃に移ろうとしていたために、防御が間に合わない。
 轟音とともに、霊光球がニーズホッグの胸部へ直撃した。
 鱗が飛び散り、霊気に焼かれたニーズホッグの巨体からどす黒い血が吹き出す。
『おのれ……!』
 胸部から霊気に焼かれた煙を上げながら、ニーズホッグが怒りに満ちた目で、ちとせの強い視線をぶつけてくる大きな瞳を睨みつける。
 霊光球を食らっても雷の収束を保ち続けていた四本の腕を、眼下の獲物に向ける。
 恐るべき耐久力。
 だが、しかし。
「天武夢幻流・最終奥義!」
 鈴音が追い討ちを仕掛けた。
 それも鈴音の持つ最大の武力にして、最強の退魔武術・天武夢幻流が誇る無双の最終奥義。
 臨界に達した霊気が天を衝く。
「覇天神命斬ッ!!」
 ニーズホッグの巨体すら凌駕する巨大な光の塊が、鈴音の振るった細雪から放たれる。
 神々しい青白い霊気が、地面を抉りながら、突き進む。
『オオオッ、グオオオオオオオオオオオッ!!』
 ニーズホッグの咆哮が眩い霊光の奔流に飲み込まれる。
 轟音。
 そして、衝撃。
 まさに、天地を揺るがすほどの威力。
 周囲の大地が崩壊して、土煙が舞い上がる。
「ダブルで直撃だねっ!」
 ちとせがガッツポーズを取る。
 鈴音も乱れた息を整え、笑みを浮かべる。
 だが、その瞬間。
 鈴音の表情が苦悶へと変わった。
「ぐああああっ!」
 土煙の中から伸びた閃光──電撃で形成された槍が、鈴音の両肩を貫いていた。
「鈴音さん!」
『人形どもめ!』
 くぐもった声が響き、波動が土煙を散開させる。
「きゃああああっ!」
 その波動の直撃を受け、ちとせが後方に吹き飛ばされた。
 悠樹は間一髪、波動をかわし、鈴音を救おうと走った。
 しかし、電撃の槍が、鈴音を空中高く持ち上げる。
 駆けつけた悠樹の頭上から、黒い衝撃が降って来た。
「くっ……!」
 それも紙一重でかわす悠樹。
 目の前の地面に衝撃が突き刺さる。
 それはニーズホッグの巨腕だった。

『なかなか余興ではあったな』
 左腕の一本は吹き飛び、背の翼も皮膜が散々に破れて骨が剥き出しになり、全身の鱗からどす黒い血を流していた。
 だがしかし、それでも尚、致命傷には程遠い。
 幾分か動きは遅くなっているようだったが、ニーズホッグの生命力は衰えていないようだ。
『だが、あの程度では我を倒すことなどできはしない』
 二本の腕から電撃の槍を伸ばし鈴音を貫き、残る一本で悠樹を攻撃してきたのだ。
 ちとせと鈴音の最大級の攻撃を受けて尚、倒れない。
 恐るべきタフネスさだった。
「バケモノめ」
『違うな、少年』
 ニーうホッグは腕を地面から抜いた。
 目の前の地面に開いた奈落と、その大穴を開けたニーズホッグの腕を避けるように悠樹が半歩下がる。
『我は"運命"ぞ』
「ち、違うな。おまえは……未来を奪うだけのバケモノだ!」
 両肩を貫かれる痛みに耐えながらも、鈴音が叫んだ。
 だが、反撃を試みようと動けば動くほど、両肩を貫いている槍が鈴音の身体に深々と食い込む。
「ぐああっ、うああああああっ!!」
『口の減らぬ小娘め。好きなだけ、もがくが良い。そして、おまえも姉と同じように運命の前に犬死するが良い』
「……っ! ……き、貴様ァァァッ!」
 神経を逆なでられて激昂した鈴音が、両肩を貫く激痛に歯を食いしばり、怒りに燃える目でニーズホッグを睨みつける。
 姉を冒涜するものは許せなない。
 どうにかして、電撃の槍を断ち切ろうと、細雪を握る右腕に神経を集中する。
 しかし、その顔は一層激しい苦悶の表情へと変えられた。
「ぐああああああああああっ!!」
 ニーズホッグから電撃が迸り、鈴音の両肩を串刺しにしている槍先で電光が弾けたのだ。
 両肩の傷口から、強力な電流が鈴音の身体に流し込まれる。
 血が沸騰するような激痛に、鈴音は悲鳴を上げて背中を弓なりに反った。
 槍が両肩を貫く痛みと、全身を焼き尽くそうとする電撃の二重苦に、脳内が真っ白に染まる。
「ううっ……」
 傷口から流されていた電撃が止むと、鈴音は呻きを漏らしながら項垂れた。
 相当なダメージを受けたのだろう。
 鈴音の瞳はは霞がかかったようになり、歯を食いしばっていた口は半開きになって唇の端から涎が流れ落ちている。
 明らかに意識が混濁している。
 細雪を握っていた腕からも力が抜け、姉の形見である刀は重力に従って落下し、地面に突き刺さった。
『良いざまだな』
「鈴音さん!」
 復活したちとせが、鈴音を助けるべく、ニーズホッグに向かって霊気球を放つ。
 ニーズホッグは残る一本の腕で、それを受け止め、今度は前のように握り潰すことなく、ちとせに投げ返してきた。
「うくっ!」
 神扇で霊気球を受け止めるも、自分で放ってから呼吸を整える前に打ち返されたため、消耗が激しい。
 崩れるように片膝を地面についてしまった。
 そこへ、間髪入れずに、ニーズホッグの尾を振るわれる。
「あぐぅっ!」
 両腕を交差して防御を固めるが、まるで意味を成さず、ちとせは後方へと吹き飛ばされた。
 さらに、悠樹に二又の尾の一方が襲い掛かる。
 受け止めるという選択肢など存在しない膨大な圧力が迫り来る。
 それを風に乗り、跳躍してかわす。
 さらに、追撃が来る。
 轟音とともに振るわれるニーズホッグの剛腕。
 空中で巧みに身を捻って避ける悠樹。
 反撃を試みて、腕に烈風を纏う。
 だが、そこで思いがけない飛び道具が悠樹を襲った。
「鈴音さん!」
 ニーズホッグが電撃を放っている両腕を振るい、鈴音を投げつけてきたのだ。
 気を失いかけている鈴音の両肩から槍が抜け、大量の鮮血を撒き散らしながら飛んで来る。
「ぐっ」
「あうっ」
 傷ついた鈴音を見捨てて避けるわけにもいかず、クッションの代わりのように受け止める悠樹。
 動きの止まった悠樹と、彼に抱えられている鈴音に再び振るわれたニーズホッグの尾が炸裂した。
「うああああっ!」
「うくあああっ!」
 悠樹と鈴音も吹き飛ばされる。
 その先には、ちょうど起き上がろうとしていたちとせの姿があった。
 ニーズホッグの強力な攻撃の直撃を受け、全身の骨が悲鳴を上げている。
 そこへ、悠樹と鈴音が激突して、三人いっしょくたんに地面を転がる。
「あううっ……」
「ち、ちとせ、鈴音さん……大丈夫ですか?」
「うくっ、すまない」
 三人とも酷く傷ついているが、その中でも鈴音のダメージは深刻なものがあった。
 両肩の出血により、血が足りなくなっているのか、顔面は蒼白で、両膝が震え、意識が明滅している。
 最終奥義・覇天神命斬の反動と、ニーズホッグの電撃と尾の攻撃により、焼かれ、砕かれた身体中の骨と筋肉が、一挙動のたびに軋む。
 さらに細雪は手を離れ、遥か前方、ニーズホッグの背後の地面に突き刺さっていた。
『そろそろ葬ってやろう』
 ニーズホッグが黄金の目を光らせた。
 その妖しく輝く双眸は、凄惨な鈴音の姿を見て、愉悦に揺らめいている。
 鈴音のあの傷では次の攻撃は避けられないだろう。
 まして、防ぐことなど不可能だ。
 ちとせや悠樹にはまだ反撃する力があるかも知れないが、主力は鈴音だ。
 もっとも能力が高く、精神的な支えでもある鈴音を葬ってしまえば、二人だけ生き残ったとしても勝機はない。
 そして、ちとせも悠樹も、動けない鈴音を見捨てて、その場を逃げることなどできない性格だ。
 ここで、必殺の一撃を放てば、終わりだ。
『運命に逆らう愚かさをその身に刻みながら逝くが良い!』
 巨大な口を開き、邪悪な黒い揺らめきを収束させる。
 大地が振動し、ニーズホッグの妖気が爆発的に高まる。
 かつてない威力の攻撃が来る。
 それを見た鈴音が、その場を動こうとしたが、身体がいうことを効かない。
「くそっ!」
「鈴音さん?」
 飛び退こうとしていたちとせが、鈴音が動かないのを見て、怪訝な表情を浮かべる。
 悠樹も足を止め、苦悶に歪んでいる鈴音の顔を見た。
「逃げろ、ちとせ、悠樹。あたしには動く力が残ってねえ。構うな!」
「なっ、鈴音さんを置いて逃げるなんて、ごめんだよ!」
 ちとせはそう言って、その場に踏み止まった。
「だからといって、鈴音さんを抱き抱えたままで逃げ切れるほど、甘い攻撃が来るとも思えないし……」
 それに、ちとせも悠樹も、人一人抱えて動き回るには傷つき過ぎている。
 ちとせの霊気が高まり始める。
「次のニーズホッグの攻撃を防いで、全力で反撃しかないね!」
「ちとせ!」
 ちとせの行動に、鈴音は自分が動けないと口を滑らせたことを後悔した。
 ちとせの性格を考えれば、当然、自分だけ逃げるなどという選択肢は選ぶわけがない。
「……悠樹、ちとせを殴ってでも連れて行け!」
 冷静な悠樹なら、あたしを見捨ててでも、ちとせを連れて行ってくれる。
 そう思った。
 しかし、悠樹から返ってきたのは明確な拒否の答えだった。
「お断りですよ、鈴音さん」
「悠樹……」
「皆のためなら冷静にでも冷徹にでもなれます。でも、今、鈴音さんを見捨てたら、鈴音さんと逢えなくなってしまいます」
「それに万が一そんなことしたら、ボクが悠樹をぶん殴る」
「ちとせに本気でぶん殴られるのはキツそうだからね」
「ちとせ、悠樹……」
「まだ終わりじゃない。ぼくとちとせが全力で防いでみせますよ」
 霊気を両手に収束して、悠樹が旋風を纏った。
 相棒の言葉に、ちとせが付け加える。
「次も防ぐし、また狙ってきたら、それも防ぐよ。ニーズホッグが鈴音さんを狙ってくる限り、何度でも防いでみせるわ」
 この苦境に陥っても、ちとせは鈴音に笑顔を見せていた。
「そして、あの"運命"だなんだって言ってるだけのバケモノをぶっ飛ばして、鈴音さんの結婚式をうちの神社でやるのよ☆」
 その笑顔を見て、鈴音も覚悟を決めた。
 残った霊気を爆発させる。
 青白い炎が鈴音を包み込む。
「ははっ、霊気は出たが、やっぱり足は動かねぇな。悪いな、最後の最後で足手まといになっちまって」
「鈴音さん!」
 ちとせの笑顔が弾けた。
 だが、鈴音は厳しい目で、ちとせと悠樹を見た。
「ちとせ、悠樹、ヤツの攻撃はあたしが引き受ける。二人は、あたしの後ろに下がって、反撃のタイミングを測ってくれ」
「ちょっ、鈴音さん、復活した途端、無茶言わないでよ。一人でなんて、……その身体じゃ無理よ!」
「あたしは死なねぇよ。結婚式をやるんだからな」
 厳しい視線はそのままで、鈴音は唇だけで笑った。
「無茶は承知さ。せめて、細雪があれば良かったんだが」
 ニーズホッグの背後にある織田家に代々継がれてきた退魔刀にして姉から託された遺刀の姿を確認して、そして、己の右腕に視線を落とした。
 今はこの手にはない。
 それでも、姉貴は、きっと力を貸してくれる。
 失われた家族の思い出の詰まったロケットペンダントを首から外して、右手に握り締める。
「とにかく、あたしが盾になる。二人はニーズホッグに強烈なのをお見舞いしてやれ」
 そして、鈴音は視線を回らせて、シャロルを介抱しているロックの姿を見た。
 熱い、熱い力が、湧き上がってくる。
「二度と"運命"なんて偉そうなことを口にできないように、な」
 鈴音がもう一度、ちとせを正面から見た。
 ちとせは静かに頷いた。
「了解。未来をこの手に奪い返してくるよ☆」
 右手に握った神扇を水平にして胸の前に突き出し、左手を添えて、極限まで霊気を練り上げていく。
 まさに全身全霊。
 神降ろしのチカラも、元からのチカラも、すべてを注ぎ込む。
 もう後がないのだ。


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